量子コンピュータと暗号技術で加速する競合、先の見えない開発が続く!

2022年8月18日 08:38

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 将来100兆円規模の経済効果が見込まれている量子コンピュータは、各分野で成果の先取りを狙った主導権争いが激化している。

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 最初に決着したのは、量子コンピュータでも解読が困難な暗号分野だ。最高のスーパーコンピューターでも1万年はかかるという計算問題を、わずか数分で解読するという圧倒的な能力は、現在主流として世界中のネット取引で利用されるRSA方式の暗号を、たちまち解析するものと思われている。

 こうした懸念を前にして、米国立標準技術研究所(NIST)が進めていた新暗号技術決定審査では、米IBM等の開発による「CRYSTALS-KYBER」が選定された。NISTは米国政府公認のお墨付きを与えるに過ぎないが、24年までに規格化されて事実上の世界標準方式になる。

 米マイクロソフトやグーグル、アップルなど米テック企業は、ネット閲覧ソフトに新暗号技術を組み込んで、通信の安全性を大きくアピールすることになる。新暗号技術に関連するマーケットは、関連ソフトやデバイスなどを中心に急速に拡大するものことが予想され、28年には世界規模で4400億円に達するとの見方もある。

 凸版印刷は情報通信研究機構(NICT)と連携して、NISTが選定した新たな暗号技術を使用したICカードの試作品を8月中に完成させる。クレジットカードや電子カルテなどの分野で25年に実用化されることを目指した動きだ。凸版印刷は、大日本印刷(DNP)とともに日本国内で大きなシェアを誇っているが、世界市場での存在感はない。

 今回開発するICカードが早期に実用化されれば、NISTのお膝元である米国を始めとした世界市場への進出に弾みとなる期待がある。ICカードの製造で世界の御三家と言われる、仏のタレスグループとアイデミア、独ギーゼッケ・アンド・デブリエントの間に割って入るとしたら、技術が革新されてオールイーブンとなった今回を措いてチャンスはない。

 暗号技術関連の動きが先行したものの、量子コンピュータ本体の開発競争も激しい。

 現在主流の「超電導方式」では、IBMとグーグルがしのぎを削る。16年に5量子ビット、21年に127量子ビットのプロセッサーを公表しているIBMが5月に明らかにした工程表によると、25年に4000量子ビット級のシステム開発を見込んで設計などに取り組んでいる。4000量子ビット級になるとビジネス分野での活用が期待されるレベルと言うから、素材開発の一部の分野で実用化が始まる可能性がある。

 グーグルが29年に目標にしているのは、創薬やバッテリー開発を革新させる100万量子ビットだ。グーグルは電気抵抗がゼロになる超低温「超電導」の回路上での量子ビット創出を指向しているが、極低温には大型冷凍機が欠かせないなどのネックが控えているため、別な道を探っている気配もある。

 米イオンQはイオン(帯電した原子)で量子ビットの創出を狙う「イオントラップ方式」の深化を進めている。イオントラップ方式は量子ビットの安定性が高くて比較的に制御が容易だと言う。米名門メリーランド大学とデューク大学での研究が元になって15年に設立された新興だが、エラーの克服手法が注目を集めている。

 米サイクオンタムは、光子(光の粒)を利用して演算を行う量子コンピュータを開発中だ。シリコンチップ上に形成された回路に光子を走らせるイメージだが、室温での動作に強みがある。製造では米半導体企業のグローバルファウンドリーズと協調しながら、日本企業も視野に入れた幅広い連携を模索している。

 米インテルは半導体技術の応用によるシリコン方式での開発を続けていて、将来の大規模化や量産化には有利な方式と見られている。中国も科学技術大学が、光方式と超電導方式の2分野で量子超越を達成したと伝えられ、独自の開発を続けている。

 日本は、21年に理化学研究所に中核研究拠点が開設され、官民連携で開発が始まった。理研主導の超電導方式による国産初号機は22年度内に整備する計画だ。

 日本の特色には、疑似量子計算機が挙げられる。汎用的な計算が可能な量子コンピュータは、計算の際に生じる誤りを訂正できない課題を抱えている。実用性を持った量子コンピュータの開発には数十年かかるとの見方もあり、高性能の疑似量子計算機を開発して、本格的な量子コンピュータへスムーズな橋渡しが行えるようにするという構想だ。(記事:矢牧滋夫・記事一覧を見る

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