イーロン・マスク氏が見抜けなかった「製造の本質」 (1) 奇跡の高精度「きさげ加工」

2020年12月15日 08:27

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 まず、日経XTECH『究極の高精度「きさげ加⼯」はなぜ不可能を可能にする?』を読んでみてほしい。「きさげ加工」という、機械加工の中では「特殊な手作業」とでもいうべき「職人芸」について取りあげた記事だ。

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 よく取材しているが、大きな間違いを起こしている。恐らくは、「間違い」とは認める必要もないであろう解釈だ。結果として、「きさげ加工」は恐ろしいほどの精度を出せるのだから、「理由」の追及は、「技術の保存」の場合、必要となるだけであまり重要ではないであろう。

 ソフト開発と機械システムの開発製造において、ソフト開発では、開発段階が主な仕事だ。ソフトを製造する過程は、存在しないと言えるほど軽微だ。しかし、自動車製造では、企画・設計・試作・製造・メンテナンスとソフト開発とは比較にならない「工数」、つまり「手間暇」が掛かる。製造設備も膨大で、品質保持も容易ではない。

 ソフトは重要な商品で、自動車1台の価格に占める割合は、日に日に高まっている。しかし、それで製造の重要度が下がる訳ではない。イーロン・マスク氏は、「製造」の概念を正確に認識できていないのだ。そのため、「運転支援システム」を「自動運転」と勘違いしてしまう人間を理解できないのだ。また「ドアが正確に取り付けできていない」などを「品質不良」と認識できていなかった。

 ソフト全盛の時代の中で、開発・製造が整合性を持って造られることを願って記事を書いている。

■「究極の精度を作り出す2条件」は間違い

 文頭の日経XTECHの記事では、「究極の精度を作り出す“きさげ加工”」が成り立つ2条件を上げている。

 1.クランプによる歪
 一般的に、加工する対象物について、確実にクランプ(作業台に固定)することが安全にも精度にも必要なことだ。だが一方で、クランプされる対象物の歪みを作ってしまう。クランプを外したときには必ずいくらかは自然に戻ってくるので、結果、クランプしながら加工した精度は保たれなくなってしまうのだ。「きさげ加工」の場合、強固にクランプする必要は生じないので歪は最小だ。

 2.加工で温度上昇をさせない。
 切削すれば摩擦が起きて必ず発熱する。発熱度合いは切削による力の大きさで決まってくるが、その中でも「切削スピード」が発熱させるようだ。機械加工では油や水をかけながら切削することが普通に行われるが、熱による歪は避けられない。そのため切削スピードを抑えることが大変有効なのだ。しかし、これはコストの観点からは最悪だ。「きさげ加工」の場合、1回の切削での取り代も少なく、切削スピードも極めて遅い。精度を最優先とするからだ。

 「きさげ加工」でこの2つの条件を作り出し、「歪」を無くして奇跡の精度を作り出していることには違いはない。しかし、その手法については記事にも書かれているが❝少しずつ表面を仕上げていく❞としている。その通りで、「きさげ加工」では切削は極めて少しずつ、1回切削での取り代も少なく、切削スピードも手作業のため工具刃先の動きも緩やかだ。これならば、厳重にクランプせずとも加工物は動かない。切削による発熱も少ない。

 しかしこれは、「きさげ加工」が精度を出せる根本的理由ではないのだ。それは、工作機械での加工の場合も、削りしろ(取り代)を少なく、刃先のスピードも緩やかにすれば可能であるからだ。事実、工作機械での切削でも「あらびき・中びき・仕上げ」と3段階に分けることが多い。熱を生じるときは「水」などをかけながらの切削をすることもある。

 つまり、「きさげ加工」のような手作業ではない工作機械であっても、1回での取り代を浅くして、クランプを緩やかにして材料の歪みを出さなくすることはできるのだ。また、切削スピードを熱が生じない程度に遅くすることもできる。だが、「きさげ加工」ほどの精度を出せないでいる。それはなぜか?(記事:kenzoogata・記事一覧を見る

続きは: イーロン・マスク氏が見抜けなかった「製造の本質」 (2) 究極の精度は「人間の勘」

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