中国「三体計算星座」、80億パラメータAIを軌道上で運用―上海・松江に天基計算拠点

2026年9月3日 11:02

印刷

記事提供元:Tech Times

Photo by ActionVance on Unsplash

Photo by ActionVance on Unsplash[写真拡大]

中国では、人工知能を搭載した衛星が観測データを軌道上で処理する「天基計算」の開発が進んでいる。之江実験室が主導する「三体計算星座」は、80億パラメータのAIモデルを搭載した12機の計算衛星を2025年5月に打ち上げ、複数のモデルやアプリケーションを軌道上で運用している。

上海市松江区では2026年8月30日、天基計算産業基地が正式に始動した。衛星、半導体、AI、通信、エネルギー、熱制御などの企業や研究機関を集め、個別の技術実証を産業化へつなげる狙いだ。

■80億パラメータのAIモデルを衛星に搭載

之江実験室と国星宇航などは2025年5月14日、三体計算星座の第1陣となる計算衛星12機を地球低軌道へ投入した。各衛星には軌道上でデータを処理する計算装置と衛星間通信システムが搭載されている。

之江実験室によると、計算衛星の単機当たりの最高演算性能は744TOPSで、12機を合わせた演算性能は5POPS、記憶容量は30TBとなる。衛星間レーザー通信は最大100Gbpsに対応するとしている。これらは開発機関が公表した仕様値であり、実際の処理性能は使用するモデルや演算精度、消費電力などによって変わる。

衛星には、80億パラメータの天基リモートセンシングモデルと天文時系列モデルが搭載された。大規模言語モデルに限定されたシステムではなく、衛星画像の処理や天文現象の判定など、軌道上で取得したデータを扱う褤数のAIモデルで構成されている。

2026年2月までに、開発チームは6機の衛星による通信リンクを構築し、10種類のAIモデルとアプリケーションを軌道上で展開、検証したと発表した。地表要素の抽出、気象データの処理、天文現象の識別などが試験対象となっている。

■衛星から送るデータを軌道上で絞り込む

地球観測衛星は大量の画像やセンサーデータを取得するが、衛星と地上局が通信できる時間や伝送容量には限りがある。このため、取得したデータをすべて地上へ送る方式では、処理の遅れや通信量の増大が課題になる。

天基計算では、衛星に搭載したAIが画像の分類や対象物の抽出などを行い、必要性の高い結果を選んで地上へ送信する。生データをすべて伝送する方式から、観測、処理、選別を軌道上で連続して行う方式へ移行することで、地上への通信量を減らし、結果を得るまでの時間を短縮できる可能性がある。

之江実験室は、従来の仕組みでは有効な衛星データのうち地上へ伝送できる量が1割未満にとどまるとしている。三体計算星座では、地上のデジタルツイン環境でモデルやアプリケーションを検証したうえで、天基分散オペレーティングシステムを通じて各衛星へ展開する仕組みを採用している。

2026年2月に公表された水環境監視試験では、3機の衛星を連携させ、衛星による観測、軌道上でのデータ処理、衛星間伝送、AIモデルによる計算、結果の地上送信という一連の処理を実施した。複数の衛星にまたがる処理手順を検証した点が、この星座の重要な技術的成果となる。

■レーザー通信を192時間以上維持

複数の計算衛星をひとつのネットワークとして利用するには、衛星間で安定してデータを交換する必要がある。三体計算星座では、電波に加えてレーザーによる衛星間通信を採用している。

レーザー通信端末を開発した氦星光聯は2026年7月29日、2機の衛星間で192時間8分45秒にわたって通信リンクを維持したと発表した。試験は約1,000km離れた衛星間で行われ、同社によると、期間中の切断回数はゼロ、リンク可用性は99.99%以上だった。

この試験はレーザー通信リンクの持続性を示したものであり、それだけで複数衛星による大規模AIモデルの分散処理性能を示すものではない。それでも、衛星間で計算資源や観測データを共有するための通信基盤を長時間維持できたことは、軌道上の分散計算網を構築するうえで重要な前進となる。

■軌道上のAIを支える技術

宇宙でAIを動かすには、限られた電力と搭載スペースの中で演算性能を確保し、発生する熱を外部へ逃がす必要がある。真空中では空気による対流を利用できないため、衛星は主に熱放射を利用して機器の温度を管理する。

放射線への対応も必要になる。高い演算性能を持つ民生用プロセッサを利用する場合、耐放射線性能だけに頼るのではなく、誤り検出、冗長化、ソフトウェアによる障害回避などを組み合わせることが重要になる。

三体計算星座では、天基分散オペレーティングシステムによって、衛星群の演算、記憶、通信資源をまとめて管理する。モデルやアプリケーションを地上から更新し、利用可能な衛星へ計算処理を割り当てる構造は、個々の衛星を独立した装置ではなく、ネットワーク化された計算ノードとして扱う発想に基づいている。

もっとも、744TOPSという数値は単機の最高性能であり、常時利用できる実効性能を意味するものではない。電力、温度、通信状態、使用する演算精度などが、軌道上で継続的に利用できる性能を左右する。

■上海・松江に産業拠点

上海市松江区では8月30日、第1回中国太空計算産業発展フォーラムと中国計算機学会の天基計算学術交流会が開かれ、天基計算産業基地が始動した。

フォーラムには、衛星や計算装置のメーカーに加え、半導体、AI、クラウド、通信、エネルギー、熱制御、投資などの関係者が参加した。参加企業などは「太空計算産業協同倡議」を発表し、演算性能、エネルギー効率、信頼性、通信能力の評価基準づくりや、製品の軌道上実証を共同で進める方針を示した。

松江区には、低軌道通信網「千帆星座」を運営する上海垣信衛星科技や衛星メーカーの格思航天などが集積している。上海市の発表では、同区には衛星インターネット関連の企業が100社以上あり、2025年の関連産業規模は230億元に達した。

一方、松江区が示した天基計算産業の目標は、2030年までに関連産業規模を50億元以上とし、川上から川下まで80社以上を集積するというものだ。基地は完成済みの軌道データセンターではなく、計算衛星の開発や実証、産業連携を促すための拠点と位置付けられる。

■中国は運用経験を蓄積、米国は大型化を構想

中国の強みは、小型の計算衛星を実際に打ち上げ、AIモデルの展開、衛星間通信、複数衛星による処理手順の検証を進めている点にある。ただし、現在の三体計算星座は、地上の大規模データセンターに相当する設備ではなく、衛星上で観測データを処理するエッジコンピューティング基盤として捉えるのが適切だ。

米国でも、AI用プロセッサを搭載した衛星や、より大きな電力を扱う軌道データセンターの計画が進んでいる。SpaceXがNVIDIAと共同設計する「Starmind AI1」は、AI計算用ペイロードの平均消費電力を約120kW、ピーク時を150kWとする構想で、試作機の試験は2027年に予定されている。

三体計算星座の単機性能とAI1の電力値は、異なる指標であるため直接比較できない。中国は小型衛星を使った分散型の軌道上処理で実運用経験を先行して積む一方、米国では大型で高密度な計算衛星と、再利用型ロケットを活用した展開が構想されている。

欧州宇宙政策研究所は2026年8月に公表した報告書で、中国が政策構想から軌道上ハードウェアの実装へ短期間で進んだと評価した。欧州が独自の軌道上計算基盤を整備しなければ、将来、第三者のインフラに依存する可能性があるとも指摘している。

■実用化には性能評価と事業モデルが課題

三体計算星座が公表している最高744TOPSの単機性能、80億パラメータのモデル、最大100Gbpsの通信速度などは、いずれも計画の技術的規模を示す重要な指標である。一方、現段階の多くの数値は開発機関や参加企業による発表に基づいており、統一された第三者ベンチマークによる比較は限られている。

軌道上のAI処理が商用サービスとして定着するには、演算性能だけでなく、消費電力、放熱能力、故障率、通信可能時間、打ち上げ費用を含めた総合的な評価が必要になる。どの程度のデータ削減や時間短縮が得られるかも、衛星のセンサー、用途、モデルによって異なる。

上海・松江の産業基地が掲げる標準化と軌道上実証は、こうした評価方法を整える試みでもある。中国はすでにAIモデルを搭載した衛星群の運用を始めているが、その成果を持続可能なサービスへ発展させられるかは、今後の衛星数の拡大、実効性能の検証、利用者の確保にかかっている。

元記事: China Has 8-Billion-Parameter AI Running in Orbit as Shanghai Opens Space Computing Hub

※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。

関連キーワード

関連記事