大阪大学ら、「ほぼ無色透明」の太陽電池を開発―発電できる窓ガラスやウェアラブル端末に応用期待

2026年8月6日 16:02

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記事提供元:Tech Times

大阪大学産業科学研究所の横山創一助教、家裕隆教授らを中心とする共同研究グループが開発した無色透明な有機太陽電池の概要図(写真:発表資料より)。

大阪大学産業科学研究所の横山創一助教、家裕隆教授らを中心とする共同研究グループが開発した無色透明な有機太陽電池の概要図(写真:発表資料より)。[写真拡大]

大阪大学産業科学研究所の横山創一助教、家裕隆教授らを中心とする共同研究グループは、肉眼では通常のガラスのようにほぼ無色透明に見えながら、太陽光に含まれる目に見えない近赤外光を電力に変換する太陽電池を開発した。さらに、このデバイスを用いた人間の脈拍検出も実証している。建材一体型太陽光発電(BIPV)やウェアラブルデバイスへの応用可能性を示す一方、実用化には大型化や耐久性の確保などの技術的課題が残されている。

■透明な太陽電池が抱えていた「色」の課題

発電する窓という構想は何十年も前から追求されてきたが、本格的な開発は常に同じ壁に突き当たってきた。太陽電池は光を吸収することで機能するが、光を吸収すれば、その光を遮ったり着色して見せたりすることになるからだ。研究者たちは長年、吸収する波長を可視光スペクトルの端へ移したり、活性層を薄くしたりするなど、部分的な解決策を模索してきた。その結果、一定の透明性を得る代わりに、緑色や茶色がかった外観を受け入れざるを得なかった。市場にもこの妥協が反映されており、完全に無色なデバイスの実現が難しかったことから、2026年時点では透明太陽電池市場の約89%を半透明型が占めている。

効率とのトレードオフも同様に深刻な問題だった。従来の有機太陽電池は可視光を利用するため、可視光を透過させると、利用可能なエネルギーの大部分を取り込めなくなる。そのため、透明太陽電池の総合的なエネルギー変換効率は一般に5~10%程度にとどまり、標準的なシリコン太陽電池パネルの20~25%を大きく下回る。

大阪大学のチームは、日本の素材メーカーであるartience(アーティエンス)、東京大学、青山学院大学の研究者らと共同で、異なるアプローチを採用した。可視光の吸収を捨てて近赤外光だけを対象とし、量子力学の基本原理を利用することで、無色であることを近似的な結果ではなく、分子設計から予測可能な特性にしたのである。

■量子力学の対称性がガラスを電源に変える

鍵となるのは、物理学者オットー・ラポルテと共同研究者ウィリアム・フレデリック・メガースが1925年に発表した「ラポルテの選択則」である。この法則は、分子が光を吸収するとき、関与する分子軌道のパリティ、すなわち数学的な対称性に基づき、どの電子遷移が「許容」され、どれが「禁制」されるかを示す。同じパリティを持つ軌道間の遷移は禁制され、異なるパリティを持つ軌道間の遷移は許容される。

開発した分子は、近赤外光を吸収した後に電子や正孔などの電荷を生成しやすく、生成した電荷を薄膜内で効率よく輸送できることも確認された。研究チームは、この分子を発電層に組み込むことで、高い可視光透明性を保ったまま動作する有機太陽電池を実現した。

これは、分子軌道の構造により、電子が可視光の光子を吸収する遷移を対称性によって禁制する一方、パリティの条件が遷移を許す近赤外領域の光子は容易に吸収できるよう、分子を設計できることを意味する。その結果、可視光を吸収せず、目に見えない近赤外光に対して光電変換機能を示す分子を実現できる。

大阪大学のチームが開発したのは、この考え方に基づく材料だ。研究グループは、先行研究で見いだした分子設計指針を基に、強い分子内相互作用を引き起こす新たな分子ユニットを設計した。そのユニットを新しい有機半導体に組み込むことで、近赤外光を効率よく吸収しながら高い可視光透過率を示し、肉眼ではほぼ無色透明に見える薄膜を作製した。このフィルムの可視光透過性は、部分的な解決策や設計上の妥協によるものではなく、可視光に対応する電子遷移を量子力学のレベルで抑制した結果である。

この成果は、この研究分野における重要な基準を上回った。可視光に対する高い透明性を維持しながら、近赤外領域で最大20%を超える外部量子効率を達成したのである。外部量子効率とは、デバイスに入射した光子のうち、外部回路を流れる電子へ変換された割合を示す指標だ。近赤外光は電磁スペクトル上のおよそ780ナノメートル(nm)から数マイクロメートルの範囲にあり、太陽光の総エネルギーの約30~40%を占める。通常の窓では、その多くが熱に変わっている。研究成果は2026年8月4日付で「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

■透明な太陽電池フィルムで脈拍を測る

研究チームは、このデバイスが別の用途にも利用できることを示した。近赤外光は可視光より人体組織を透過しやすく、皮膚下の血管内の血液量に応じて反射の仕方が変わるため、市販のパルスオキシメーターや光電容積脈波(PPG)センサーですでに利用されている。大阪大学のチームは、同じ無色透明な有機光電変換デバイスを使い、近赤外光による脈拍信号の検出を実証した。つまり、周囲の近赤外光を利用して発電する材料が、装着者の脈拍を検出するセンサーとしても機能し得ることを示したのである。

この二つの機能の実証は、論文の成果の中でも、とりわけ商業利用の可能性を示唆するものだ。将来的には、目立たず装着できるヘルスケア用ウェアラブル端末や、環境光から得た電力で動作する自己電力供給型センサーへの展開が考えられる。これはまだ実用製品ではないものの、推測上の構想にとどまらず、概念実証(PoC)の段階に達した。ウェアラブル健康モニター向けのエネルギーハーベスティングは、センサー技術そのものに比べると、特許面でまだ十分に開拓されていない領域である。

■建物、自動車、そして人体への応用

短期的な応用先として想定されるのは、建材一体型太陽光発電(BIPV)である。これは、窓、ファサード、建築用ガラスなどの建築要素に太陽光発電機能を直接組み込む技術だ。BIPVは10年以上にわたって商業利用されてきたが、高い初期費用、建築家の認知不足、標準化の不足に加え、太陽電池を組み込んだガラス特有の外観が普及の障壁となってきた。業界の専門家は、太陽光発電用コーティングの存在を示す色合いや着色が、美観を重視する建築家や建物所有者にBIPVが受け入れられにくい主な理由の一つだと指摘している。

無色のデバイスは、この美観上の懸念を根本から取り除く可能性がある。大阪大学のフィルムは、単に吸収を少なくしたのではなく、分子設計によって可視光を吸収しにくくしている。この材料を積層した窓を見ただけでは、建物所有者や建築家が発電機能の存在を判別できない可能性がある。また、建物内へ入る前に近赤外光の一部を吸収することで、本来は室内で熱となり、空調で処理する必要があった遮熱効果や、空調に必要な電力消費の低減も期待される。

窓以外にも、自動車用ガラス、農業用温室の屋根など、近赤外光を透過させ、最終的に熱へ変えているさまざまな表面に同じ考え方を適用できる。

■インキメーカーから太陽電池パートナーへ:artienceの役割

本研究の産業パートナーは、東京証券取引所に上場する総合化学メーカーのartience株式会社である。同社は旧東洋インキSCホールディングスで、東洋インキの名称を125年以上にわたって使用した後、2024年1月1日に現在の社名へ変更した。1896年に創業したartienceは、20カ国以上で約8,000人を擁するグローバルネットワークを展開し、連結年間売上高は約23億4,000万ドル(約3,697億円、1ドル=158円で換算)に上る。子会社のトーヨーケムは、すでに太陽電池やエレクトロニクス産業向けの機能性材料を供給しており、研究室での分子設計を大規模な薄膜製造へ展開するための基盤を持っている。

研究は、科学研究費補助金、JST A-STEP、JST未来社会創造事業、JST CREST、三菱財団、内閣府のBRIDGEプログラムなどの支援を受けて実施された。BRIDGEでは、「温暖化により生産力が著しく低下している施設生産の暑熱対策技術の開発」の支援を受けた。

研究を主導した大阪大学の家裕隆教授は、発表に伴う声明で「近赤外光は可視光に比べてエネルギーが低く、太陽電池に利用することは容易ではありません。今回の研究では、精密な分子設計により、無色透明性と発電機能の両立を実現しました。本研究成果が、次世代の無色透明な有機太陽電池や、ヘルスケア用ウェアラブルデバイスの開発につながることを期待しています」と述べている。

■実用化への道のり

論文が扱っているのは分子設計とデバイス物理であり、モジュールの設計、耐候性の確保、建築用途の認証ではない。認証を受けた建築用ガラス製品にするには、均一な品質での大面積薄膜形成、透明電極の開発、水分や紫外線による劣化を防ぐ封止、さらに建物所有者がガラスに期待する20~30年の耐用期間を想定した実環境での耐候性試験など、追加の課題を乗り越える必要がある。透明太陽電池の研究分野では、現在の高性能デバイスは一般に1平方センチメートル未満であり、商業用の窓サイズへの大型化は、広く認識されている工学上の課題である。

研究室から商業化に至った前例がないわけではない。初期の発光型太陽光集光器技術を開拓したミシガン州立大学(MSU)のリチャード・ルント研究員の研究室は、Ubiquitous Energyを設立した。同社はMSUキャンパスのBiomedical and Physical Sciences Buildingに透明太陽光発電ガラスを設置し、商業規模の生産ラインへの拡大を進めている。この事例は、年単位の時間を要するものの、研究室から建物への展開が可能であることを示している。

大阪大学の成果を特徴づけているのは、その根底にある設計思想だ。偶然良好な特性を示した単一の材料組成ではなく、ラポルテの選択則を利用したアプローチは、一般化可能な分子設計原理を提供する。論文が、偶然得られた一つの組成ではなく、対称性に基づく明確な設計根拠を示したことは、この手法をほかの分子構造にも拡張できる可能性を示唆する。同じ原理に基づいて設計された、近赤外光を選択的に吸収する有機半導体の新たな材料群につながる可能性がある。

現在市場にある透明太陽電池の大半は、目に見える色合いが残るか、半透明にすることとのトレードオフを伴う。大阪大学のデバイスでは、可視光をほとんど吸収せず、近赤外光を選択的に吸収するよう分子が設計されている。そのため、高い透明性とほぼ無色の外観は、単に発電層を薄くするなどの近似的な手法ではなく、分子設計に由来する特性となっている。商業規模での性能については、今後、技術がモジュール開発の段階へ進む中で第三者による検証が必要になる。

論文タイトルは「Laporte-Rule-Guided Molecular Symmetry Control of NIR-Selective Organic Semiconductors for Colorless and Transparent Photovoltaics」。DOIは「10.1021/jacs.6c05512」である。

■注目ポイントQ&A

●可視光を吸収しない無色透明な太陽電池は、どのようにして発電するのですか?

大阪大学のデバイスは、波長がおよそ780ナノメートル(nm)から数マイクロメートルの近赤外光を吸収します。近赤外光は人間の目には見えませんが、太陽光の総エネルギーの約30~40%を占めます。有機半導体分子はラポルテの選択則を利用して設計されており、対称性によって可視光の光子を吸収する電子遷移を抑える一方、近赤外光の光子を吸収して電荷へ変換できます。可視光はそのまま透過するためデバイスは無色に見え、吸収された近赤外光によって外部回路に電流が生じます。

●ここで報告されている「外部量子効率」と、通常の太陽光パネルの全体的な効率との違いは何ですか?

外部量子効率(EQE)は、特定の波長で入射した光子のうち、外部回路を流れる電子に変換された割合を示す、波長ごとの指標です。最大20%を超えるというEQEは、この無色透明デバイスの近赤外波長域における数値です。一方、従来のシリコン太陽電池パネルの変換効率は通常20~25%とされ、標準条件下で太陽光スペクトル全体のエネルギーをどれだけ電力へ変換できるかを示します。両者は異なる指標であり、直接比較することはできません。大阪大学のデバイスの近赤外EQEは、対象となる波長域における無色透明デバイスの性能指標であり、シリコンパネルの総発電量に匹敵することを意味するものではありません。

●この技術が心拍も検出できることは、なぜ重要なのですか?

近赤外光は可視光より皮膚を透過しやすく、血流に応じて反射の仕方が変化するため、パルスオキシメーターや腕時計型心拍数モニターに利用されています。大阪大学のチームは、近赤外光を利用する無色透明なフィルムが、脈拍センサーとしても機能することを実証しました。これは、周囲の光から電力を得る材料が、同時に生体情報を読み取れる可能性を示すものです。将来的には、屋内光や屋外光を利用して健康モニタリングに必要な電力を補うウェアラブルパッチや、透明なスマートウォッチ画面などへの応用が考えられます。

●実際に購入できる商業用の窓製品になるまで、どのくらいかかりますか?

今回の論文は基礎的な材料科学とデバイス物理を扱い、薄膜レベルで原理が機能することを実証したものです。商業用ガラス製品にするには、均一な品質での大面積成膜、透明電極の組み込み、耐候性を備えた封止、第三者機関による認証など、追加の技術開発が必要です。研究室の成果が窓製品になるまでには、一般に数年から10年程度かかります。今回の成果が従来の単発的な材料発見と異なるのは、ラポルテの選択則という一般化可能な分子設計原理に基づいている点です。最初の材料組成に工学上の問題があった場合でも、すべてを一からやり直すのではなく、同じ原理に基づいて別の分子構造や最適化した材料へ展開できる可能性があります。

※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。

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