あなたの給料が上がらない本当の理由は、アメリカの貿易赤字だった

2026年3月13日 13:50

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■金利が動かした日本の30年――プラザ合意からバブル崩壊、そして非正規雇用へ

 あなたの給料が上がらない理由は、1985年にアメリカが日本に突きつけた一枚の合意文書にある。プラザ合意が超低金利を生み、超低金利がバブルを生み、バブル崩壊が非正規雇用を生んだ。すべての起点は金利だった。

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■起点――アメリカの貿易赤字とプラザ合意(1985年)

 1980年代前半、アメリカは対日貿易赤字に苦しんでいた。原因はドル高だ。ボルカーFRB議長の高金利政策でドルが買われ、日本製品がアメリカ市場を席巻した。

 1985年9月、G5はニューヨークのプラザホテルで「協調介入によるドル安誘導」に合意した。プラザ合意後、ドル円はわずか2年で235円から120円台へ約50%下落。日本の輸出企業は一夜にして競争力を失い、「円高不況」が叫ばれた。

■バブルの種――日銀が金利を2.5%まで下げた

 円高不況を恐れた日本政府と日銀は、1987年に政策金利を2.5%まで引き下げた。余ったカネは土地と株に流れた。銀行は土地を担保に際限なく融資し、土地が上がれば担保価値が上がりまた融資できる循環が止まらなかった。

 日経平均は1985年の約13,000円から1989年末に38,915円へ3倍に急騰。東京の地価は5年で約3倍に達し、「東京の土地でアメリカ全土が買える」と言われた時代だ。

■引き金――日銀が1年3カ月で金利を2倍以上に上げた

 バブルの過熱を警戒した日銀は1989年5月から利上げを開始した。2.5%から6%へ、わずか1年3カ月で5回の利上げだ。膨らみきった風船に急に針を刺した。

 1991年、地価と株価が同時に崩落。日経平均は1992年に15,000円台まで半値以下に沈み、土地を担保にした融資が一斉に不良債権と化した。バブル崩壊の直接原因は日銀の急激な利上げだ。遠因はアメリカの貿易赤字。すべては金利から始まった。

■結果――「正社員になること」が夢になった

 原因は複合的だが、構造の起点はここにある。不良債権を抱えた銀行は企業への融資を止めた。企業はコスト削減しか生き残れず、最大の固定費である正社員を削った。

 1999年に派遣法が改正され非正規雇用が拡大。非正規比率は1990年の約20%から現在約37%へ。就職氷河期世代(1993~2004年卒)の約100万人が正規雇用を失い、正規と非正規の生涯賃金の差は約1億円とも試算される。

 かつて日本人は「どの会社に入るか」を悩んでいた。バブル崩壊後、「正社員になれるか」が人生の目標になった。

■そして今

 2024年、日銀は30年間のゼロ金利を解除し利上げに踏み切った。しかし1989年の記憶がある。急激な利上げが何をもたらしたか。あなたの給料が上がらない理由は、40年前にアメリカが抱えた貿易赤字にある。

 金利は数字ではなく、人々の働き方と人生を変える力を持っている。

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