歴史の中の今 FRB主導の金利政策が照らす現在地

2026年3月7日 09:54

印刷

(c) 123rf

(c) 123rf[写真拡大]

 世界経済の金利サイクルが、再び動き始めた。2023年に5.5%まで引き上げられたFRBの政策金利は、2024年秋から3回連続で引き下げられ、現在は3.5〜3.75%。さらなる利下げを探りながらも、インフレ再燃を警戒して慎重に構えている。

【こちらも】逆イールド解消でも、FRBの利下げが遠い理由

 ゼロ金利から急騰、そして緩やかな引き下げへ。この振り子の軌跡を歴史でたどれば、現在地の意味が鮮明に見えてくる。

■金利が恐慌を招いた

 原点は1929年の世界大恐慌だ。FRBは投機熱を冷まそうと政策金利を4%から6%に引き上げた。これが株価暴落の一因となり、その後0.8%まで急落させても経済は回復しなかった。金利を動かすだけでは需要は戻らない。この苦い教訓から、国家が財政と金融の両輪で経済を操る時代が幕を開けた。

■金利が武器になった日

 次の試練は1970年代のオイルショックだ。原油高が物価を直撃し、米国のインフレ率は1980年に14%を超えた。FRB議長ポール・ボルカーは政策金利を20%近くまで引き上げる荒療治で応じた。景気を意図的に壊してインフレを叩き潰す。痛みは激しかったが、効いた。FRBの金利が世界秩序を左右する武器であることを、市場はそこで刻み込んだ。

■ゼロ金利という異常

 転機は2008年のリーマン・ショックだ。FRBは政策金利を5.25%からわずか15カ月で事実上のゼロへ引き下げ、量的緩和に踏み切った。2008年から2015年まで7年間ゼロに張り付き、2020年のコロナ禍で再びゼロへ。合計約9年にわたるゼロ金利時代が続いた。カネが安すぎる世界では資産価格だけが膨らみ、格差が広がり、財政規律は緩んだ。

■言葉だけで世界が揺れた

 ひずみはすぐに顔を出した。2013年、バーナンキFRB議長が量的緩和の縮小を示唆しただけで、新興国通貨が急落し株式市場が連鎖的に崩れた。いわゆる「テーパータントラム」だ。FRBは何もしていない。発言しただけで世界が揺れた。

 そして2019年9月、銀行間で国債を担保に短期資金を融通するレポ市場で、翌日物金利が一時10%超に急騰しFRBが緊急介入を迫られた。ゼロ金利が生んだ市場のひずみが、静かに臨界点へ近づいていた証左だった。

■40年ぶりの衝撃と今

 2022年、インフレ率が一時9.1%と40年ぶりの高水準に達し、FRBは1年余りで政策金利を0%から5.5%へ引き上げた。40年ぶりの速度だった。ドル高が世界を直撃し、円は急落、新興国は資金流出に苦しんだ。その後3回の利下げを経て現在3.5〜3.75%。インフレは鎮静化しつつあるが目標の2%にはまだ届かず、FRB内でも利下げ派と慎重派が拮抗したままだ。

■歴史が照らす現在地

 1929年も、1980年も、2008年も、FRBの判断の遅れと過剰がその後の混乱を招いた。今また、早すぎる利下げがインフレを再燃させるリスクと、遅すぎる据え置きが景気を冷やすリスクが交錯する。どちらに転ぶかは、まだ誰にもわからない。だからこそ歴史を知ることが、現在地を読む唯一の羅針盤になる。

関連キーワード

関連記事