体は走らず脳だけ走って高血圧を改善? 国立障害者リハビリテーションセンターら

2023年7月18日 08:41

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今回の研究で明らかになかった、高血圧を改善するメカニズム(画像: 国立障害者リハビリテーションセンターの発表資料より)

今回の研究で明らかになかった、高血圧を改善するメカニズム(画像: 国立障害者リハビリテーションセンターの発表資料より)[写真拡大]

 高血圧は、脳や心臓など様々な病気の原因にもなる生活習慣病の1つだ。適度な運動が高血圧の予防や改善に効果があることは経験的、統計的にわかっていた。だがどのような仕組みで運動が効果を与えるのかは不明だった。

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 国立障害者リハビリテーションセンターらの今回研究グループは、ラットを用いた実験と人への臨床試験によって、足が地面に着地するときの衝撃が脳に伝わり、血圧に良い影響を与えることと、そのメカニズムを明らかにした。

 この研究は、国立障害者リハビリテーションセンター、関西学院大学、国立循環器病研究センター、東京大学、東京農工大学、九州大学、国際医療福祉大学、群馬大学、東北大学、大阪大学大学院医学系研究科、岩井医療財団、新潟医療福祉大学、所沢ハートセンターの共同研究グループによって行われた。その成果は、Nature Biomedical Engineeringに掲載され7日にオンライン公開された。

 高血圧とは、安静にしているときの収縮期血圧(心臓が収縮しているときの血圧)が140以上、拡張機血圧(心臓が拡張しているときの血圧)が90以上の状態をいう。血圧が高い状態が続くと、血管がダメージを受け、本来柔軟に伸び縮みするはずの血管が固くもろくなってしまう。この状態を動脈硬化という。

 動脈硬化は脳梗塞、脳出血などの脳へダメージを与える病気や、心筋梗塞、狭心症などの心臓の病気、慢性腎臓病などの腎臓の病気を引き起こす原因となる。そのため、高血圧を予防し治療することは重要な課題である。

 生活習慣病や、認知症、うつ病などを予防したり改善を目指すとき、「適度な運動」が良い影響を与えることはこれまでも統計的に明らかになっていた。生活習慣病の1つである高血圧も例外ではなく、適度な運動により血圧は安定する。しかし運動がどのようなメカニズムで血圧に影響を与えているのかは、これまでわかっていなかった。

 研究グループはまずラットを用いて実験を実施。走っているラットが前足を着地させるときに脳にかかる衝撃の大きさを調べたところ、約1Gであった。

 そして麻酔をしたラットの頭部を毎日20分間上下移動し、1Gの衝撃を与える実験を行った。すると高血圧ラットにおいて、毎日20分走った高血圧ラットと同様に血圧が下がる効果が見られた。一方正常なラットが運動や頭の上下移動をしても、血圧に変化は見られなかった。

 研究グループはさらに、1Gの衝撃を与える走行、または上下移動により、血圧調節中枢の細胞にどのような変化が起こっているかを調べた。すると血圧上昇に関連しているアンギオテンシンII 1型受容体の発現が、低下していることがわかった。

 このとき延髄の間質液でどのような現象がい起こっているか調べるため、造影CTや蛍光標識したハイドロゲルを用いた。その結果、頭部を上下移動させたときの衝撃で脳にわずかな変形が生じ、延髄の間質液が流動。血圧調節中枢の細胞(アストロサイト)との間に、摩擦力のような流体せん断力が加わっていることが明らかになった。さらに培養アストロサイトを用いて実験を行ったところ、流体せん断力が加わることでアンギオテンシンII 1受容体の低下が再現された。

 さらに高血圧ラットの脳にハイドロゲルを入れ、間質液をドロドロにして流動できない状態にすると、頭部を上下移動したときにこれまで見られていた血圧への効果が消失した。これらの実験により、脳に与えられた約1Gの衝撃で起こる血圧降下には、延髄の間質液の流動が関連していると考えられた。

 次に研究グループは人間で同様の検討を行った。軽いジョギングや早歩きを行ったとき、人の脳にはラットと同じく約1Gの衝撃が加わっていることが判明。そこで約1Gの衝撃を脳に与える座面上下動椅子を開発した。この椅子に高血圧症の人が1日30分間、週に3日、1カ月間乗った結果、血圧の低下が見られたという。このとき、血圧が正常値よりも下がりすぎることはなく、他の有害事象も認められなかった。

 今回の研究により、ジョギングなどの運動がどのようにして体に影響を与えているかについて、答えの1つが明らかになったと言えるだろう。つまり体全体を動かさなくても、脳への適度な衝撃を再現すれば運動をしたのと同様の効果が得られる可能性があるということだ。

 このことは、寝たきりの高齢者や四肢などに障害がある人も擬似運動療法により、健康を増進できる可能性を示している。今後、様々な体の状態の人が行える擬似運動療法の開発につながっていくことが期待できる。(記事:室園美映子・記事一覧を見る

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