世界初、トリチウムのレーザー分析技術を開発~迅速・高精度に定量評価、原子力施設等における応用に期待~
配信日時: 2026-04-10 17:20:38
【本研究のポイント】
・トリチウム水(HTO)の赤外吸収を高感度観測: トリチウム水(HTO)の非常に強い吸収波長帯(4.3μm帯)を標的とした、光共振器強化型吸収分光(CRDS)注1)装置を開発した。従来の光学的手法と比較して、大幅な性能向上を実現し、世界最高のトリチウム分光感度を達成した。
・光学的手法による定量的な直線性と再現性の証明: 試料中のトリチウム放射能濃度と得られた信号の間に、高い線形性があることを実験により世界で初めて明らかにした。また、同一条件での繰り返し測定により、本手法の高い再現性を確認した。
・微量液体サンプルの測定: 微量の液体試料(数 µL)から、前処理なしで迅速にトリチウムの定量測定を行うことに成功した。
【研究概要】
名古屋大学大学院工学研究科の寺林 稜平 助教、富田 英生 教授らは、レーザー分光を用いてトリチウム濃度を高感度に測定する新技術を開発しました。
福島第一原子力発電所の廃止措置などで重要なトリチウム分析において、従来の標準手法である放射線計測法(LSC法)は、他の放射性物質を除去するための複雑な前処理を必要とする点が課題でした。
本研究では、トリチウム水分子(HTO)が光を極めて強く吸収する、中赤外領域に着目し、光共振器による多重反射により微弱吸収を増幅する光共振器強化型吸収分光(CRDS)を適用しました。その結果、分光学的手法によるトリチウムの定量分析(濃度との直線関係および再現性)を世界で初めて体系的に実証しました。
本技術は、将来的にはさらなる高感度化・長期安定性の向上により、原子力施設や核融合炉におけるトリチウムのリアルタイム計測への応用が期待されます。また、極微量試料を対象とする創薬・バイオ分野などへの展開も視野に入ります。
本研究成果は、2026年4月4日付Springer Nature雑誌『Scientific Reports』に掲載されました。
【研究背景と内容】
図1 本研究成果の概要
左: 共振器強化型レーザー分光によるトリチウム分析法の概念図
観測されたトリチウム水分子(HTO)の赤外吸収スペクトル
試料中トリチウム放射能量に対する測定値の線形応答
1. トリチウム分析の重要性と現在の課題
トリチウム(三重水素)は、水素の放射性同位体であり、自然界にもわずかに存在しますが、主に原子力発電所、加速器施設、核融合実験装置などの運用や廃止措置に伴って発生します。特に、福島第一原子力発電所における処理水の海洋放出が2023年から開始されたことで、環境中のトリチウム濃度を正確かつ迅速に観測することは、規制基準の遵守確認や環境影響評価に直結し、社会的な安心・安全を支える上で重要な課題となっています。
これまで標準的に用いられてきた「液体シンチレーション計数法(LSC)」注2)は非常に高い感度を持ちますが、試料中に他の放射性物質が含まれる場合、それらを除去するための複雑な化学的前処理が不可欠です。このため、採水・運搬・前処理・測定に至るまでの一連のプロセスには大きな労力と時間を要します。
2. 光の吸収を利用した革新的な測定手法の開発
研究グループは、他の放射性物質の影響を受けず、化学的な処理を必要としない、光(レーザー)を使った測定手法に着目しました。物質が特定の色の光を吸収する性質を利用する「分光法」注3)を用いれば、気相中のトリチウム水(HTO)を直接測定できます。
本研究では、トリチウム水が中赤外領域で非常に強い吸収を示す「4.3 µm帯」に着目しました。さらに、高反射率の光学ミラー間でレーザー光を多重反射させることで、わずかな吸収を大きく増幅して検出する「光共振器強化型吸収分光(CRDS)」注3)を採用し、高感度な分光分析装置を開発しました(図1 左)。
3. 世界最高のトリチウム分光感度と定量性の証明
開発した装置により、トリチウム水標準試料を測定し、測定対象のHTO高強度吸収の観測に成功しました(図1(a))。また、従来の光学手法(2.17 µm帯を用いる手法など)と比較して、50倍以上の劇的な性能向上を実現し、世界最高レベルのトリチウム水分光感度を達成しました。
さらに重要な成果として、試料中のトリチウム放射能濃度と装置信号との間に良好な線形関係が成立することを、異なる濃度試料の測定により明らかにしました(図1(b))。加えて、同一条件における繰り返し測定により高い再現性を確認しました。これにより、分光学的手法によるトリチウムの定量分析(直線性および再現性)を世界で初めて体系的に実証しました。
【成果の意義】
本研究の成果は、新たなトリチウム分析法として以下のような展開につながります。
迅速・現場型モニタリングへの道を拓く: 従来は数日を要していたトリチウム分析に対し、本手法は微量(数 µL)の試料から前処理なしで迅速に測定できる可能性を示しました。今後、さらなる感度向上や長期安定性の検証により、原子力施設や核融合実験施設における排水・排ガスのリアルタイム監視への応用が期待されます。
社会的な安心を支える透明性の高い検証手段: 本技術は、従来の放射線計測(LSC)とは異なる「光の吸収」に基づく原理を用いた分析手法であり、迅速かつ独立した検証手段として機能する可能性があります。これにより、環境モニタリングの信頼性と透明性の向上に貢献することが期待されます。
高度な安全管理と科学研究への展開: 核融合炉におけるトリチウム管理や、加速器・原子力施設における排水・排ガス監視など、高度な安全管理分野への応用が期待されます。また、極微量試料を対象とする創薬・バイオ研究(薬物動態試験など)においても、新たな分析手法としての展開が見込まれます。
現在は基礎研究段階であり、環境放出基準を大きく下回る超低濃度領域の測定には、さらなる感度向上が必要です。しかしながら、本研究はその実現に向けた重要な第一歩であり、今後の技術発展により大きな展開が期待されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」領域(課題番号:JPMJCR2104, 研究代表者:西澤 典彦)の支援を受けて実施されました。また、一部は日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP22H05023, JP22H03869, JP23K13686)の成果を活用しています。
また、トリチウム水試料を用いた実験は名古屋大学アイソトープ総合センターRI実験棟(https://www.ric.nagoya-u.ac.jp/index.html
)の放射線管理区域にて実施されました。
【用語説明】
注1)光共振器強化型吸収分光(CRDS):
キャビティリングダウン分光法(Cavity Ring-Down Spectroscopy)。2枚の光学ミラーを向かい合わせた高反射率光共振器の多重反射を利用し、数十cm程度の長さの共振器で、実効的な光路長は数kmに及ぶ。これにより、光吸収物質の光吸収を飛躍的に増幅し、微量物質由来の微弱な吸収信号を物質選択的に観測できる。
注2)液体シンチレーション計数法(LSC):
液体試料を、放射線が当たると発光する液体状物質(液体シンチレーター)と混合し、トリチウムの崩壊に伴い放出されるベータ線(電子)を光に変えてその数を計数する手法。その他の放射性物質が存在すると、トリチウム由来の信号との区別が難しくなるため、分離のための前処理が必要となる。
注3)レーザー分光法:
レーザー光を物質に照射し、物質とレーザー光の相互作用を観測することで、物質の種類やその量を調べる分析手法。分子や原子は固有の波長で光を吸収するため、レーザー波長(すなわち周波数、エネルギー)を変化させることで測定対象を選択的に分析可能である。本研究では、中赤外レーザーを用いた吸収分光によりトリチウム水分子(HTO)を測定している。
【論文情報】
雑誌名: Scientific Reports
論文タイトル:Quantitative analysis of tritiated water using cavity ring-down spectroscopy
著者: Ryohei Terabayashi(名古屋大学工学研究科助教), Erika Takayama(名古屋大学工学研究科博士前期課程学生(投稿当時)), Hideki Tomita(名古屋大学工学研究科教授)
DOI:10.1038/s41598-026-46080-1
URL: https://doi.org/10.1038/s41598-026-46080-1
▼本件に関する問い合わせ先
TEL:052-558-9735
FAX:052-788-6272
メール:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
プレスリリース情報提供元:Digital PR Platform
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