変貌した世界への到達(1)【中国問題グローバル研究所】

2020年5月1日 15:23

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記事提供元:フィスコ


*15:23JST 変貌した世界への到達(1)【中国問題グローバル研究所】
【中国問題グローバル研究所】は、中国の国際関係や経済などの現状、今後の動向について研究するグローバルシンクタンク。中国研究の第一人者である筑波大学名誉教授の遠藤 誉所長を中心として、トランプ政権の ”Committee on the Present Danger: China” の創設メンバーであるアーサー・ウォルドロン教授、北京郵電大学の孫 啓明教授、アナリストのフレイザー・ハウイー氏などが研究員として在籍している。関係各国から研究員を募り、中国問題を調査分析してひとつのプラットフォームを形成。考察をオンライン上のホームページ「中国問題グローバル研究所」(※1)にて配信している。

◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信しているフレイザー・ハウイー氏の考察を2回にわたってお届けする。

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「救命ボートまでは何とかたどり着いたが、どうやって岸まで行くのかよく分からない」。ハーバード大学T・H・チャン公衆衛生大学院の疫学者、マーク・リプシッチ氏が、新型コロナウイルス感染症(Covid19)の出口戦略について問われた時の言葉だ。

現状をこれほど的確に表現した言葉はないだろう。世界各国はCovid-19の第一波発生に対処策を講じている。これまでのところ、東アジアは欧米よりも備えよく計画を実行できている。国内での流行の予防や抑制に成功している点では、台湾、韓国、香港が際立っている。効果的な検査体制、接触者追跡、隔離が十分早期に実施されれば、機能することを示した。一方、欧米は行動が遅れ、ウイルスの拡散阻止は全国的な厳しいロックダウンに頼った。ただそれぞれの国には異なる事情がある。単純な東対西の構図だけでは、成功と失敗をはっきり色分けできない。伝統的に西側文化とみなされるオーストラリアやニュージーランドはウイルスの抑制に大きな成功を収め、ドイツや東欧のいくつかの国も同様である。これとは対照的に、当初は検査実施の素晴らしい手本と称賛されたシンガポールは、感染者数が急増している。狭く不衛生な環境で暮らす何十万人もの移民労働者を無視した結果だ。

世界の国々は、ロックダウンや隔離、検査という「救命ボート」に這い上がったものの、岸はどこにあり、どうやってたどり着くのか、という疑問が当然のように生じる。あるいは、堅固な陸地に到達する前に、数次にわたるウイルス流行の波によって社会は押し潰されようとしているのだろうか。ウイルス対策の緩和を検討する前に、今後数ヵ月また数年間に起こりそうなこと、あるいは起こりそうもないことを認識しておくことが重要である。

第一に、北半球の夏の到来とともにウイルスが消えると考える根拠はほとんどない。気温が高くても拡散を抑制しないことは、シンガポールの例が示している。また第一波を乗り越えたからといって、ウイルスに打ち勝ったとかウイルスは消滅したなどと考えるべきではない。日々の感染者数や死亡者数の数字にとらわれていると、真実に対して誤った安心感を持ってしまう。感染者の確認件数は、ウイルスの拡散程度を反映するが、検査件数にも左右される。イランの症例件数が非常に多いことから、イラクやシリア、アフガニスタンといった周辺国に大きく広がり、さらにパキスタンやインドにも波及していることはほぼ確実だ。これらはすべて、保健医療システムが貧弱で、調査・報告能力も限られている国々である。インドが数週間にわたるロックダウンで、拡大を本当に食い止められるかどうか全く分からない。懸念されるのは南アジアだけではない。実際、無症状の感染者や感染源となるスプレッダーの割合が高いとみられており、感染者をすべて追跡することは非常に困難で、おそらく不可能だろう。

第二に、Covid-19の治療法は現在ない。支持療法はあるが、この疾患に特有のものではない。さらに、メディアは今後12~18カ月でワクチンが登場すると報じているが、もしそうだとしてもワクチン開発には最も早くても年単位がかかるということだ。ワクチン開発をそもそもこの期間内にできることだけで素晴らしい成果とはなるが、たとえワクチンが手に入っても、有効期間などの疑問への答えは時間の経過を待つほかない。生産、保存、配送、投与などの問題はすべてそれぞれにロジスティック上の頭痛の種がある。ボタン一つですぐ応えられることに慣れきっている世界が解決策を欲しているとしても、物事には時間がかかる。

第三に、ウイルスはインフラや資本資産には実質的な損害を与えていない一方で、公衆衛生のためのロックダウンが、潜在的により困難な経済問題を生み出している。経済というのは究極的には、モノ、サービス、マネーを求めるすべての人々の間でそれらを動かすプロセスである。完全とは程遠いが、社会はそのように発展してきた。現在のところ、政府の対応で現代経済の複雑さを代替することはできない。これは政府は何もするなということではなく、むしろ正反対である。しかしそれでも、政府の支援規模にかかわらず、多くの犠牲者が生まれるということだ。これはまた、政府にさらなる要請や支援を求める声がすぐには消えないことも意味する。

世界は、第一波の流行ピークの先を見据え平常への復帰を計画しているが、世界的な感染拡大によってその計画は調整せざるを得ないだろう。患者の年齢を問わず効き目があり、配送も容易な効果的なワクチンを開発できるかどうか極めて不透明な上、世界経済が戦時以来例のない形で動揺しているからである。つまり、かつての平常には戻らないということだ。救命ボートが接岸する場所は、以前と同じように見えるが、実際には大きく変貌し、今後何年もその状態が続く新しい大地である。例えば、10年前の世界金融危機の経済的影響は欧州ではまだ解決されていない。Covid-19の影響はそれよりもはるかに困難で広範なものである。

これは、中国の慎重な経済再開に見ることができる。平常はすぐに戻ってきてはいない。確かに工場や企業は再開したが、生産性には大きなばらつきがある。強制ではないがマスクの着用は依然として多い。オフィスや商業・住居の複合施設に入るためには多くの場合、緑色や赤色で健康状態を示すモバイルアプリが必要だ。それでも中国は、特にロシア国境沿いなどでの流行を抑えたと認めている。しかし中国には問題が生じている。流行発生の初日から情報の流れを統制してきたのだ。武漢の当初の発生から始まり、現在も中国の本当の状況について市民と外国人の両方から不信感が続いている。習近平国家主席はCovid-19に対する勝利をこれまで以上に誇示したい考えであり、情報は今後も厳しく管理されよう。党が情報を握り続ける限り、中国の経験は世界にとってほとんど教訓にならない。

「変貌した世界への到達(2)【中国問題グローバル研究所】」へ続く

写真:ロイター/アフロ

※1:https://grici.or.jp/《SI》

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