新型コロナ後遺症の倦怠感・抑うつ症状のメカニズムと治療薬を発見

プレスリリース発表元企業:学校法人慈恵大学

配信日時: 2026-06-11 15:14:44



―世界初の新型コロナ後遺症治療薬の開発―

東京慈恵会医科大学・ウイルス学講座・岡直美講師、同・疲労医学講座の近藤一博教授、横浜市立大学の中村謙介准教授らの研究グループは、新型コロナ後遺症患者の倦怠感・抑うつ症状の原因が、新型コロナウイルスの感染で再活性化したヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)が産生するSITH-1タンパク質による脳内アセチルコリンの低下であることを明らかにしました。
さらに、脳内アセチルコリンを増加させる認知症治療薬ドネペジル(商品名アリセプト)が、HHV-6 SITH-1が関与する新型コロナ後遺症の倦怠感や抑うつ症状を改善することも示しました。本研究は、新型コロナ後遺症の原因究明および世界初の新型コロナ後遺症治療薬の開発を示す、重要な成果です。
本研究の成果は、Frontiers in Pharmacologyに2026年6月4日付で掲載されました。
【ポイント】
 新型コロナ後遺症患者の倦怠感と抑うつ症状の原因が、新型コロナウイルスによって再活性化したヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)が産生する「SITH-1タンパク質」による脳内アセチルコリン産生低下であることを発見しました。
 約7割の新型コロナ後遺症患者は、HHV-6 SITH-1産生の指標である血中抗SITH-1抗体が陽性でした。
 二重盲検ランダム化比較試験において、認知症治療薬ドネペジルの投与は血中抗SITH-1抗体陽性の新型コロナ後遺症患者の倦怠感と抑うつ症状を有意に改善しました。
 ドラッグリポジショニング(既存薬再開発)により、短期間での実用化が期待されます。

【研究の詳細】
1. 背景
新型コロナ後遺症は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に罹患した後も2か月以上、倦怠感,抑うつ症状,ブレインフォグ,嗅覚障害,味覚障害,睡眠障害などが遷延する疾患です。その原因は複数あり、異なった病態を持つ疾患の集合体と考えられていますが、倦怠感や抑うつ症状を呈する患者は頻度が高く、生活や労働への影響が強いことから、大きな社会問題となっています。しかし、原因究明や治療法の開発は進まず、有効な治療薬も確立していませんでした。
このような状況のなか、有力な原因の一つとされるのが、体内で潜伏感染しているヘルペスウイルスの再活性化です。私たちは以前、嗅球に潜伏感染しているHHV-6が再活性化する際に発現するウイルス由来タンパク質SITH-1が、うつ病の原因となることを報告していました。うつ病も倦怠感,抑うつ症状を伴うことから、新型コロナ後遺症もSITH-1が関与しているのではないかと考えました。

2. 研究の内容・成果
HHV-6再活性化によるSITH-1の発現は血中の抗SITH-1抗体価に反映されることから、先ず、新型コロナ後遺症患者の血中抗SITH-1抗体価を測定し、健常対照群と比較しました。さらに、新型コロナ後遺症は多様な症状が報告されていることから、抗SITH-1抗体陽性患者の症状の特徴を調べました。
その結果、患者の約7割が抗SITH-1抗体陽性であり、抗SITH-1抗体陽性患者は強い倦怠感やうつ病様症状を示すことが明らかになりました。

次に、生体におけるSITH-1タンパク質発現の影響を解析するために、SITH-1タンパク質を嗅球に発現させたマウスモデル(SITH-1発現マウス)を用いて脳および行動への影響を評価しました。
その結果、SITH-1発現マウスの脳内のアセチルコリンが低下しており、倦怠感およびうつ病様行動を示すことが明らかになりました。そこで、脳内アセチルコリンを増加させるために、コリンエステラーゼ阻害剤ドネペジルをSITH-1発現マウスに投与したところ、倦怠感およびうつ病様行動が改善しました。
さらに、既に実施されていた第II相臨床試験「倦怠感症状を有するCOVID-19患者を対象としたドネペジルの有効性を検証する二重盲検試験」のサブグループ解析を実施し、2か月以上症状が続く新型コロナ後遺症患者の中から抗SITH-1抗体陽性患者を抽出し、ドネペジルの有効性を評価しました。
その結果、抗SITH-1抗体陽性患者に限り、ドネペジルの投与によりチャルダー疲労尺度スコアおよびHADSうつ病尺度スコアが改善していることが明らかになりました。

3. 今後の応用、展開
世界中で数億人の患者がいると言われる新型コロナ後遺症は未だに治療薬がない疾患であり、この様な状況下、認知症の治療薬ドネペジルが新型コロナ後遺症の最大の問題である倦怠感や抑うつ症状の治療薬となり得ることを示した本研究の社会的意義は大きいと考えられます。今後はドネペジルの新型コロナ後遺症への適応拡大により短期間での実用化が期待されます。
さらに私たちは、企業との共同研究により抗SITH-1抗体を簡便に測定するELISA法を開発しており、血中抗SITH-1抗体を指標とした「ドネペジル治療が期待できる患者群」の層別化を行うコンパニオン診断薬の開発も目指しています。
また、私たちは別の論文で、脳内アセチルコリンが脳内の抗炎症機能を担っていることを明らかにしており、SITH-1の発現による脳内アセチルコリンの低下は脳内の抗炎症機能を不全にし、脳内炎症を起こし易い状態にすると考えています。脳内炎症は新型コロナ後遺症のみならず、うつ病を含む様々な疾患の倦怠感および抑うつ症状に関連すると考えられており、本研究はドネペジルのような脳内アセチルコリンを増加させる薬剤がこれらの疾患の治療薬になり得る可能性を示したことになります。
引き続き私たちは、新型コロナ後遺症のみならず、うつ病の治療薬や予防薬の開発にも貢献していきたいと考えています。

4. 用語説明
 新型コロナ後遺症: 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患後、2か月以上様々な症状が遷延する疾患。発生率はCOVID-19患者の10-25%と報告されている。
 ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6): 乳幼児期に罹患する突発性発疹の原因ウイルス。感染後はマクロファージや嗅球アストロサイトに生涯潜伏感染するが、宿主への様々な負荷により再活性化し、活動を再開する。
 SITH-1タンパク質: 嗅球に潜伏感染しているHHV-6が再活性化する際に発現するウイルスタンパク質。うつ病発症リスクを上昇する。
 アセチルコリン: 神経伝達物質の一つ。結合する受容体により様々な機能を持つが、その一つに抗炎症機能がある。
 ドネペジル(アリセプト): 認知症の進行を抑制するために処方される薬剤。アセチルコリンを分解する酵素「コリンエステラーゼ」阻害し、アセチルコリン量を高める。脳への移行性が極めて高い事で知られる。

【論文情報】
タイトル:Donepezil Ameliorates Fatigue and Depression in PASC Patients With HHV-6B SITH-1-Induced Acetylcholine Deficiency
著者名:Naomi Oka, Kensuke Nakamura, Koichi Hirahata, Azusa Ishii, Kazuma Yamakawa, Kenya Ie, Tadahiro Goto, Kazuya Shimada, Shigeki Fujitani, Kazuhiro Kondo*
掲載誌: Frontiers in Pharmacology
DOI: 10.3389/fphar.2026.1807203
URL: https://www.frontiersin.org/journals/pharmacology/articles/10.3389/fphar.2026.1807203/full

【研究支援】
本研究は、以下の助成を受け行われました。
日本医療研究開発機構(AMED):
事業名:新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業
事業課題名:
 ドネペジルのドラッグリポジショニングによるCOVID-19後遺症治療薬の開発-精神症状治療薬へのリポジショニング-
 新型コロナウイルス感染症罹患後症状に対するドネペジルの適応判定を目的としたコンパニオン診断薬の開発

【お問合せ先】
(本研究に関するお問い合わせ)
東京慈恵会医科大学 ウイルス学講座 講師 岡 直美
電話 03-3433-1111(代)
メール naomiyon@jikei.ac.jp

(取材・報道に関するお問い合わせ)
学校法人慈恵大学 経営企画部 広報課
電話 03-5400-1280 
メール koho@jikei.ac.jp


本件に関するお問合わせ先
学校法人慈恵大学 広報課
メール:koho@jikei.ac.jp
電話:03-5400-1280

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