青酸中毒の痕跡を見逃さない 食事の影響を受けにくい、青酸の新たなバイオマーカーを同定

プレスリリース発表元企業:学校法人近畿大学

配信日時: 2026-05-25 14:00:00


画像 : https://newscast.jp/attachments/GzLZnIMUqnuKq8VhLY0U.jpg
本研究の概要図(サイエンスデザイナー 髙橋一誠氏 作成)


近畿大学生物理工学部(和歌山県紀の川市)生命情報工学科 教授 財津桂、愛知県警察本部科学捜査研究所(愛知県名古屋市)研究官 久恒一晃(筆頭・責任著者)、金城学院大学生活環境学部(愛知県名古屋市)准教授 浅野友美、名古屋市衛生研究所(愛知県名古屋市)研究員 谷口賢らの研究グループは、青酸(シアン化物)中毒の痕跡を高精度に捉える新たなバイオマーカー※1 を同定しました。
シアン化物は古くから強力な毒物として知られ、中毒事故や犯罪などにも関連する化合物の1つであり、シアン化物の曝露や中毒の痕跡を正確に検出するためには高度な分析・鑑定技術を必要とします。そこで、シアン化物の摂取を判定するためにはバイオマーカーの利用も重要となります。研究グループはシアン化物の代謝物の1つとして注目されている2-アミノチアゾリン-4-カルボン酸(ATCA)に対する食事の影響を調べるとともに、血液中の新たなバイオマーカーの探索を目的としました。
ATCAは食事由来の成分とシアン化物が体内で反応して生成されることから、従来、食事がATCAの生成量に影響を及ぼすことが懸念されていました。そこで本研究では、食事成分の含有量が異なる3種類の餌をマウスに与えた後にシアン化物を中毒量で投与し、ATCAの生成に食事の内容が影響するかを調べました。さらに、シアン化物のバイオマーカーを探索するために、血液の代謝変化をメタボローム解析によって調べました。
その結果、ATCAは食事の影響を受けにくいことを明らかとするとともに、シアン化物の摂取を高精度に判別できる25種類の新たなバイオマーカーを同定しました。
本研究成果は、今後、ヒトの解剖試料などでの実証を重ねることで、シアン化物が用いられた犯罪の捜査や死因の究明といった法科学分野※2 の実務において活用されることが期待されます。
本研究成果は、令和8年(2026年)5月25日(月)に、シュプリンガー・ネイチャー誌が発行する毒性学に関する著名な国際学術誌"Archives of Toxicology(アーカイブズ オブ トキシコロジー)"に掲載されました。
【本研究のポイント】
●シアン化物の摂取を、高精度に判別できる25種類の新たなバイオマーカーを同定
●ATCAの生成は食事の影響を受けにくいことを実証
●本研究成果は、シアン化物が関連する犯罪の捜査や死因の究明への活用に期待
【本件の背景】
青酸(シアン化物)は極めて毒性が高い化学物質であり、中毒事故の発生に加えて、殺人事件、さらにはテロ事件にも用いられることがあります。シアン化物は、細胞内のミトコンドリアに作用してエネルギー産生を阻害するため、短時間で重篤な中毒症状を引き起こすとされており、シアン化物中毒が疑われる場合には、血液などの生体試料からシアン化物の摂取を客観的に証明する検査が不可欠になります。しかし、シアン化物は血液中で化学的に不安定であることから、血液中のシアン化物の検査には注意を要します。そこで、シアン化物の摂取をより高精度に判別するためには、シアン化物の摂取を間接的に示すバイオマーカーが重要になります。
近年、シアン化物の代謝物の一つであり、血液中での安定性が比較的高いと報告されている2-アミノチアゾリン-4-カルボン酸(ATCA)が、シアン化物の新たな生体指標として注目されています。しかし、ATCAは肉や卵などに多く含まれている、含硫アミノ酸の「メチオニン」から生成される「シスチン」とシアン化物が体内で反応して生成されることから、食事の内容によってATCAの生成量が変わってしまうことが懸念されていました。さらに、ATCAは体内からの消失速度が比較的速いとされているため、シアン化物の摂取から時間が経過した場合であっても、摂取を示すことができる新たなバイオマーカーの探索が求められていました。特に、シアン化物が体内で食事由来の成分と反応することを考慮すると、食事の影響を受けにくいバイオマーカーを探索することが重要です。
【本件の内容】
本研究では、ATCAが食事の影響を受けるか検証するとともに、シアン化物の新たなバイオマーカーの探索を目的としました。まず、メチオニンとシスチンの含有量が異なる3種類の餌を1週間、マウスに与えてからシアン化物を中毒量で投与し、血液中のATCA濃度ならびに代謝変化を調べました。その結果、シアン化物投与後15分および30分における血中ATCAの濃度には食事による影響は認められず、食事中のメチオニンおよびシスチン量の違いはATCAの生成には影響しないことを明らかにしました。また、血清のメタボローム解析※3 の結果、117種類の代謝物が検出されました。これらの代謝物から、シアン化物投与群と未投与群の判別に寄与する代謝物を情報科学の手法で絞りこんだ結果、25種類の成分がシアン化物の投与を高い精度で判別できる新たなバイオマーカーであることを明らかにしました。
本研究成果は、今後、ヒトの解剖試料などでの実証を重ねることで、シアン化物が用いられた犯罪の捜査や死因の究明といった法科学実務において活用されることが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌:Archives of Toxicology(インパクトファクター:6.9@2024)
論文名:
Assessment of 2-aminothiazoline-4-carboxylic acid (ATCA) Formation and Identification of Robust Serum Metabolic Biomarkers for Acute Cyanide Exposure in Mice Fed Diets with Varying Methionine and Cystine Content
(メチオニン・シスチン含有量の異なる飼料を与えたマウスにおける急性シアン化物曝露後のATCA生成評価および頑健な血清代謝バイオマーカーの同定)
著者 :久恒一晃1*、浅野友美2、谷口賢3、財津桂4,5 *責任著者
所属 :1 愛知県警察本部科学捜査研究所
    2 金城学院大学生活環境学部
    3 名古屋市衛生研究所
    4 近畿大学生物理工学部
    5 名古屋大学高等研究院
URL :https://doi.org/10.1007/s00204-026-04435-7
DOI :10.1007/s00204-026-04435-7
【本件の詳細】
研究グループはシアン化物の代謝物の一つである2-アミノチアゾリン-4-カルボン酸(ATCA)の検証に加えて、血液中の新たなバイオマーカーの探索を目標としました。まず、メチオニンとシスチンの含有量を変えた3種類の飼料を与えたマウスにシアン化物を投与し、食事の内容がATCAの生成に影響するかを検証しました。
7週齢の雄性ICRマウスを3群(n=15)に分け、それぞれ(1)標準飼料(Control群)、(2)メチオニン・シスチン高含有飼料(High群)、(3)メチオニン・シスチン低含有飼料(Low群)を7日間与えました。8日目にシアン化物を中毒量である5mg/kgで腹腔内投与し、投与から15分後、30分後、60分後(各群n=5ずつ)に吸入麻酔下で解剖を行い、血清を採取しました。また、同様に3種類の食事条件で7日間飼育した後、8日目にシアン化物を投与しない群(非投与群)について血清を採取しました。研究グループが開発した分析法(RECiQ、引用文献1)で血清ATCA濃度の測定を行い、GC-MS/MS※4 によるメタボローム解析を行いました(図1)。


画像 : https://newscast.jp/attachments/b1akqGsXNDLcOK1ykLAQ.png
図1 動物実験の流れ


メタボローム解析の結果について主成分分析※5 を適用した結果、シアン化物を投与する前では、メチオニン・シスチン低含有飼料群(Low群)が他の2群(Control群、High群)とは大きく異なる代謝プロファイルを示しました。これは食事中のメチオニン・シスチン量の違いが、体内の代謝プロファイルを大きく変化させることを意味します。
シアン化物投与後の血清ATCA濃度は、投与から15分および30分後、食事の条件が異なっていても有意な差は認められませんでした(図2)。つまり、食事の条件によってATCA濃度が変化しないことが明らかになりました。一方、60分後にはATCA濃度は定量下限より低い濃度となり、ATCAは体内から速やかに消失するということを表しています。


画像 : https://newscast.jp/attachments/TCZwwdYCgqlPttmeQ7HJ.png
図2 シアン化物投与後(a)15分および(b)30分における血清中ATCA濃度 赤色の点線は、ブランク血清中の内因性ATCA濃度(370ng/mL)を示す。


さらに、血清メタボローム解析を行いシアン化物投与群と非投与群を比較したところ、両群は明確に分離され、食事の条件よりも、シアン化物曝露の影響によって代謝プロファイルが大きく変化することが明らかになりました(図3)。


画像 : https://newscast.jp/attachments/UeARv5Lvco68FJ7Yfenf.png
図3 シアン化物(CN)非投与群(紫)およびCN投与群における血清試料の主成分分析(PCA)スコアプロット 赤はシアン化物の投与から15分後の群、緑は30分後の群、青は60分後の群を示す


そこで、群分離に大きく寄与する代謝物をバイオインフォマティクス※6 を用いて25成分に絞り込み、さらにランダムフォレスト※7 による判別モデルを作成し、この25成分の性能を検証しました。その結果、本モデルではシアン化物投与群と非投与群を高精度に判別できることが確認でき、この25種類の代謝物は、食事の影響を受けにくいシアン化物曝露を示す代謝バイオマーカーであることを明らかにしました。
本研究はシアン化物中毒の科学的な証明において、ATCAが食事条件の影響を受けにくい有用な指標であることを示すとともに、新たな代謝バイオマーカーの同定に成功しました。本研究成果は、今後、ヒト剖検試料による検証や低投与量での動物実験を行うことで、法科学分野および臨床中毒学におけるシアン化物の摂取を証明する手法として、シアン化物を用いた犯罪の捜査や毒物使用が疑われた際の死因究明などの実務に活用されることが期待されます。
【用語解説】
※1 バイオマーカー:血液や尿に含まれる成分、遺伝子、画像データなど、疾患や薬毒物への曝露などに応じて濃度やパターンが変化する生態指標のこと。
※2 法科学分野:犯罪捜査において、証拠物の科学的検査や科学的鑑定の手法を体系的にまとめた学問領域のこと。法医学や法中毒学、法工学、法心理学などがある。
※3 メタボローム解析:生体内に存在する多数の代謝物を網羅的に測定し、疾患や薬毒物の投与などによる代謝変化を解析する手法。
※4 GC-MS/MS:ガスクロマトグラフィータンデム質量分析のこと。試料中の成分を分離し、質量分析によって化合物を高感度に検出する分析法。
※5 主成分分析:多数の測定データの特徴を要約し、群間の違いやデータの傾向を視覚的に把握するための統計解析法。
※6 バイオインフォマティクス:生物情報科学とも呼び、メタボローム解析などで得られる多変量データを情報科学的な手法で解析すること。研究グループが開発したPiTMaP(引用文献2)を用いることで多変量解析などのデータ解析を瞬時に適用できる。
※7 ランダムフォレスト:機械学習手法の一つ。多数の決定木を組み合わせることで、データを分類したり、重要な特徴量を評価したりすることができる。
【引用文献】
1.Kazuaki Hisatsune, Kei Zaitsu, et al., RECiQ: A rapid and easy method for determining cyanide intoxication by cyanide and 2-aminothiazoline-4-carboxylic acid quantification in the human blood using probe electrospray ionization tandem mass spectrometry. ACS Omega. 2020. 5(36): 23351–23357.
2.Kei Zaitsu, et al., PiTMaP: A new analytical platform for high-throughput direct metabolome analysis by probe electrospray ionization/tandem mass spectrometry using an R software-based data pipeline. Analytical Chemistry. 2020. 92(12): 8514–8522.
【関連リンク】
生物理工学部 生命情報工学科 教授 財津桂(ザイツケイ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2758-zaitsu-kei.html
生物理工学部
https://www.kindai.ac.jp/bost/




詳細はこちら
プレスリリース提供元:@Press