【玉川大学脳科学研究所】“透明感”を生む特徴とは?― 物体の質感知覚に関わる光学的要因の性質を明らかにし、新たなニューロンを発見
配信日時: 2026-05-19 11:20:24


玉川大学(東京都町田市/学長:小原一仁)脳科学研究所(所長:松元健二)の小松英彦(こまつひでひこ)特別研究員(客員教授)らの研究グループは、物体の質感において重要な性質である「透明感」「半透明感」の知覚に際して、光学的な要素がどのように影響するのかを解明するとともに、これまで知られていなかったニューロンの存在を明らかにしました。透明感/半透明感に関わる光学過程は複雑であり、物体画像の持つどのような特徴が影響するのか十分に分かっておらず、また、脳の情報処理については、ほとんど解明されていませんでした。本研究では、光の透過、散乱、反射に関わる光学パラメータを操作した物体画像を用いてヒトへの心理物理実験を行い、各パラメータの透明感/半透明感への影響を調査。次にマカクザルの高次視覚野から記録したニューロン活動を調べました。その結果、さまざまな光学パラメータが透明感/半透明感にどう関わるか示されると共に、それらのパラメータに選択的に応答するニューロンの存在が判明しました。また、これらのニューロン集団の応答パターンは、透明感/半透明感知覚と類似した特徴を持つことも分かりました。この研究成果は、質感知覚の仕組みの解明に寄与するとともに、幅広い「ものづくり」の分野における質感制御への応用等が期待されます。本研究成果は2026年5月12日付で、学術誌『Journal of Vision』に掲載されました。
■論文書誌情報
・論文タイトル: Interaction of optical parameters in the perception of transparency/translucency and their neural representation in the visual cortex
・著者:Baba M, Kanari K, Iwasaki K, Komatsu H
・ジャーナル、巻、号、ページ:Journal of Vision 26(5):4, 1-26
・出版年月日:2026年5月12日
・DOI: https://doi.org/10.1167/jov.26.5.4
■この研究のポイント
・透明感/半透明感は、物体の質感に関わる重要な性質の一つ。
・透明感/半透明感に関わる脳の情報処理についてはほとんど分かっていなかった。
・本研究は、さまざまな光学パラメータが物体の透明感/半透明感にどのように影響するかをヒトの心理物理実験で明らかにした。
・また、マカクザルの下側頭皮質にそれらの光学パラメータを表現するニューロンが存在することを見出した。
・この研究は、質感知覚の仕組みの解明や、ものづくりにおける質感の制御に役立つと期待される。
■研究の背景
質感知覚は物の素材や状態を把握する重要な認知機能であるため、質感認知のメカニズムの研究が近年広く行われるようになりました。また、質感は物の価値判断や好き嫌いにも関係するために、ものづくりなどの産業においても重要な意義を持っています。
透明感/半透明感は、色、光沢、テクスチャと並んで物体の質感に関わる重要な性質です。しかし、透明感/半透明感に関わる光学過程は複雑であり、物体画像の持つどのような特徴がそれらの知覚に関わるのかまだ十分には分かっていません。さらに、透明感/半透明感に関わる脳の情報処理についてはほとんど分かっていませんでした。
そこで本研究では、光の透過、散乱、反射に関わる光学パラメータを操作した物体画像を用いて、それぞれの光学パラメータやその組み合わせがどのように透明感/半透明感に影響するかをヒトの心理物理実験で調べました。また、過去の研究で光沢情報が表現されていることが明らかにされているマカクザルの下側頭皮質からニューロン活動を記録して、それらの光学パラメータが表現されているかどうかを調べる実験を行いました。
その結果、さまざまな光学パラメータが透明感/半透明感にどのように関わるかが示されると共に、それらの光学パラメータに選択的に応答するニューロンが下側頭皮質に存在することを初めて明らかにすることができました。
■研究内容
○研究で用いた光学パラメータ
ほとんどの素材は光をある程度透過させる性質を持ち、物体表面を通過した光は物体内部に侵入します。しかし、物体内部での光の振る舞いは素材によって異なり、吸収や散乱によって光は減弱したり進行方向を変化させたりなどして、物体の見え方に影響を与えます。
本研究では、光の透過や散乱に影響を与える光学パラメータとして、消散係数、アルベド、位相関数を用いて、それらのパラメータを変化させて物体画像を作成しました(これらのパラメータについては用語解説を参照のこと)。物体表面での光の反射の仕方は物体内部での光の透過とは独立な現象と考えられますが、光の反射の仕方が関係する光沢感が透明感/半透明感に影響を与えることが先行研究で知られています。そこで、本研究では光沢感のパラメータの一つである物体表面のラフネスについても実験パラメータとして用いました。
○心理物理実験の内容と結果
実験協力者の眼前のモニターに物体画像を呈示して、知覚される透明感を0-99で答えてもらいました。0が完全に不透明、99が完全に透明です。
まず、5段階の消散係数と5段階のアルベドを組み合わせた25個の刺激(図1)をランダムな順に呈示して、透明感を評価してもらいました。この実験では、位相関数は固定し、小さな値のラフネスを持つ滑らかな表面の物体を用いました。また、物体形状については、物体表面の凹凸を定量的に操作して、3段階の異なる複雑さの形状で約4cmのサイズの物体を用いました。
次に3段階の消散係数と3段階のアルベドを組みあわせた9個の刺激について、方向特性が異なる4種類の位相関数で作った滑らかな表面の物体画像について透明感を評価してもらいました。また、3段階の消散係数と3段階のアルベドを組みあわせ位相関数は固定した9個の刺激について、滑らかな表面と目に見えない程度に粗い表面の2段階のラフネスで作った画像について透明感を評価してもらいました。位相関数とラフネスの実験では、中程度の複雑さの物体形状のみを用いました。
これらの物体画像はMitsubaレンダラーを用いて描画し、照明環境にはLight Probe Galleryの自然照明環境を用いました。
図1 5段階の消散係数(縦軸)と5段階のアルベド(横軸)を組み合わせた刺激セット。各マスの左上に付けた番号は便宜上つけた刺激番号。大きい数値ほど吸収係数が大きい。黄色の枠は、位相関数とラフネスのテストで用いた刺激を表す。
実験の結果、どの形状でも消散係数の増大により知覚される透明感は減少し、知覚される透明感は消散係数の対数にほぼ比例していました。この結果は先行研究に一致しており、消散係数が透明感に大きく影響することを示します。それに加えて、アルベドも透明感に影響することが分かりました。複雑な形状では知覚される透明感の強さは消散係数のみで決まりアルベドには依存しませんでしたが、単純な形状の物体では消散係数だけでなくアルベドも知覚される透明感に影響し、アルベドが大きくなると知覚される透明感は減少しました(図2)。
図2 3つの異なる形状の物体それぞれにおいて、消散係数とアルベドの組み合わせがどのように知覚される透明感に影響するかを示したもの。明るいほど透明感が高い。左から右に向かって形状の複雑さが増している。複雑な形状(右S11)では透明感は消散係数のみに依存しているが、単純な形状(左S2, 中S7)では、アルベドも透明感に影響している。黒線は、同じ透明感の場所をつないだ等高線。
位相関数の影響を調べる実験では、アルベドの大きい刺激において位相関数が透明感に影響することが示されました。
ラフネスの影響を調べる実験では、ラフネスが大きい刺激において透明感が大きく低下し、ラフネスが透明感に強く影響することが示されました(図3)。
図3 Aは消散係数とアルベドが同じでラフネスが異なる二つの物体画像の例。左(ラフネス=0.01)は滑らかな表面、右(ラフネス=0.1)は目に見えないくらいの粗い表面を持つ。
Bは9種類の異なる消散係数とアルベドの組み合わせの刺激における知覚される透明感をラフネスが小さい物体(黒線)と大きい物体(赤線)について示したもの。ラフネスが大きいと透明感が大きく下がっていることが分かる。
○電気生理実験の内容と結果
マカクザルの下側頭皮質中部の上側頭溝後壁皮質の小領域には、光沢選択性ニューロンが固まって存在することが知られています(Nishio et al. 2012)。注視課題を行っている1頭のニホンザルで、この付近の領域から単一ニューロン記録を行い、83個のニューロンにおいて心理物理実験で透明感に影響を与えることが示された消散係数、アルベド、ラフネスに対する選択性を調べました。
実験では2種類の刺激セットを用いました。一つのセットは3段階の消散係数と3段階のラフネスの組み合わせで作られる9種類の画像、もう一つのセットは3段階の消散係数と3段階のアルベドの組み合わせで作られる9種類の画像からなります。いずれのセットでも刺激によって輝度は異なるので、輝度によるニューロン応答の変化ではないことを確認するために、物体内部のピクセルをランダムに配置しなおした刺激セットもコントロール刺激として用いました。
オフライン解析で各刺激セットへの応答を2元分散分析で解析し、各パラメータに対する選択性の有無を調べました。解析した83ニューロンのうち、39ニューロン(47%)が少なくとも一つのパラメータに選択性を示しました(図4)。消散係数に選択性を示したのは24ニューロン(28.9%)、アルベドに選択性を示したのは20ニューロン(24.1%)、ラフネスに選択性を示したのは20ニューロン(24.1%)でした。19個(22.9%)のニューロンは一つ以上のパラメータに選択性を示しました(図5)。各ニューロンが強い応答を示したパラメータの範囲はニューロンによって異なっており、選択性ニューロン集団全体では、調べた範囲のパラメータ全体を表現していました。
図4:3つの選択性ニューロンの応答例。消散係数‐ラフネスセット(左)と消散係数‐アルベドセット(右)の各刺激への応答を円の直径で示している。Aのユニットは消散係数とアルベド、Bのユニットは消散係数のみ、Cのユニットはすべてのパラメータに選択性を示した。
図5 それぞれのパラメータに選択性を示したニューロンの数をベン図で示したもの
○知覚とニューロン集団応答間のパラメータ相互作用の類似性
単純な形状の刺激に強く応答し、消散係数またはアルベドの少なくとも一方に選択性を示した31個のニューロン集団の応答をそれぞれのニューロンの最大応答で正規化して足し合わせたパターンは、アルベドが一番低いところにピークがあり、アルベドが大きくなると応答は小さくなりました(図6A)。また、消散係数が大きいと応答は小さくなりました。このパターンは心理物理実験で見られた、知覚的透明感にこれらのパラメータが影響する仕方と共通しています。
消散係数とラフネスの少なくとも一方に選択性を示した32個のニューロン集団の応答をそれぞれのニューロンの最大応答で正規化して足し合わせたパターンは、ラフネスが最大と最小のところに二つピークがあり、心理物理実験で見られたパターンと異なっていました。しかし、ラフネスが大きい刺激に最大応答を示したニューロン(ピーク位置がラフネス0.55以上)は低い光沢を表現していると考えられるため、集団応答の計算においては光沢についての符号を逆転させて扱うことが妥当であると考えられます。そこでこれらのニューロンの応答をラフネス軸について左右反転して足し合わせて集団応答のパターンを求めたところ、ラフネスが最大のところにピークがあり、かつ消散係数が大きいと応答が小さく、心理物理実験の結果と共通するパターンが見られました(図6B)。この結果は、これらのニューロンの活動が透明感/半透明感と関係する可能性を示唆しています。
図6 ニューロン集団の応答パターン。Aは消散係数‐アルベドセット、Bは消散係数‐ラフネスセットへの応答
各パラメータに選択性を示したニューロンの記録場所の分布に明らかな違いは見られず、重なっていました。このことは、透明に主に関係するパラメータ(消散係数、アルベド)と光沢に主に関係するパラメータ(ラフネス)が、下側頭皮質中部の同じ場所で表現されていることを示しています。光沢選択性を持つニューロンは下側頭皮質内で複数個所に存在し、それらがネットワークを作っている可能性が示唆されています(Okazawa et al. 2012, Komatsu et al. 2021, Baba et al. 2021)。同様に透明に関する情報も、今回記録した部位を含む下側頭皮質内のネットワークで表現されている可能性が考えられます。
■この研究の意義
本研究により質感の重要な性質の一つである透明感/半透明感について、光の透過、散乱、反射に関係するパラメータが知覚にどのような影響を及ぼすかが明らかになりました。特に単純な形状の物体ではアルベドが透明感に大きく影響することが明瞭に示されました。消散係数、位相関数については、これまでの研究で透明感に影響することが知られていましたが、今回の研究では、広い範囲で系統的にこれらのパラメータを組み合わせた刺激の透明感を調べた点が新しく、今後の透明感の研究の基礎データを与えるものと期待されます。
脳損傷患者の知見から、透明感が色やテクスチャと異なる脳部位で処理される可能性が示唆されていましたが、物体の透明/半透明に関わる情報が脳内でどのように表現されるかはこれまで知られていませんでした。今回の研究により、下側頭皮質中部で透明/半透明に関わる情報を表現するニューロンが初めて見出されました。また、選択性ニューロン集団の応答パターンに見られるパラメータ依存性はヒトの知覚で見出されたパターンと類似しており、これらのニューロンが透明感/半透明感の知覚に関係する可能性を示しています。これらのニューロンは、光沢の情報を表現するニューロンと同じ部位に存在していました。この部位は、物体の質感を表現する脳内ネットワークの一部を構成しているものと考えられます。
■本研究について
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(科研費)(課題番号15H05916、20H05955、26K15033)の支援により行われました。
■用語説明
1.吸収係数(absorption coefficient, σaで表す):単位長さ当たりに光が吸収される程度を示す光学パラメータ。
2.散乱係数(scattering coefficient, σsで表す):単位長さ当たりに光が散乱されて進行する向きを変化させる程度を表す光学パラメータ。
3.消散係数(extinction coefficient, σtで表す):吸収係数と散乱係数を足し合わせたもの(σa + σs)。光の吸収も散乱もいずれも光の進行方向について考えると、光の強さを減弱させるため、消散係数は単位長さ当たりに光が減弱する程度を表すパラメータとなる。
4.アルベド(albedo):散乱係数と消散係数の比率(σs/σt)。散乱光の強さを示す光学パラメータ。
5.位相関数(phase function):散乱媒質中での光の散乱分布をモデル化した関数。
6.ラフネス(roughness, αで表す):物体表面の微小な凸凹の程度を表す光学パラメータ。物体表面の微小面の法線方向のバラつきに関係するために鏡面反射の広がり方に影響する。同じ鏡面反射率を持つ物体の場合、ラフネスが小さい表面は鋭い光沢をもつが、ラフネスが大きいとぼやけた光沢をもつ。
7.下側頭皮質(inferior temporal cortex):大脳皮質の腹側に存在する高次視覚野で、物体を見てそれがどのような形状や表面の性質を持ち、その物体が何かを判断することに重要な役割を果たしている。
■発表者・研究者等情報
小松英彦(こまつひでひこ) 玉川大学脳科学研究所(現所属)、基礎生物学研究所(現所属)、生理学研究所
馬場美香(ばばみか) 玉川大学脳科学研究所(現所属)、理化学研究所脳神経科学研究センター(理研CBS)(現所属)、生理学研究所
金成慧(かなりけい) 玉川大学脳科学研究所、東北大学(現所属)
岩崎 慶(いわさきけい) 埼玉大学
▼本件に関する問い合わせ先
学校法人玉川学園 教育情報・企画部広報課
住所:東京都町田市玉川学園6-1-1
TEL:042-739-8710
FAX:042-739-8723
メール:pr@tamagawa.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
プレスリリース情報提供元:Digital PR Platform
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