【横浜市立大学】ケタミンの抗うつ様効果を“持続”させる新戦略を発見

プレスリリース発表元企業:横浜市立大学

配信日時: 2026-03-30 14:00:00





―NOX-1抑制が新たな治療標的に―

 横浜市立大学大学院医学研究科 生理学の高橋琢哉教授、中島和希講師、三重大学大学院医学系研究科 生化学分野の實木 亨准教授らの研究グループは、うつ病および治療抵抗性うつ病に対して、迅速な抗うつ効果を示すケタミン*1の作用を持続させる新たな分子機構を明らかにしました。
 本研究では、Wistar Kyoto(WKY)ラット*2がうつ病患者にみられるAMPA受容体*3機能異常を再現する動物モデルであることを、分子レベルで初めて実証し、このモデルを用いてAMPA受容体機能を活性化する新規化合物「K-4*4」の薬効評価を行ったところ、即効性および持続的な抗うつ様効果を確認しました。さらに、K-4投与群とケタミン投与群を比較した結果、酸化ストレス関連酵素であるNADPHオキシダーゼ-1(NOX-1)*5の抑制がケタミンの抗うつ様効果を持続させる鍵となることを明らかにしました。
 本成果は、ケタミン治療の効果持続という未解決課題に対し、新たな分子標的を提示するものであり、新規抗うつ治療薬の開発につながることが期待されます。
 本研究成果は、「Molecular Psychiatry」誌に掲載されました(2026年3月23日)。

研究成果のポイント

新規AMPA受容体活性化薬「K-4」の持続的な抗うつ様効果を実証
NOX-1抑制がケタミンの抗うつ様効果を長期間持続させる鍵であることを解明
内側前頭前野(mPFC)における興奮性・抑制性神経回路の機能改善が、うつ病関連回路の正常化と抗うつ様効果持続に関与







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図1 研究概要図
mPFC:内側前頭前野
LHb:外側手綱核
E:興奮性シナプス伝達
I:抑制性シナプス伝達


研究背景
 低用量のケタミン投与は、うつ病や治療抵抗性うつ病に対して迅速かつ強力な抗うつ効果を示すことが知られています。しかし、その効果は長期間持続せず、治療を中止すると数週間以内に再び症状が悪化することが課題となっています。これまで、他の薬剤との併用や反復投与による維持療法が試みられてきましたが、効果の持続には限界がありました。
 ケタミンの抗うつ作用には、脳内の興奮性神経伝達を担うAMPA受容体の活性化が関与すると、動物の研究から示唆されています(Zanos et al., 2016)。また、私たちはこれまでに、ヒト生体脳でAMPA受容体を可視化できるPETトレーサー[¹¹C]K-2を開発し(Miyazaki et al., 2020, Arisawa et al., 2021)、うつ病患者においてAMPA受容体密度とうつ症状の重症度が負の相関を示すことを報告しました(Hatano et al., 2025)。これらの知見から、AMPA受容体は抗うつ治療の有望な標的分子であると考えられます。しかし、AMPA受容体を標的とした抗うつ薬は現在まで臨床応用に至っておらず、高い薬効と持続性を兼ね備えた化合物の開発や、ヒトの病態を反映する信頼性の高い動物モデルの確立が求められていました。

研究内容
 本研究では、AMPA受容体機能を活性化する新規ポジティブアロステリックモジュレーター(PAM)「K-4」を開発しました。K-4は既存のPAM「K-2」(Miyazaki et al., 2020)を改良し、分解されにくい構造とすることで、脳内でより長く作用するよう設計されました。
 このK-4の効果を検証するため、うつ病モデルの妥当性を検討しました。治療抵抗性うつ病モデルとされるWKYラットでは、mPFCにおいてAMPA受容体機能が有意に低下していることが明らかとなりました。この結果は、当研究グループがこれまでに報告した、うつ病患者においてAMPA受容体密度とうつ症状の重症度が負の相関を示すという知見と一致しており(Hatano et al., 2025)、WKYラットがヒトうつ病のAMPA受容体機能異常を再現するモデルであることを示しています。薬効評価の結果、K-4投与によりWKYラットのうつ様行動は速やかに改善し、その効果は投与中止後も長期間持続しました。一方、ケタミンや既存のAMPA受容体活性化薬では、投与中止後に効果は消失しました。
 K-4投与による薬効持続性のメカニズムを調べるため、RNA-seq解析*6を用いてmPFCの遺伝子発現解析を行いました。その結果、K-4投与群ではケタミン投与群と比較して、酸化ストレス関連酵素NOX-1の発現が有意に低下していることが明らかになりました。さらに、因果関係を検証するため、NOX-1阻害(阻害剤や遺伝子発現抑制)とケタミン投与を併用したところ、抗うつ様効果は長期間持続しました。一方、mPFCにおいてNOX-1を強制発現させると、K-4の持続効果は消失しました。これらの結果から、NOX-1抑制が抗うつ様効果の持続に不可欠であることが示されました。
 WKYラットでは、mPFCにおけるAMPA受容体機能低下と、報酬系回路に関与する外側手綱核(LHb)の過剰な神経活動が認められました。K-4投与やNOX-1抑制を伴うケタミン投与は、mPFCおよびLHbの異常な神経活動を正常化しました。さらに、mPFCでNOX-1発現を抑制するとLHbの過活動も抑えられたことから、NOX-1抑制はmPFCを上流とする神経回路を介してLHbの過活動を正常化し、ケタミンの抗うつ様効果を持続させることが示されました。

今後の展開
 本研究により、NOX-1抑制がケタミンの抗うつ様効果を持続することが神経回路・行動レベルで示されました。今後は、NOX-1を標的とした新たな治療戦略の開発に向けた研究の進展が期待されます。

研究費
 本研究は、AMED脳と心の研究推進プログラム・革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(革新脳)「神経変性疾患のタンパク凝集・伝播病態と回路障害の分子イメージング研究」、AMED脳神経科学統合プログラム(脳統合)「AMPA受容体PETイメージングに基づいた認知症病態回路の解明(研究代表者:高橋琢哉)」、JSPS科研費(JP20H05922、JP20H00549、JP23K10432、JP25K22755、JP24K02781)、武田科学財団助成金の支援を受けて実施されました。

論文情報
タイトル:NADPH oxidase-1 suppression prolongs the antidepressant-like effect of ketamine
著者:Waki Nakajima, Tetsu Arisawa, Susumu Jitsuki, Tomomi Yamanoue, Kaoru Fujikawa, Megumi Hara, Akane Sano, Yuuki Takada, Ryunosuke Iai, Kimito Kimura, Masataka Suzuki, Mai Hatano, Shariful A. Syed, Ayano Yajima, Minami Nagata, Taisuke Yatomi, Hiroki Abe and Takuya Takahashi
掲載雑誌:Molecular Psychiatry
DOI:https://doi.org/10.1038/s41380-026-03527-1

共同研究者
三重大学大学院医学系研究科 生化学分野 實木 亨 准教授
ブリガムアンドウィメンズ病院感染症科 鈴木将貴 ポストドクトラルフェロー 他


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用語説明
*1 ケタミン:麻酔薬として薬事承認されている薬剤。低用量のケタミンは、うつ病や治療抵抗性うつ病に対して迅速な抗うつ効果を示すことが報告されている。動物研究では、その抗うつ様作用の一部がAMPA受容体の活性化によって媒介されることが示唆されている。

*2 WKY(Wistar Kyoto)ラット:もともとは自然発症高血圧モデル(SHRラット)の対照系統として用いられていたラット系統。生得的にうつ様行動を示し、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)に反応しにくいことから、治療抵抗性うつ病モデルとして用いられている。

*3 AMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid)受容体:脳内の主要な興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体の一つ。シナプス前部から放出されたグルタミン酸がシナプス後部のAMPA受容体に結合すると、陽イオンが細胞内に流入し情報が伝達される。学習や記憶などの過程では、シナプス後膜上のAMPA受容体数が増加し、情報伝達が強化される。

*4 K-4:本研究グループがこれまでに開発したAMPA受容体ポジティブアロステリックモジュレーター(PAM)「K-2」(Miyazaki et al., 2020)を改良し、脳内で分解されにくい構造に設計した新規化合物。AMPA受容体機能を活性化する作用を持つ。

*5 NOX (NADPHオキシダーゼ):NADPHを補酵素として酸素分子を還元し、スーパーオキシドなどの活性酸素種(ROS)を生成する酵素複合体。過剰に活性化すると酸化ストレスを引き起こすことが知られている。脳の研究では、ケタミン投与に伴う抑制性神経細胞の機能変化にNOXが関与する可能性が示唆されている。

*6 RNAシークエンス: 次世代シーケンサーを用いて、組織内で発現しているRNAの配列を網羅的に解析する手法。得られた配列情報を数値化することで、遺伝子の発現量を調べることができる。

参考文献
Zanos P, Moaddel R, Morris PJ, Georgiou P, Fischell J, Elmer GI et al. NMDAR inhibition-independent antidepressant actions of ketamine metabolites. Nature 2016.
https://doi.org/10.1038/nature17998

Miyazaki T, Nakajima W, Hatano M, Shibata Y, Kuroki Y, Arisawa T et al. Visualization of AMPA receptors in living human brain with positron emission tomography. Nat Med 2020.
https://doi.org/10.1038/s41591-019-0723-9

Arisawa T, Miyazaki T, Ota W, Sano A, Suyama K, Takada Y et al. [¹¹C]K-2 image with positron emission tomography represents cell surface AMPA receptors. Neurosci Res 2021
https://doi.org/10.1016/j.neures.2021.05.009

Hatano M, Nakajima W, Tani H, Uchida H, Miyazaki T, Arisawa T et al. Characterization of patients with major psychiatric disorders with AMPA receptor positron emission tomography. Mol Psychiatry 2025.
https://doi.org/10.1038/s41380-024-02785-1

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