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MBO成立で上場廃止のパラマウントに、「死去の瞬間」を察知するベッドの開発を切に望む
パラマウントベッドホールディングスが、MBO成立を受け2月5日上場廃止になった。今回は恐縮だが読者向けに本稿を書いていない。私の頭の中にパラマウントベッドをしっかりと残しておきたく、文字を積み上げている。
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最初に取材をしたのは、10数年前になる。印象深かったのは、展示されていた瀟洒なベッドだった。「昭和天皇が闘病・逝去までを過ごされたベッドを再現したもの」と説明を受けた。言い換えれば昭和天皇は、パラマウントベッドで闘病・逝去されたと言うことだ。「凄い会社なんだな」と妙に唸らされた。
パラマウントベッドは1947年5月、故木村隆舗氏が興した「木村寝台製作所」にはじまる。1950年、法人化。ブランド名はパラマウントベッド。1955年、病院用ギャッチベッドを開発。1962年、本邦初の電動ベッドを開発販売。パラマウントベッドは現在、国内トップ(シェア70%)/世界内2位の介護用ベッドメーカーの立ち位置にいる。
「全国津々浦々の入院施設のある大手病院を相手に徹底的な営業を展開した。ベッドの導入権限を有する看護師長を口説きに口説いた」とされる。
私にはその技術力に、痛い目にあわされた?体験がある。
未だコロナ禍。PCR検査を受けた。幸いにも陰性。更に血液検査・CT検査を受け入院。半年前ほどに受けた右肘骨折の手術の際に肘に挿入された針金状の金属を取り除く手術だった。成功。夜には麻酔は完全に覚めていた(と思い込んだ)。
尿意をもよおした。トイレに向かった。確かに看護師からは「ベッドを離れる時は、ナースコールで知らせるように」と命じられていた。無視。用を足し立ち上がろうとした瞬間、足元がふらついた。
よほどの音だったのだろう。看護師が駆け付けた。合鍵でトイレを開け、私はそのまま移動用ベッドに乗せられ、ナースステーション脇のガラス張りの部屋に収監された。ベッド上に緩やかではあったが括られ、排尿瓶の生活を一晩強いられた。
「なんで僕がベッドを離れたと分かったのか」と聞いた。「ベッドのセンサーが教えてくれた」。どこのベッドなのと聞いた。「パラマウント」。
退院後、パラマウントに「そんなことが可能なベッドがあるのか」とメールで問うた。『離床センサー「離床CAHCHIII」が装備された当社のベッド。内臓センサーがベッド上の過重変化を感知することで・・・』という返信が届いた。
いま、切に思う。死の瞬間は医師が瞳孔を調べ、脈をとり『ご臨終』と進むのが通り相場。パラマウントには「死の瞬間を知るセンサー内臓のベッドを是非にも開発して欲しい」と切に望みたい。(記事:千葉明・記事一覧を見る)
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