“愛車” = 愛情を注ぐ対象としての車

2023年4月7日 11:09

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Photo:先輩S氏の家族の一員である“愛猫”「福ちゃん」(画像提供 Y.Sato)

Photo:先輩S氏の家族の一員である“愛猫”「福ちゃん」(画像提供 Y.Sato)[写真拡大]

 前回の「自動車販売形態の変遷」でも触れたが、現在は車をネットで受注する場面もある様になった。だが筆者は、この販売手法は受け入れ難い。

【こちらも】自動車販売形態の変遷

 車は極端な言い方をすれば、家族の一員のペットの様に、愛情を注ぐ対象なのでは無いだろうか?

●ペット選び

 家族の一員として迎え入れるペットとして、例えば犬を初めて飼う場合、飼育環境から考えて、犬種も大型犬か室内犬か等、検討要因も少なくは無い筈だ。そして具体的な飼育状況を想定して、候補となる犬種が決定される。

 しかし最終的に決めた好みの犬種を、ネットだけで注文するだろうか?やはり、ペットショップを何軒か廻って、「相性」を確かめるのが普通だと思う。

 「目が合って、一目で気に入った」とか、「ケージの奥でしょんぼりうずくまっているのに、キュンとなった」とか、生後日数が長くて売れ残っているのに「情がうつって、ついつい引き取ってあげようと思った」とか。

 いろいろな事情や背景があって、家族の一員として受け入れる筈だ。

 ネットで注文して、次第に「愛犬」になるのは、アイボくらいしか思い浮かばない。

●「愛」のつくもの

 愛妻や愛犬の様に、「愛」が付く、「愛情を注ぐ」相手がある。

 同様に、「愛車」や「愛機」の様に、生きた対象では無いが、愛情をもって常に手許から離さずに、大切にする対象物がある筈だ。

 「愛刀」なんていう、物騒なものであっても、武士にとっては我が身を守ってくれる、大事な愛情を注ぐ対象もある。

 カメラマンにとって常に携行する、「愛機」と位置付けるカメラは限られて来る。

 筆者も、幼少期から父親の影響を受けて、フイルムカメラだけでも30数台所有している。用途に応じて6×7判一眼レフ、6×6判二眼レフから、レンジファインダーカメラ、一眼レフカメラ、ハーフサイズ一眼レフカメラ、ハーフサイズレンジファインダーカメラ、35mm判の水中カメラ等々、多種にわたり、交換レンズの類も多数ある。

 ポスター撮影と、サーキットでの撮影には、勿論機材が異なり、その時々の撮影目的で使い分けていた。

 しかし、普段身に付けて行動するのは、ごく少数のカメラに限られている。

 因みに、戦場カメラマンとして有名なロバート・キャパ(Robert Capa)が、1954年5月25日、インドシナ戦争の取材中、地雷を踏んで爆死した際に最後に手にしていた「愛機」は、コンタックスIIとニコンSであった。

●愛馬から愛車へ

 自動車が普及する以前、荷物の運搬は「荷馬車」が主役を担っていた。

 しかし自動車の普及により、運送手段の「馬」はその地位を譲った。

 現在は「乗馬」の様なスポーツとして、競馬やポロ競技の様な、「人馬一体」となる「愛馬」が「友として」残っている。

 車も、単なる「運搬手段」としての車と、運転を愉しむ「趣味」としての車に分かれると思われる。

 愛情を注ぐ対象たる「愛車」たるものは、「インターネットで注文した(メーカーが未熟な故の)未完成な乗り物」を手に入れて、メーカーによる欠陥の手直しのたびに、その改造に追加料金を支払って「マシなもの」にアップデートして行く様なものでは、決して無いと考えている。

●車は進歩したが

 昔の筋金入りの車好きは、詳細な取扱い説明書は勿論、専門の整備書や専用工具まで揃えた。そして旧車の場合は、「部品取り用」に別に1台購入したり、海外の業者にまで足を運んでパーツを手に入れたりして、コンディションを保つ努力をしていた。

 その時代の車は、現代の車と比較すれば、勿論いろいろな面で未発達な部分がある。

 「電子燃料噴射」では無く「気化器」、それも高性能車ともなれば2連装、3連装と複雑で、キャブレター調整だけでも「神業」が要求される。点火系にしても、ポイント調整とか面倒な作業もあった。

 いろいろと手数がかかるかも知れないが、そうまでして愛情を注ぐ対象が「愛車」なのだと考えている。

 現代の車も、手間こそかからなくなったが、事故を確率論(事故発生率を減らせば良いとの考え方)で捉える海外の新興メーカーでは無く、「事故ゼロ」を目標に、技術を蓄積して来た、まともなメーカー製の「自動車」に、愛情をもって接するのが望ましい。

 なにしろ「生命」を預けて乗るものだから。(記事:沢ハジメ・記事一覧を見る

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