【自動車産業は系列を破壊すべきか (1)】トヨタの危機がやってくる? 系列とはなにか

2020年5月5日 18:26

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 難しい話になるため、「専門職」或いは「経営者」、どちらか一方を自負する方は誤解するので読まないでほしい。この記事は、「専門職・経営者」両方に通じていると自負される方だけ、読んでほしい。そして、「経営学」と言われるような「学問的知見」ではなく、産業構造を「立体的メカニズム」として捉えることが出来る方だけにしてほしい。「誤解」は面倒であるし、それに応える手段を私が持たないからだ。

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 20年ほど前、日産自動車は事実上倒産した。そして、カルロス・ゴーン元会長が取り仕切って、日産自動車は復活した。ゴーンがまず解体に取り掛かったのが、「系列企業」すなわち「下請け企業」だった。

 この時、「系列vsグローバル発注」の勝負であると筆者には見え、注目してきた。ホンダについては、経営者はグローバル化したのだが、実態は系列解体の道半ばだ。例えば、ハイブリッド全盛でEV化が進み始めている現在、駆動用モーターをグローバル発注してはいない。

 一方、トヨタは、資本関係では系列の要素を色濃く残しているし、現在は経営者も創業家だ。一体「系列企業」のメリットとはいかなるもので、これまで日本企業の発展にどの様に貢献し、現在デメリットとなるのはどのような点なのだろうか?

 日本電産会長の永森重信氏は、BEV(純電動車)の時代を迎える「自動車部品の価格面」から、「系列を強く否定」している。確かに、最終的には「価格」で勝負が決すると見えるのが、自動車産業全体の構図だ。

 しかし、この見解には「駆動用モーターのメーカー」としての立場が見え隠れする。系列を率いてクルマ産業の頂点に立つトヨタの創業家3代目・豊田章男社長の立場とは産業視野のスケールが違ってくる。

■系列とはなにか?

 漠然と「下請け」と考えている経営者が大多数だろう。特に、現代では産業革命が進み、資本公開で経営者と資本家が分離されてきており、先進国の企業の経営者ではそういう見方がほとんどとなっている。長い時を経て、創業時代の「ビジネスモデル構築」を忘れている時期だ。

 こうなるのは資本主義では当然の成り行きであり、「忘れることが正義」であると信じられているのだ。いや、創業時代のビジネスモデルを概念に持つこと自体が、資本主義時代の企業のトップには必要がなくなっている。

 しかし、振り返ってみよう。トヨタ、日産、ホンダなどの創業時代のビジネスモデルにおいては、多少の違いがあれども「日ノ本(ひのもと)の自立を確保する」、つまり「欧米各国の企業の支配を受けないように」との強い意志がある。ちょうど「明治維新の坂本龍馬、西郷隆盛など」に見られた、植民地化を防ぎたいとする「ナショナリズム」だ。

 30年ほど前の中国の政治家たちのモチベーションと同様であったのだろう。現代では、トヨタを揶揄する言葉として使われる「自前主義」とでも言えるのだろうか?(記事:kenzoogata・記事一覧を見る

続きは: 【自動車産業は系列を破壊すべきか (2)】コストが勝負を決める

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