【叡啓大学】被爆者で語り部の小倉桂子さんをお招きしてIEP特別講演を開催しました
プレスリリース発表元企業:広島県公立大学法人
配信日時: 2026-05-20 11:21:41
被爆者で語り部の小倉桂子さんをお招きしてIEP特別講演を開催しました。
叡啓大学(学長 有信睦弘、広島市中区)は、2026年5月6日、上杉裕子教授が担当する英語集中プログラム(IEP)の授業の一環で、被爆者で語り部の小倉桂子さんをお招きして特別講演を開催しました。小倉さんを本学へお招きするのは今回で4回目となります。本講演では、「私が体験した戦争の始まりと終わり―ラジオと学校が私のすべてだった―」という題目で、1945年8月6日に広島で被爆した小倉さんが、幼少期の体験から通訳者としての歩み、そして核兵器廃絶への思いまでを英語で語りました。被爆の実相と、次世代に託す平和へのメッセージが深く心に響く内容となりました。
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■ 8歳で体験した広島原爆
小倉さんは、1945年8月6日、8歳の時に広島で被爆しました。市中心部から離れた自宅付近で閃光を感じ、爆風で吹き飛ばされ気を失いました。当時通っていた小学校は爆心地から1km圏内にあり、転校していなければ命を落としていた可能性が高いといいます。父親の「今日は学校に行かない方がよい」という予感が、結果的に命を救いました。
目を覚ますと周囲は暗く、弟の泣き声を頼りに自宅へ戻りました。翌朝、広島の街は完全に破壊されていました。自宅近くでは、熱線により藁葺き屋根の農家が自然発火し燃え上がる様子を目撃しました。また、爆心地から離れた地域にも放射能を含む「黒い雨」が降り、多くの人々が健康被害に苦しみました。
父親は被爆翌日から、自宅近くの空き地で700人以上の犠牲者を火葬したといいます。
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講演の様子1.
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講演の様子2.
■ 爆心地周辺の惨状と二次被害
市中心部では、建物疎開作業に動員されていた多くの学生が被爆し、小倉さんの兄の学校では後輩約300人と1年生が全滅しました。兄はB29から何かが投下されるのを目撃しましたが、閃光を直視しなかったため失明を免れました。
爆心地から逃れてきた人々は、顔の皮膚が剥がれ落ちた痛ましい姿で広島駅を目指して歩いていました。倒壊家屋の下敷きになった人々を救えず、助かった人々が深い罪悪感を抱える現実も語られました。
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熱心に質問する学生たち1.
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熱心に質問する学生たち2.
■ 通訳者としての歩み
小倉さんは41歳まで専業主婦でしたが、広島平和記念資料館の館長を務めた夫が急逝したことをきっかけに、通訳の道へ進みました。夫が調査を手伝った書籍の著者ロベルト・ユンク氏から通訳を依頼され、20年ぶりに英語を使い始めたのが42歳の時でした。初めての仕事では「原発」という語が分からず聴衆に助けられる場面もありましたが、独学で語彙を増やし、ジョン・ハーシー『ヒロシマ』などを読み比べながら学び続けました。その後、YMCAで英語を教えながら通訳者としての経験を積みました。
■ 核兵器と向き合う中での出会い
小倉さんは、オッペンハイマーの孫やトルーマン大統領の孫と出会った経験を紹介しました。特にトルーマンの孫に対しては、当初「なぜ都市に原爆を落としたのか」という憎しみを抱いていたと率直に語りました。また、ロスアラモス研究所の科学者と対話した際、科学者が「空中爆発が最大の被害をもたらすと発見したことに責任を感じている」と語ったことに衝撃を受けたといいます。
アメリカでの講演では、かつて「原爆投下のおかげで生き残れた」と感謝されることもありましたが、近年は涙を流し謝罪する人も増え、核兵器の現実を知ることの重要性を強く感じたと述べました。
■ 被爆者が抱える沈黙と苦悩
多くの被爆者は、敵国よりも「助けられなかった自分自身」を責める深い葛藤を抱えているといいます。また、将来の子どもへの遺伝的影響を恐れ、50年間も体験を語れなかった人がいる現実も紹介されました。被爆者は「過ちを繰り返してはならない」という思いを伝え続けていますが、毎年約5,000人が亡くなっており、証言者がいなくなる日は近づいています。現在88歳の小倉さんは、「語り続けることが自分にできる唯一のこと」と静かに語りました。
■ 学生との活発な対話と次世代への継承
講演の最後には、学生たちから多くの質問が寄せられました。小倉さんは一つひとつの質問に真摯に耳を傾け、丁寧に答えてくださいました。講演後も学生たちは小倉さんを囲み、質問や対話が途切れることはありませんでした。小倉さんは、本学の学生の知識欲と情熱を大変高く評価されました。主催者として、次の世代に確かにバトンが渡されたと感じました。
■ 次世代へのメッセージ
小倉さんは、証言者がいなくなる時代に向けて、次のようなメッセージを伝えました。- 想像力と対話の力相手の立場を想像し、温かい心で耳を傾けること。家族や友人との対話から始め、国境を越えて協力することが大切。
- 行動する市民であること指導者任せにせず、戦争に反対し、周囲に影響を与える存在になること。教育とメディアの役割も大きい。
- コミュニケーションの本質感情や背景を理解しながら、さまざまな言葉で伝えようと努めること。一人ひとりの力を信じること「一滴の水」であっても集まれば大きな海になるように、個人の力が集まれば社会を動かせる。
- 平和の意味平和はまず自分自身の心の平和から始まる。国境を越え、地球上のすべての人と共に生きているという感覚を持つことが重要。
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叡啓大学のウェブサイトはこちら
https://www.eikei.ac.jp
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