食べなくてもマーガリンの食感がわかる!マーガリンの食感を左右する乳化状態などの微細構造を定量的に評価する解析技術の開発

プレスリリース発表元企業:雪印メグミルク株式会社

配信日時: 2024-11-26 14:00:00

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図1

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概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)先端フォトニクス・バイオセンシングオープンイノベーションラボラトリ テイラー ジェームス 主任研究員、畔堂 一樹 招聘研究員、藤田 聡史 副ラボ長、大阪大学大学院工学研究科 藤田 克昌 教授、雪印メグミルク株式会社 塚越 詩織 研究員、田中 礼央 主査は、ラマンイメージングと機械学習でマーガリンの品質や乳化状態を化学的な定量性に基づき評価する解析技術を開発しました。
今回開発した解析手法は、マーガリンの口どけなどの制御だけでなく、品質管理、商品改良などを行う際の実用的な品質評価技術として利用することが期待されます。また、マーガリンのみならず、一般に液体成分が多く含まれる食品の検査や、製薬やその他の分野でも強力なツールになると考えられます。
なお、この技術の詳細は、2024年11月20日に「Food Chemistry」に掲載されます。
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/418136/img_418136_1.png
植物油脂を乳化させて製造するマーガリンは、乳化剤の種類と割合、製造工程などが食感や見た目に大きな影響を与えます。乳化の状態を制御して、オイルオフが起こらず、より滑らかな食感で、機能性が高いなど、製造者が求める品質のマーガリンを製造するための工程を最適化するには、マーガリンの微細構造や分子分布を定量的に評価する解析手法が必要です。
今回、ラマンイメージングと機械学習を用いた解析手法によって、乳化剤の含有量、製造工程やマーガリンの保存期間などの品質に影響するパラメータに対してマーガリンの微細構造や分子分布がどのように変化するのか可視化し、マーガリンの品質を化学的な定量性に基づき評価しました。その結果、油脂相に形成される水素結合がオイルオフと正の相関関係をもつことが明らかになったほか、製造工程における条件がマーガリンの微細構造と分子分布、オイルオフにどのような影響を与えるかについて、定量的な解釈を与えることができました。マーガリン製造者が品質管理、改質などを行う際の実用的な品質評価技術として利用できると考えられます。
下線部は【用語解説】参照

【開発の社会的背景】
植物油脂を乳化させて製造するマーガリンは、油と水の含有量、乳化剤の種類と割合、製造時の攪拌速度などの製造工程が食感や見た目に大きな影響を与えます。例えば、より滑らかで口どけの良いマーガリンを作ろうとすると、固化したマーガリンの乳化状態が保つことができずに油がマーガリンから染み出す、オイルオフという現象が起こりやすくなります。しかし、オイルオフを防ぐために、マーガリン中の微細構造である油脂の結晶ネットワーク構造を強くするような成分や製造工程の変更を行うと、固くて食感の悪いマーガリンになる傾向があります。
また、高機能化を目指したマーガリン製造のために、添加物を加えることがありますが、一部の添加物は乳化状態に影響を与えるため、成分や製造工程を再検討する必要があります。
以上のように、乳化の状態を制御して、オイルオフが起こらず、より滑らかな食感で、機能性が高いなど、製造者が求める品質のマーガリンを製造するための工程を最適化するには、マーガリンの微細構造や分子分布を定量的に評価する手法が必要です。しかし、これまでは光学顕微鏡や電子顕微鏡などを用いたマーガリンの結晶構造の観察や固さや粘度の測定が主な評価法でした。マーガリン表面の微細構造や分子分布の情報を、直接イメージングして定量的に解析する手法がなく、新手法の開発が望まれていました。

【研究の経緯】
産総研は、大阪大学と「フォトニクス分析の高度基盤技術を実装し、多彩な生体分子を計測する次世代バイオセンシングシステムに関する研究開発に係る研究拠点の設置・運用に関する覚書」を締結し、2017年1月6日より大阪大学吹田キャンパス内に「産総研・阪大 先端フォトニクス・バイオセンシングオープンイノベーションラボラトリ」を設置し、「ひとつ屋根の下(under one roof)」の体制で共同研究開発を実施しています。2022年1月6日からは第二期計画を開始し、「健康不安なく人生を楽しむヘルスケア社会の実現」を目標とした社会実証/実装研究を進めています。
本研究開発は、上記取組みにおいて大阪大学が開発した「ラインスキャンが可能な高速ラマン顕微鏡」を活用し、産総研 先端フォトニクス・バイオセンシングオープンイノベーションラボラトリ、大阪大学大学院工学研究科、雪印メグミルク株式会社の共同研究(2021年8月16日~2023年3月31日)により、ラマンイメージング技術を簡便かつ定量的なマーガリンの品質評価技術として利用する事を目指して実施されました。また、国立研究開発法人科学技術振興機構の委託事業「研究成果展開事業 共創の場形成支援プログラム(共創分野・育成型/本格型)(2020~2021年度/2022~2031年度)(JPMJPF2009)」による支援を受けています。

【研究の内容】
マーガリンは、植物油脂の中に水滴が分散する微細構造であるW/O(water-in-oil)エマルション構造を保つことで固化し、バターのような外観を保っています。マーガリンの保存期間、油脂と水の含有量、乳化剤の種類や割合、製造時の攪拌速度などの製造工程は、マーガリン中の水滴の大きさや数、水滴表面を起点として形成される微細構造(油脂の結晶ネットワーク構造)に影響を及ぼします。これらはマーガリンの粘弾性(舌触り)やオイルオフ(図1)と呼ばれる現象にも大きく関与することが分かっています。しかし、これまでマーガリン中の油脂と水の分布と分子情報を直接イメージングする手段がありませんでした。

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図1 正常なマーガリン(左)とマーガリンから油が染み出すオイルオフの状態(中央、右)

そこで本研究では、マーガリンに存在するW/Oエマルションの微視的形態を直接観察するための強力なツールとしてラマンイメージング技術を用いました。研究チームは、大阪大学が開発した高速ラマン顕微鏡を用いて、マーガリン中の油/水の微細構造の分子信号(ラマン散乱信号)を2次元画像(ラマンイメージング)として取得し、基本的な機械学習アルゴリズムであるk平均法(k-means clustering)を用いることで、水分子、脂質分子、水酸基の分布の分析を試みました。
図2は、油脂を構成する分子のラマン信号を「黄色」、水分子のラマン信号を「青色」で表示したマーガリン表面のラマンイメージングの結果を示しています。すべてのマーガリンは、水/油脂が同じ比率で混合され、添加剤である乳化剤の種類や攪拌速度を変えて製造されました。また、製造後の保管期間が異なるマーガリンを用意しました。ラマンイメージングの結果は予想通り、新しいマーガリンと比べて、古いマーガリンでは油脂中の水滴のサイズと信号強度が小さくなる傾向があることが分かります(図2:AとB、CとDの比較)。これは古いマーガリンの水分が蒸発した結果を検出していると考えられます。
乳化剤である不飽和モノグリセリドのみを加えた場合と比較して、飽和モノグリセリドも加えたマーガリンは滑らかな口どけの良い食感になることが知られていますが、ラマンイメージングの結果は、飽和モノグリセリドを加えることで水滴のサイズが大きくなり油脂相にも水分子が分散していることを示しています(図2:BとDの比較)。製造工程における乳化プロセスにおいて、攪拌速度が遅くなるとオイルオフ(図1)と呼ばれる現象が起こりやすくなることが知られていますが、ラマンイメージングの結果は、油脂相に十分に水分子が分散できていないことを示しています(図2:DとEの比較)。


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図2 製造工程、保存期間、乳化剤の種類がマーガリンの乳化状態に与える影響

次に、より詳しく水分子の分布を解析するため、水分子のラマン信号を「水素結合をもつ水分子」と「水素結合を持たない水分子」に区別して解析を行いました(図3)。その結果、乳化剤として不飽和モノグリセリドのみを加えたマーガリンは、飽和モノグリセリドも加えたマーガリンと比較して、油脂相に多くの水素結合が存在することが分かりました(図3Aの上と中央、図3Bの左と中央の比較)。これは油脂相の過剰な水素結合の形成が、マーガリンを硬くし、オイルオフは引き起こされにくい一方で、滑らかな食感が失われる可能性を示しています。製造工程における乳化プロセスにおいて、攪拌速度を遅くしたケースでは、油脂相の水素結合が低下していることが分かりました(図3Aの中央と下、図3Bの中央と右の比較)。
これは、充分な攪拌が行われないと油脂相の水素結合が不十分で油脂の結晶ネットワーク構造が破壊された結果、水分子を油脂相に保持できなくなり、オイルオフが引き起こされる可能性を示しています。また、油脂相の水素結合量がオイルオフと正の相関関係をもつことが明らかとなりました。

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図3 水素結合を形成する水分子の分布

以上の結果は、ラマンイメージングがW/Oエマルションの微視的形態を観察するための強力なアプリケーションとなり、マーガリンの保存期間、乳化剤の種類や割合、異なる製造工程がマーガリンの微細構造やオイルオフにどのような影響を与えるかについて、ラマン信号に基づいた定量的な解釈を与えられることを示しています。

【今後の予定】
今後は、本解析手法を、マーガリンだけではなく、一般に液体成分が多く含まれる食品の検査や品質管理技術として展開することを考えております。

【論文情報】
掲載誌:Food Chemistry
論文タイトル:Microscopic Water Dispersion and Hydrogen-Bonding Structures in Margarine Spreads with Raman Hyperspectral Imaging and Machine Learning
著者:J. Nicholas Taylor, Kazuki Bando, Shiori Tsukagoshi, Leo Tanaka, Katsumasa Fujita, Satoshi Fujita
DOI:https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2024.142035

【用語解説】
・ラマンイメージング:
対象となる物質に光を照射したとき、散乱する光の中に照射した光の波長と異なる波長をもつ散乱光が含まれる現象をラマン散乱といい、このラマン散乱信号を2次元的に取得し画像化する手法をラマンイメージングという。ラマン散乱信号は、物質の分子振動に起因するため、波長の変化を測定することで対象物質の分子組成を知ることができます。

・機械学習:
アルゴリズムを利用してデータを解析・学習し、学習内容に沿って情報に基づいた解析を行う手法。

・乳化、乳化剤:
水と油のように混じり合わないものを分散し、均一な状態に混合させることを「乳化」といい、乳化を促進する食品添加物を「乳化剤」という。乳化剤は、水になじみやすい「親水基」と油になじみやすい「親油基」の両方をもち、水と油の界面に作用して乳化を促します。

・オイルオフ:
乳化した脂肪分と水分が分離して比重の小さい油分が染み出す現象。

・油脂の結晶ネットワーク構造:
マーガリンなどの半固体状の油脂を含む物質の油脂相に形成される微細な構造。


・ラインスキャン:
レーザーをライン状に加工し対象物を「線」で走査する手法。開発したラマン顕微鏡では、走査を「点」ではなく「線」単位で行うことで高速化しています。

・W/O(water-in-oil)エマルション:
水と油からなる乳化状態の一つで、油の中に水が点在している微細構造。マーガリンはこの構造をとります。

・k平均法(k-means clustering):
与えられたデータセットをK個のクラスタに分割する機械学習アルゴリズム。教師なし学習による最も簡単なクラスタリング手法の一つです。

・不飽和モノグリセリド:
不飽和脂肪酸基をもつモノグリセリドを指します。モノグリセリドは、グリセリン1分子と脂肪酸1分子が結合したもので、別名モノアシルグリセロールとも呼ばれます。混ざりにくい水と油を、均一に混ぜるための乳化剤として用いられます。

・飽和モノグリセリド:
飽和脂肪酸基をもつモノグリセリドを指します。不飽和脂肪酸基モノグリセリドと同様に乳化剤として用いられます。

本件に関する問い合わせ先
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
先端フォトニクス・バイオセンシングオープンイノベーションラボラトリ
副ラボ長 藤田 聡史
〒565‐0871 大阪府吹田市山田丘2-1(P3)阪大フォトニクスセンター 420室
電話:(代表)072-751-9527,(直通)070-4836-4267
E-mail:s-fujita@aist.go.jp

国立大学法人 大阪大学
大学院工学研究科 物理学系専攻
教授 藤田 克昌
〒565‐0871 大阪府吹田市山田丘2-1
電話:06-6879-7847
E-mail: fujita@ap.eng.osaka-u.ac.jp

機関情報
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
https://www.aist.go.jp/
広報部 報道室 hodo-ml@aist.go.jp

国立大学法人 大阪大学 工学研究科
総務課 評価・広報係 kou-soumu-hyoukakouhou@office.osaka-u.ac.jp


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