【岡山理科大学】不安は遺伝子の「オン」「オフ」スイッチにより引き起こされる
配信日時: 2024-03-21 13:20:00

●発表のポイント
・カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)が不安行動を起こすメカニズムを解明
・CGRPによる不安はドパミンを減少させるエピジェネティックな制御が関与している。
・これらの成果はCGRPが不安の新たな治療ターゲットとなる可能性が期待できる。
●発表概要
画像 : https://newscast.jp/attachments/wcaeTgadSa9SW3iXm9BQ.jpg
岡山理科大学の橋川成美准教授、橋川直也准教授らの研究グループは、CGRPをマウスに投与することが不安様行動を誘発することが知られていましたが、そのメカニズムはまだ明らかにされていませんでした。今回の研究により、CGRPがいわゆる幸せ物質であるドパミンを減少させること、及びその機序にエピジェネティックな制御系が関与していることが明らかにされました。エピジェネティクスは、遺伝子の「オン」「オフ」のスイッチのようなものであり、DNA配列自体には変更を加えずに遺伝的な修正を行います。CGRPは、遺伝子の凝集を解くことでスイッチを「オン」にし、転写調節因子KLF11を増加させます。これにより、ドパミンの代謝酵素であるMAOBが増加し、ドパミンが代謝され減少することで不安が引き起こされることが判明しました。エピジェネティクスは創薬標的としての注目を集めており、本研究成果はCGRPが新たな抗不安薬の治療ターゲットになり得ることを示唆しています。
この研究結果は2024年3月19日(火)、英国科学誌「Communications Biology」(Nature Publishing Group)に掲載されました。掲載論文はこちらから閲覧できます(https://doi.org/10.1038/s42003-024-05937-9)。
本研究はJSPS科研費(21K07532)の助成によって行われました。
●研究の背景
不安は誰もが経験する自然な感情ですが、不安が過度になり、日常生活に支障をきたすほどになると不安障害と呼ばれる状態になります。不安障害に至るきっかけは人によって様々であり、環境・遺伝・社会的要因など複数の原因が絡み合っています。不安障害に対する薬剤はベンゾジアゼピン系が広く使用されており、多くの利点の一方で依存性や離脱症状などの問題もあげられ、新たな創薬の開発が望まれています。
カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)は知覚神経に含まれる神経伝達物質であり、痛みを感じる時に遊離され、強力な血管拡張作用を示すことが知られています。マウスに投与すると不安様行動を起こすことが知られていましたが、そのメカニズムについては明らかになっていませんでした。そこで、私達はCGRPがどのようにして不安を引き起こすかを明らかにするため、CGRPを投与し、不安様状態を引き起こしたマウスの脳海馬における遺伝子の変化を観察しました。
●研究内容と成果
1)CGRPは海馬のドパミンを低下させ不安を引き起こす
CGRP投与により、不安様行動が引き起こされ、海馬1)のドパミン量2)が減少していました。ドパミン合成酵素、代謝酵素の発現量を調べたところドパミン代謝酵素のMAOBが有意に増加していることが明らかとなりました。
2)CGRPはHP-1γをリン酸化させ、MAOBの転写調節因子KLF11を増加させてドパミン代謝を活性化する
CGRPがドパミン代謝酵素を増加させる機序にMAOBとの関連が知られているKLF113)が関与しているのではないかと考えました。予想通りCGRP投与によりKLF11が発現上昇していました。次にKLF11の発現調節にヘテロクロマチンプロテイン1γ(HP1γ)に着目しました。HP1はメチル化ヒストンH3リジン94)に結合し、クロマチン5)を凝集させて遺伝子のサイレンシング(遺伝子をオフ)を促進すること、リン酸化されるとその結合が離れ、凝集がほどけることが報告されていました。そこでCGRP投与マウスの脳海馬を調べると、リン酸化HP1γが増加し、KLF11エンハンサー領域6)のHP1γ量とメチル化ヒストンH3リジン9量が減少し、クロマチンの凝集がほどけてKLF11の転写を活性化させることが明らかとなりました。さらに、CGRPによる不安様行動はMAOB阻害薬やMAOB siRNA7)によるノックダウンにおいても抑制されることが明らかとなりました。
以上の結果から、CGRPが不安様行動を誘発する過程における細胞内情報伝達がエピジェネティクスによって制御されることが明らかになりました。これは、抗不安薬の新たな治療法の開発に貢献できると考えられます。
●今後の期待
本研究ではCGRPにより引き起こされる不安様行動が、エピジェネティクスな制御を介したドパミン減少であることを発見しました。この成果は、CGRPが介在する多くの病態の発症機構の一端を解明しただけでなく、不安障害の理解を深め、新たな抗不安薬の開発や治療法の試験に役立つ可能性が期待されます。
【原著論文情報】Narumi Hashikawa-Hobara, Kyoshiro Fujiwara, Naoya Hashikawa, “CGRP causes anxiety via HP1γ–KLF11–MAOB pathway and dopamine in the dorsal hippocampus” Communications Biology
本件に関するお問い合わせ先
橋川成美 (岡山理科大学 理学部 臨床生命科学科)
TEL: 086-256-9719
Email: hashikawa-hobara@ous.ac.jp
●補足説明
1. 海馬
記憶や学習、ストレス応答や不安にも関与する脳部位。
2. ドパミン
神経伝達物質の一種。報酬や快楽、感情調節に関与している。
3. KLF11 (Krüppel-like factor 11)
遺伝子の転写を調節する転写調節因子。特に代謝やガン、細胞増殖における研究で注目度が高い。
4.メチル化ヒストンH3リジン9
長いDNAを折りたたんで核内に収納する役割があるタンパク質(ヒストン)の一部に特定の化学的変化(メチル化)が加わった状態。遺伝子の働きを「オフ」にする。
5. クロマチン
染色質ともいう。DNAとタンパク質(ヒストン)からなる構造であり、細胞核内に収まるようにDNAを小さく折りたたむ。
6. エンハンサー領域
遺伝子の転写を調節するDNA領域の中でも、特に転写効率を著しく高める部位
7. siRNA
特定の遺伝子をターゲットとして、短鎖RNA(siRNA)を注入することにより、目的の遺伝子の発現を抑制する手法。
岡山理科大学 : https://www.ous.ac.jp/
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プレスリリース提供元:@Press
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