脳の可塑性に関わる遺伝子「Meis2」を特定、成体の神経発達症モデルマウスで記憶障害と発作を改善

2026年8月14日 17:54

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記事提供元:Tech Times

Shown in yellow, a parvalbumin interneuron in hippocampal (Sahay lab./Massgeneralbrigham.org)

Shown in yellow, a parvalbumin interneuron in hippocampal (Sahay lab./Massgeneralbrigham.org)[写真拡大]

自閉スペクトラム症(ASD)やてんかんなどの神経発達症では、発達期に形成された脳回路の障害を成人期に修正することは難しいと考えられてきた。マス・ジェネラル・ブリガムなどの研究チームは、成体の神経発達症モデルマウスを用いた実験で、遺伝子「Meis2」の発現を高めることにより、脳の経験依存的可塑性や記憶機能が回復し、発作が減少したと報告した。現時点ではマウスを対象とした前臨床研究であり、ヒトに対する有効性や安全性は確認されていない。

■成体マウスで脳の可塑性を回復

自閉スペクトラム症(ASD)、てんかん、統合失調症などの神経発達症では、認知機能の障害や発作につながる脳回路の異常が発達期に形成されると考えられている。マス・ジェネラル・ブリガムなどの研究チームが8月12日付のNature誌に発表した研究は、成体になった後でも、特定の抑制性ニューロンの可塑性を回復できる可能性をマウス実験で示した。

研究チームが注目したのは、経験に応じた抑制性ニューロンの変化に関わる遺伝子「Meis2」である。研究では、神経発達症のリスクモデルとして広く用いられるCntnap2ノックアウトマウスの成体にアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを投与し、海馬の特定のパルブアルブミン発現抑制性ニューロンでMeis2の発現を高めた。

その結果、経験に応じたニューロンの可塑性と興奮・抑制のバランスが回復し、空間記憶や社会認識記憶の障害が改善した。脳内ネットワークの活動にも改善が認められ、月齢が進んだマウスでは自発性発作の頻度が低下した。ただし、これらはすべてマウスで得られた結果であり、成人のASDやてんかんを治療できることを示したものではない。

マス・ジェネラル・ブリガムの精神医学部門に所属し、MITおよびハーバード大学ブロード研究所のアソシエートメンバーでもあるシニアオーサーのAmar Sahay博士は、「認知機能障害と発作は神経発達症の特徴であり、満たされていない大きな臨床的ニーズとなっている」と述べた。「われわれは概念実証研究において、1つの候補遺伝子を標的とすることで、成人期になってからでも発達上の障害を回復させられる可能性があることを示した」

■なぜ「成体になってから」が重要なのか

経験依存的可塑性とは、学習や社会的経験などに応じて、ニューロンの性質や接続、活動が変化する能力を指す。発達初期には経験によって脳回路が大きく調整されるが、今回の研究が対象とした海馬CA3/CA2領域のパルブアルブミン発現抑制性ニューロンは、成体になってからも一定の経験依存的可塑性を保持している。

このプロセスで中心的な役割を果たすのが、パルブアルブミン発現抑制性ニューロン(PV抑制性ニューロン)である。この細胞は、ガンマアミノ酪酸(GABA)を使って周囲のニューロンの活動を抑え、神経回路の過剰な興奮を防ぐ役割を担う。

海馬の歯状回からCA3/CA2領域へ伸びる苔状線維からの入力が増えると、PV抑制性ニューロンでは興奮性やシナプス接続などが変化する。この経験依存的な変化は、空間記憶や社会認識記憶を支える神経回路の調整に関わっている。

ASD、てんかん、双極性障害、統合失調症などでは、PV抑制性ニューロンの機能や、神経回路における興奮と抑制のバランスが損なわれている可能性が指摘されている。研究チームは、成体の海馬においてPV抑制性ニューロンの経験依存的可塑性を制御する遺伝子を特定し、その機能を回復させられるかを調べた。

■可塑性に関わる遺伝子「Meis2」

共同筆頭著者のYu-Tzu Shih博士とJason Bondoc Alipio博士らは、成体マウスの海馬CA3/CA2領域にあるPV抑制性ニューロンを対象に、苔状線維からの入力が増えた際に発現が変化する遺伝子をスクリーニングした。

その結果、経験依存的なPV抑制性ニューロンの可塑性に関わる候補遺伝子群が特定された。発現が増加した候補遺伝子には、ASD、てんかん、双極性障害、統合失調症のリスクと関連する遺伝子が相当数含まれていた。このことから研究チームは、PV抑制性ニューロンの経験依存的可塑性の障害が、遺伝的背景の異なる複数の神経発達症に共通するメカニズムとなっている可能性を提案している。

候補の中で研究チームが詳しく調べたのが、TALEホメオボックスファミリーに属する転写因子をコードするMeis2である。転写因子は、複数の遺伝子の発現を調節するタンパク質である。Meis2は海馬の一部のPV抑制性ニューロンでは通常ほとんど発現していないが、社会的経験に応じて発現量が増加した。

一方、Cntnap2ノックアウトマウスでは、社会的経験を与えてもPV抑制性ニューロンにおけるMeis2の発現が十分に増えなかった。研究チームは、この反応の欠如が経験依存的可塑性の障害に関係すると考え、Meis2の発現を人為的に高める実験を行った。

■AAVベクターでMeis2の発現を高める

研究チームは、Meis2を発現させる遺伝情報を組み込んだAAVベクターを、成体のCntnap2ノックアウトマウスの海馬CA3/CA2領域へ投与した。主な標的は同領域のPV抑制性ニューロンであり、研究では異なる細胞標的化手法と対照実験を用いて、PV抑制性ニューロンにおけるMeis2発現の効果を検証した。

AAVを利用した遺伝子治療は、治療用遺伝子を細胞へ届ける方法として臨床応用が進んでいる。FDA(米国食品医薬品局)は2024年11月、芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)欠損症を対象とするAAVベクター型遺伝子治療薬「Kebilidi」を承認した。ただし、Kebilidiと今回のMeis2研究は対象疾患や導入する遺伝子、投与部位が異なる。

Meis2の発現を高めたCntnap2ノックアウトマウスでは、PV抑制性ニューロンから海馬の主要ニューロンへの抑制性接続が回復した。過剰になっていた興奮性伝達が抑えられ、低下していた抑制性伝達が改善したことで、神経回路の興奮と抑制のバランスが回復した。

また、PV抑制性ニューロン自体の興奮性や、経験に応じたシナプス可塑性も改善した。これらの結果は、Meis2の発現を高めることで、発達期に生じた神経回路の障害の一部を成体マウスで回復できることを示している。

■空間記憶と社会認識記憶が改善

研究チームは、Meis2によって神経回路の機能が回復した後、マウスの認知機能を行動試験で評価した。

Cntnap2ノックアウトマウスでは、物体の位置が変わったことを識別する空間記憶と、以前に接触した個体と新しい個体を区別する社会認識記憶に障害がみられた。PV抑制性ニューロンでMeis2を発現させると、これらの課題における成績が改善した。

さらに、社会的な経験に対応するニューロン集団の再活性化や、記憶の固定に関わるとされる鋭波リップルの特性にも改善が認められた。一方、不安様行動や新奇物体の認識など、試験したすべての行動が変化したわけではない。

したがって、今回の結果は認知機能全般が一律に改善したことを意味するのではなく、海馬CA3/CA2回路に関係する特定の記憶機能が回復したことを示している。

■自発性発作の頻度も低下

研究チームは、発作を起こす月齢に達したCntnap2ノックアウトマウスについて、脳波を連続的に記録した。

対照AAVを投与したCntnap2ノックアウトマウスでは14匹中10匹に自発性発作が認められたのに対し、Meis2を発現させた群で発作が認められたのは12匹中3匹だった。平均発作頻度も、対照群の1日当たり1.83回から、Meis2群では1日当たり0.15回へ低下した。

ただし、発作の持続時間には群間で差がみられなかった。また、野生型マウスでもMeis2を投与した6匹中1匹に、2週間の記録期間中に2回の発作が確認された。研究チームは投与部位で神経膠症の増加を検出しなかったが、こうした結果も含め、長期的な安全性や適切な発現量について追加検証が必要となる。

単一の遺伝子操作によって記憶障害と発作の両方が改善したことは、PV抑制性ニューロンが担う興奮・抑制バランスの調整が、異なる症状に共通する制御点となっている可能性を示している。

■成人期の治療につながる可能性

今回の実験が注目される理由は、発達期ではなく、すでに成体となったマウスで介入が行われた点にある。

研究では、生後2〜3カ月のCntnap2ノックアウトマウスにMeis2を発現させ、記憶課題などを評価した。発作については、生後2カ月でAAVを投与し、その4〜5カ月後に脳波を記録した。

この結果は、発達期に生じた神経回路の障害であっても、成体になってから特定の可塑性プログラムを再活性化することで、一部の機能を改善できる可能性を示す。ただし、マウスにおける「成体」とヒトの成人期を直接同一視することはできない。

また、研究で使用されたCntnap2ノックアウトマウスは、神経発達症の特徴を研究するためのリスクモデルであり、ASDやてんかん、統合失調症のすべてを再現するものではない。今回の結果から、成人の患者に同じ治療効果が得られると結論づけることはできない。

■異なるリスク遺伝子が共通機構に関わる可能性

研究チームが実施したスクリーニングでは、経験に応じてPV抑制性ニューロンで発現が増加する候補遺伝子群の中に、ASD、てんかん、双極性障害、統合失調症のリスクと関連する遺伝子が多数含まれていた。

これは、多様なリスク遺伝子が、PV抑制性ニューロンの経験依存的可塑性という共通の生物学的機構に影響している可能性を示す。ただし、これらすべてのリスク遺伝子がMeis2の直接的な下流遺伝子であることが示されたわけではない。

研究チームはMeis2を過剰発現させたPV抑制性ニューロンを解析し、転写因子、イオンチャネル調節因子、シナプス接着・シグナル伝達タンパク質、クロマチンリモデリング因子などをコードする複数の遺伝子の発現が増加することを確認した。

Meis2は、こうした遺伝子群の発現を調節し、PV抑制性ニューロンの興奮性や接続、可塑性の回復を助ける転写調節因子として機能している可能性がある。しかし、Meis2が単独で可塑性全体を制御する「唯一のマスタースイッチ」であることまで証明されたわけではない。

■今後の展望と本研究の限界

本研究はマウスを対象とする前臨床段階の概念実証である。使用されたCntnap2ノックアウトマウスは、神経細胞の移動や興奮性、PV抑制性ニューロン、認知機能、発作などに異常を示すが、ヒトの神経発達症にみられる遺伝的原因や症状の多様性を完全には再現しない。

ヒトへの応用を検討するには、Meis2発現による効果の持続期間、適切な発現量、長期的な安全性、標的細胞以外への影響、投与部位と投与方法などを調べる必要がある。海馬以外の脳領域にあるPV抑制性ニューロンでも同じ効果が得られるかどうかも不明である。

さらに、AAVによるMeis2の継続的な発現が必要なのか、神経回路が再調整された後に効果が維持されるのかも明らかになっていない。Meis2経路をより限定的に調節する薬剤や、AAVを使わない方法を開発できるかどうかも今後の課題となる。

Sahay博士は、「神経発達症の新しい治療法を開発するには、リスク遺伝子がどのようなメカニズムによって障害を引き起こすのかを理解する必要がある」と述べた。「メカニズムから治療への道のりは長く困難だが、メカニズムに対する深い洞察から始めることが、成功の可能性を高める上で極めて重要である」

本研究は、Simons Collaboration on Plasticity and the Aging Brain、米国国立衛生研究所(NIH)、James and Audrey Foster MGH Research Scholar Award、Harvard Brain Initiativeなどの支援を受けている。Sahay博士、Shih博士、Alipio博士は、この研究に関連する特許出願の共同発明者として記載されている。

論文のタイトルは「Procognitive restoration of PV neuron plasticity in neurodevelopmental disorders」で、2026年8月12日付のNature誌に掲載された。DOIは「10.1038/s41586-026-10907-8」である。

■注目ポイントQ&A

●Meis2は脳の可塑性を制御する「マスターレギュレーター」なのですか。

Meis2は、複数の遺伝子の発現を調節する転写因子です。今回の研究では、PV抑制性ニューロンの経験依存的可塑性を回復させる候補遺伝子として機能することが示されました。ただし、脳の可塑性全体をMeis2だけが制御していることや、すべての神経発達症関連遺伝子がMeis2の直接的な下流にあることが証明されたわけではありません。

●この研究は成人の自閉スペクトラム症やてんかんの治療にすぐ利用できますか。

現時点では利用できません。本研究はCntnap2ノックアウトマウスを用いた前臨床研究です。ヒトへの応用には、有効性の再現、長期的な安全性、適切な投与量、投与方法、標的とする脳領域などについて追加研究が必要です。成人の患者で効果があるかどうかはまだ分かっていません。

●経験依存的可塑性とは何ですか。

経験に応じてニューロンの興奮性やシナプス接続、活動の仕方などが変化する能力です。学習や記憶を支える重要な仕組みであり、今回の研究では、海馬CA3/CA2領域にあるPV抑制性ニューロンの経験依存的可塑性が対象となりました。

●この研究は自閉スペクトラム症とてんかんが併発する理由を説明していますか。

併発の理由を直接証明した研究ではありません。ただし、ASDとてんかんの両方に関連するリスク遺伝子の一部が、PV抑制性ニューロンの経験依存的可塑性という共通の機構に関わる可能性を示しています。また、同じMeis2介入によってモデルマウスの記憶障害と発作がともに改善したことは、両者に共通する回路メカニズムを考える上で重要な手掛かりとなります。

元記事: Brain Plasticity Switch Found: Gene Therapy Reverses Autism and Seizures in Adults

※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。

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