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部屋に象がいるのに誰も何も言わない? ロシア文学から生まれた英語イディオム
英語には「elephant in the room」というイディオムがある。文字通りの意味は「部屋の中の象」だが、もちろんこれは比喩であり、実際は「誰もが気づいているのに誰も口にしない問題」を指す。
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部屋の中に象がいれば、気がつかないわけがない。しかし、誰も象がいることを指摘しない。つまり、明らかに存在する問題を全員が見て見ぬふりをしている状態を指す。
■日本語にありそうでないイディオム
日本語で考えてみると、「elephant in the room」にぴったり対応するイディオムやことわざは、ありそうでないことがわかる。
「見て見ぬふり」は近いが、これは個人の態度を指す言葉であって、集団の沈黙を示す表現ではない。「触らぬ神に祟りなし」だと、目の前に問題があるという切迫感がない。「暗黙の了解」はには、居心地の悪さや気まずさといったニュアンスが欠けている。
このように、日本語には「全員が気づいている。全員がそれを知っている。しかし、全員が黙っている」という、集団の沈黙の構造を一語で名指しする表現がない。だからこそ、知っておく価値があるイディオムである。
■英語圏のイディオムではなかった
このイディオムには、もう一つ意外な事実がある。起源が英語圏ではないのだ。
このイディオムの源流は、ロシアにある。1814年、ロシアの寓話作家イヴァン・クルィロフが "The Inquisitive Man"(ロシア語原題:Любопытный〈リュボプィートヌイ〉、「詮索好きの男」の意)という寓話を発表した。
クルィロフはロシアのイソップとも称される作家で、約200篇の寓話を残し、その多くが今もロシア語のことわざや慣用句として生き続けている。
その内容は、ある男が博物館を3時間かけて見て回った結果、小さな虫まで丁寧に見たつもりなのに、山のように大きな象には気づかなかったという話だ。
小さなものばかりに目を奪われ、最も大きなものを見落とすというこの寓話は、ロシア語圏でたちまち普及し、半世紀後にはドストエフスキーが小説『悪霊』(1871年)にも引用するほど定着していた。それがやがて英語圏にも輸入されたと考えられる。
誰もが気づいていながら黙っている状況は、英語圏では昔から問題視されてきた。しかしそれを一言で名指しできるこの表現が広まったのは、20世紀後半と意外に新しい。今では家族間の話題からビジネスや政治の問題まで幅広く使われているが、それはこの表現が、口にしにくい沈黙を顕在化させるのに便利だからだろう。
一方、日本語には「空気を読む」という言葉があるように、集団の共通了解を察し、あえて口にしないことが社会的能力として肯定される。日本語にこのイディオムにぴったり適応する表現が存在しないことは、単に語彙の問題だけでなく、文化の問題なのかもしれない。
例文
Everyone knew the project was failing, but no one wanted to address the elephant in the room.
(プロジェクトがうまくいっていないことは全員が知っていたが、誰もその問題に触れようとしなかった)(記事:ムロタニハヤト・記事一覧を見る)
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