5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (80)

2024年5月31日 10:35

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 今日は、懐かしい上司の話をします。その人はリーマン・ショック前後の数年間、お世話になった「Y本K司」さん。博報堂クリエイティブセンター第二制作室のクリエイター60人を束ねた室長であり、名将でした。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (79)

 K司さんは、俳優ジョージ・クルーニーに激似だったため、ごく一部で「コージ・クルーニー」と呼ばれていました(名前バレ…)。賑やかでユニークなK司さんの周りは、いつも笑い声が絶えませんでした。

 K司さんは、だいたい朝から深夜3時頃まで勤務されていました。激務のせいなのか、毎日、黒いシャカパン・ファッションで、シャカシャカ歩いていました。

 服装も、気持ちも、そんなラフな方でしたから、開放的というか自由過ぎるというか、とても仕事がしやすいゆるゆるな職場環境でした。しかし、そんなゆるゆるも長くは続きません。

 例のリーマン・ショックが、私たちに暗い影を落とします。ディレクター以上は一律「●%の減給」といったシビアな通達が突然降ってきたのです。会社の懐事情を理解しつつも、それは、それは、痺れる減給でした。

 人はこういう時こそ、上司から何か指針となるパワーワードをもらいたいっ! と思うものです。そういう意味では、K司さんは圧倒的な“みんなの救世主”でした。そう言い切れる所以は、K司さんが放った数々の「金言」にあります。今日は、その一部を紹介します。

 K司さんの金言は、クリエイティブディレクター(以下CD)の職業理解が深まるばかりでなく、あなたの仕事との向き合い方さえも一変させてしまうかもしれません。そのぐらいのインパクト。なお、これから紹介する言葉たちは、K司さんと仕事で関わった46名の方々から提供された生の言葉たちです。それでは、ご堪能ください。 

 まずは、【打ち合わせ中の金言】です。

 打ち合わせに入ってくるやいなや…
 「ウンコしたらケツがいてぇ!!!」

 打ち合わせに入ってくるなり、
 「あのCMは、僕ののパクリなんです!」

 新しい仕事が来るたび、
 「今回はねぇ、『愚直』がいいと思うんですよ」

 あまりに愚直な企画に「ちょっと愚直すぎないですかね?」という問いに対して、
 「でも… 愚直って、いいよな?」

 数回に1回の頻度で、
 「『大草原にログハウスがある』って企画はどうや?」

 重たい会社、重たい課題に取り組んでいただいたときに、
 「じつは僕、おしゃれ系が得意なんです」

 企画会議の場所を決めようとK司CDからひとこと、
 「はだしだとアイデアがどんどんでるんです!」

 レンタルビデオで「武士の一分」を観て影響を受けた翌週、
 得意先の事情に対して激怒しながら
 「制作者にもねぇ… 一分ってものがあるんですっ!!」

 怒りながらも丁寧に、
 「そこはどうなんですか、営業さん!!」

 伝書鳩営業にキレた末、出した結論
 「〇〇〇はサイボーグだから、みんな、あきらめてくれ!」


【食の金言】

 会議室にCMプロダクションのプロマネ(アシスタントの方)が入ってきたとき、
 「おっ! お弁当が来ました。」

 長時間打ち合わせ中、ついさっき食べたお弁当のことをすっかり忘れて…
 「〇〇さん、モスバーガーはないんですか?」

 ロスに着くなり、
 「煮込みうどんが食いてぇ。」

 ニューヨークのスタジオにて撮影中に一言、
 「昼は、鍋焼きうどん取ったってください」

 打ち合わせに萬作弁当を用意した東〇新社のプロデューサーに、
 「これからは(叙々苑弁当の)太陽企画の時代ですな。」

 プロダクションでお弁当を1つ半食べた後に、
 「最近、食欲と性欲が無いんです…」

 翌朝来ないことを懸念して前泊させようと「焼肉」をチラつかせたら、
 「マッサージが無いなら帰る。」


【迷言】

 得意先でタレント提案の時、
 「今回はホルモン、むんむんのタレントじゃないといかんのです!」
 (多分、フェロモンと言いたかった)

 撮影中、おもむろに…
 「ライブハウスのイエモン どうなったぁ?」
 (正)ライブドアのホリエモン

 携帯を片手に
 「音波が わるいんですワ!!」
 (正)電波

 音楽打ち合わせにて
 「サイモン&ガールファンクルみたいなのがいいんです。」
 (正)サイモン&ガーファンクル

 「パヒーの二人」
 (正)パフィー

 クリエイティブ局の組織変更パーティーのスピーチで、
 「私、あなたのお尻に痔の薬を塗るためにケッコンしたんじゃない‼ と、嫁に泣かれました。」


【プレゼン名句】

 プレゼンの冒頭、
 「僕は『営業の犬』です。」

 プレゼンでの定型コメント(1)
 「やっぱし、時代性が必要なんです。」

 プレゼンでの定型コメント(2)
 「今、若い女性には『足湯』が流行ってるんです。」
 (※10年間使用)

 企画コンテの説明を
 「ガーッときて、ブワーッとなって、スーッといなくなるんです。」

 K司さんの企画書が厚すぎて読み切れず100ページも残してタイムオーバー。
 席を立つ得意先に、
 「ちょ、ちょ、ちょと 待ったってください。まだあるんです!」
 (※「Y本さんの熱意はわかりました」と得意先部長は言ったらしい)


【世の中を斬った言葉】

 「レミオロメン? 知らんな…。僕は洋楽は詳しくないんです。」


【その他 発言語録】

 帰って寝てるのに
 「徹夜なんです。」

 新築のBizタワーに引っ越してきて…
 「オ~~イ‼ えもんかけ! えもんかけ!」
 と言いながら、打ち合わせブースの新品の木柱に画びょうをぶっ指していました。

 ロケ先での風呂上り、逆立つ髪を拭きながら一言。
 「デップを付けんとモンチッチになってしまうんです。」

 「企画書を打ちたいので、『コンピュータ』を貸してもらえますか?」

 査定面談、開口一番…
 「俺は、馬車馬だった…」
 (遠くを見つめながら)

 査定面談、励ましの言葉として、
 「俺は35から、ある誤解で干された! だから、大丈夫だ!」
 (※何が大丈夫なのか?)

 査定面談、盛り上がってきたところで…
 「後輩のコトとか、会社のコトとか、そんなコト考えなくていいんだ!
 自分のコトだけを考えるんだ! 俺は、そうしてる‼」

 査定面談、結びの言葉として、
 「40までは出世しなくていいんです! ボクがそうだったから‼」

 営業が営直でチラシを作ろうとしたら、
 「ボクの仕事を奪らんでくれ。」

 トヨタクラウンが納車されて間もない頃に同乗。
 赤信号でベンツとBMWに挟まれて一言。
 「あぁ、世界の名車、揃い踏みです。」


【武蔵美生徒に贈った訓辞】

 ムサ美の授業の前、車で来たのを見たのに、
 「電車が遅れててさー」

 ムサ美の授業にて、作品の具体的な相談をしたところ
 「とにかく、ドンドンやれ! ドンドンつくれ!」

 内定のご報告を電話でしたところ、
 「そうか、よかったな」
 と言って、さらっと切ってしまわれました。いつもはあんなにしゃべるのに…。


【決まり文句&格言】

 「クリエイティブはぞうきんです! ボロボロになったら捨てられるんです!」

 「会社辞めたら、タグボートを真似てゴムボート作るんですわ。」

 「電通は、どう来る?」

 CMのキャプションを指示通りにしなかったら、
 「オレがCDなんだから、オレの言うことを聞けぇぇぇ!!!!」

 定年一年前にして
 「最近僕、やっと広告の事、わかってきたんです!!!」


 時代を置き去りにするパワーワードの数々、いかがでしたでしょうか。今日ご紹介した金言たちは、まだまだ序二段です。

 いわずもがな、この言葉たちは実際のプレゼンには何の役にも立ちません。でも、こんなに不適切にもかかわらず、何か、惹かれるものがありませんか。ザ・自分を起点とした制御不能な発言だから面白いのは、もうおわかりでしょう。そして、もう1つ惹かれる原因は、「切実さ」にあります。

 たとえば、「営業が営直でチラシを作ろうとしたら『ボクの仕事を奪らんでくれ。』」などは、K司さんがやるような業務内容でもないのに、食いつき方がもの凄い。

 K司さんは冗談風味を出しながらも心底マジで、仕事を奪うな! と切実に訴えています。表現しづらい地味なチラシ制作であっても、その高額な印刷費(売上高)を見込んでいるからこそ、営直(外注)にさせたくない気持ちがこういった言葉を叫ばせたのです。どんな依頼でも、そこから業務を拡大し、売上目標を達成していく尊敬すべき仕事人です。

 このような「切実さ」がK司さんの言葉を先鋭化させて(私たちを笑わせて)いたのだと思います。当時は気にも留めなかったけれど、K司さんの多作の所以はこの「切実さ」という習性にあるわけです。この習性は執念とも変換できます。

■(80)上司が放つ「抽象ワード」の真意に「答え」を出す。それが指針となる時もある。全く、ならない時もある。


 ここまで読まれて、K司さんが一本筋の通った漢であることにお気づきでしょう。ムサ美の授業での「とにかく、ドンドンやれ! ドンドンつくれ!」や、教え子からの博報堂内定報告に対し、「そうか、よかったな」といったフレーズは、美大生からすれば、どこか「テキトー」で、「淡泊すぎる」し、「なんかもっと言い方ないのかよ」なのかもしれません。しかし、これらの金言はまさに「言われた人を成長させるアドバイス」だと私は捉えました。

 この「ドンドン」は、闇雲にアイデアを大量創出しろ、と言っているわけでありません。じっくりマイペース過ぎると、クリエイターとしての成長が鈍化し、他者に置いていかれます。何よりも、掛け合わせて生成させることが広告制作の基本ですから、先んじて、とにかくやるしかありません。ゆえに、私はこれらの金言を下記のように解釈しました。

 「偶然と必然からのインプットをそれまで自分が知らなかった方法やロジックで考量し、新しい価値をたくさん描出していくんです! その中に答えがあり、それを選べることが制作者には大事なんです‼ ボクはその「成長」を評価しますよ~ でも… 皆さんはまだ何も始まってもいないんです‼」

 K司さんは、学生たちにこう言いたかったのではないでしょうか。

 私は仕事で何か不愉快な目に遭ったり、むしゃくしゃした時は、この金言集を開きます。「あ、そうそう、こんなんでイイんだよな… こんなんで…」と反芻するのです。自分の尺度で生きること、選択することの大切さを再確認できます。

 K司さんが部下たちにウケていた(慕われていた)のは、言葉1つ1つに、じつは大いに共鳴するものが沢山含まれていたからです。多くの人が日頃心中に思っていることで言ってはいけない不適切な部分や口外したら蔑視されそうな恥部・いかがわしい本音をいかに曝け出せるか(当然他者を傷つける発言はNG)。それとも、一切それらを隠してスマートな男を演じ切るか。どちらが魅力的でしょうか。

 K司さんは独り言1つをとっても、さまざまな問題提起をしてくれました。当時の職場を楽しくしてくれたことは間違いなく、感謝の念しかありません。

 (※この至極の金言集「幸司苑」を企画編集・デザインされた、大野さん、石井さん、ななえさんにあらためて心より感謝の意を表したいと思います)

出典:「幸司苑 第一版」

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。

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