5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (79)

2024年2月10日 09:42

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 想定外に面白かった…。そんな映画作品を皆さんは憶えていますか? 私は上映から40年以上経った今でも「面白さの基準」にしている作品があります。ジョン・カーペンター監督の「遊星からの物体X」(1982年)です。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (78)

 中学2年の冬。「今日は部活がないし、サクッと観にいくかぁ~」と軽い気持ちで、学校帰りに新宿の映画館に向かいました。広めの館内は空いていて、当時は全席・自由席。予告の上映時間も短く、すぐに本編が始まりました。

 飛来してきた1機のUFOが地球に衝突し、何かが焼けるようなサウンドエフェクトとともに、原題「THE THING」のタイポグラフィーが浮かび上がる。その鬱々としたタイトルバックに期待感が高まります。

 トップシークエンスは、1982年冬の南極大陸。雪原の中を1匹の犬が逃走している。上空のヘリコプターから身を乗り出した男が犬を狙撃する。序盤から不穏な演出が、観る者の緊張感を一気に増幅させます。この先のプロットは、孤立した「アメリカ合衆国南極観測隊第4基地」の中で展開していきます。

 この作品は、「不定形の物体Xが生物に同化し、捕食と擬態を繰り返して、地球を侵略していく」SFホラー。個人的には「エイリアン」を凌ぐ傑作だと思っています。

■(79)「同化」が「疑心」を生む。日常に潜む、この反作用が作品の耐用年数を長くする。

 「遊星からの物体X」は、サウンドトラックの効果が凄まじい。シンプルなのに不穏。観る者の恐怖心を煽るシンセ・サウンドを生成したのは、巨匠エンニオ・モリコーネ。陰鬱クールなサウンドデザインは比類なく、秀逸です。

 このサントラは、冷淡な「物体X」が動き始める「合図」として使われています。心拍音に似た、深沈たるサウンドが寒々しく奏でる時、「来るぞ… 物体が来るぞ…」と観る者の熱量が徐々に上がり始めます。この作品は、このような「強い反作用」で構築されています。

 たとえば、もう1つ。主人公マクレディ(カート・ラッセル)が非常事態の基地内で次第にキャプテンシーを発動し始めます。しかし、その行動によって、隊員同士が「絆」を深め合うことはありませんでした。

 むしろ、隊員たちは彼のキャプテンシーに対し、ある「疑心」を抱きます。マクレディのキャプテンシー発動(=精神的同化行動)を隊員たちは「侵略・支配」と捉えるのです。

 「マクレディは物体Xに同化されていて、彼の率先した行動は我々を捕食するための誘導ではないか?」という強い疑心を抱かれてしまいます(最後までマクレディが物体Xか否かは判明しませんが)。そして、彼らの疑心はすぐに「反抗・抵抗」という「強い反作用」に変容するのです。

 ある日突然、異物(物体X)が混入し、同化->捕食->擬態とその場所を混乱させ、制圧する。この破壊活動を繰り返して、異物は侵略地を拡大していく。非常時の「組織の崩壊」と「個(人)の脆さ」を描破しながら、マクレディと物体Xとの闘いは凄絶なクライマックスへと加速していきます。

 嘔吐を誘うビジュアル・エフェクトの成果物「物体X」は、何の具象化なのか。他者の人生を破壊・侵略しながら生き抜く活動は、欲や執着ではなく、たぶん本能の仕業。物体Xは、社会に潜む、そんな「無自覚」で「無敵」な狂気の人間の具象化である。だからこそ、観る者は理解不能な恐怖心を抱く。そして、この恐怖こそ、この作品を不朽たるものにする所以なのかもしれません。

 「ひっ!」 

 変態していく犬の異形を観た1人の女性客が小さい悲鳴を上げ、小走りで途中退場したことをよく憶えています。スクリーンの中は、もう犬なのか、何なのか、わからない、修羅場と化していました。こんな劇場体験は、後にも先にも、「遊星からの物体X」だけです。

 動物愛護団体に説明を重ねながら完成させたカーペンター監督。それに呼応したスタッフの妥協なきスペシャル・エフェクト。この共闘の凄みは、40年の時を経て観ても、色褪せることなく、只々「すげぇ…」と、ひとりごちてしまうのです。

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。

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