【小倉正男の経済コラム】「新しい資本主義」分配=賃上げの多難とその行方

2022年1月11日 08:22

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記事提供元:日本インタビュ新聞社

■「ヒヨコにお湯を飲ませる」というやさしさ

 記者・編集者をやっていた頃に山本七平氏(故人)に山本書店で何度か取材させていただいた。その山本氏だが著書のなかで、「日本人のやさしさは厳寒期にヒヨコが寒くてかわいそうだとお湯を飲ませるようなところがある」と触れている。

 結局、ヒヨコはお湯を与えられて一時は暖かい思いをするがその後に冷えて死んでしまうことになる。善意でやさしいのだが、もたらさせる結果では、善意でもなく、やさしいわけでもない。

 岸田文雄首相の「新しい資本主義」、すなわち分配=賃上げにもそうした傾向がみられる。「計画経済」「社会主義」といった批判は気にしている模様だ。しかし、それでも「分配=賃上げはコストではなく、未来への投資だ」と賃上げムード醸成に懸命である。

 一般論としては、賃上げは誰もが必要だと思っている。新聞社などメディアの方々が、一昨年前半に新型コロナ感染症が勃発した頃、「今年の賃上げもまたダメか」と嘆いていたことを覚えている。岸田首相の賃上げへの音頭取りは、これまでにない現象といえるが、賃上げが実現するものかどうかは不透明である。

■本来的には経済成長を先行させるのが本筋

 岸田首相の「所得倍増計画」だが、これには元祖が存在している。岸田首相が率いる派閥「宏池会」は、池田勇人首相が旗揚げしたという経緯がある。その池田首相が高度成長経済期に提唱した政策が所得倍増計画にほかならない。

 池田首相は、1962年に訪仏して当時のドゴール大統領と会談している。ドゴール大統領は、池田首相のことを「トランジスターのセールスマン」と評したという話が残っている。ドゴール大統領が本当にそう言ったのか、メディアがそう言ったのかは不明とされている。

 池田首相としてはもちろん不本意だったに違いない。だが、大物だったドゴール大統領としては、敗戦国の日本経済が戦後復興から高度成長に転じ、その勢いを揶揄したいという思いがあったとみられる。日本経済はまだ揶揄されても仕方がない段階だったのは間違いないが、成長の勢いは無視できない強さを持ち始めていた。

 「トランジスターのセールスマン」とドゴール大統領に揶揄されるほど当時は経済成長に勢いがあったわけで、その果実が結果的に大幅な賃上げになっていったわけである。その伝でいえば、いきなり所得倍増計画を持ち出すのではなく、本来的には経済成長を果たすところからスタートするべきである。

■米中など世界経済は多難な滑り出し

 新年も世界経済は多難といえる滑り出しである。米国は、非農業部門雇用者数を発表したが、19・9万人増(21年12月)と市場予想の40万人増を大きく下回った。ただ失業率は3・9%(前月4・2%)に改善している。

 人手不足から平均賃金は高止まりしており、インフレ懸念は相当に残っている。オミクロン株など新型コロナは再燃だが、連邦準備制度理事会(FRB)は早期利上げに動く可能性が強いとみられている。ドル円の為替相場は円安に流れており、原油高も重なって日本には輸入インフレの波が到来している。製造業などは原材料高に苦しむことになりかねない。

 一方、中国は経済減速が現実のものとなっている。恒大集団などの経営危機にみられるように中国経済を引っ張ってきた不動産関連事業の低迷が止まらない。「不動産バブル」を潰すための金融の「総量規制」を実施したことで不動産関連企業が軒並みに危機に陥っている。

 不動産関連需要は、中国のGDP(国内総生産)の30%内外を占めているとみられる。不動産がらみの不況は、中国経済の減速要因になっているのは間違いない。中国も原材料、資材高などインフレの影響を受けており、オミクロン株の再勃発を止められないとすれば、消費などへの直撃が免れない。中国経済の変調=成長鈍化は、日本の工作機械など機械関連、電子部品関連などには需要減というマイナス作用を及ぼすのは確実である。

 分配=賃上げを次の経済成長につなげるという岸田首相の「新しい資本主義」だが、国が分配=賃上げを主導するといった特色を持っている。折悪しく日本でもオミクロン株の急拡大がみられ、これも前途を遮るファクターになりかねない。産業界各社が賃上げにどう対応するのか。勤労者に賃上げという果実は果たして届くのか。

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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※この記事は日本インタビュ新聞社=Media-IRより提供を受けて配信しています。

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