関連記事
アフガニスタンという巨象:タリバンのカブール制圧、求められる外交の復権(2)【実業之日本フォーラム】
*10:25JST アフガニスタンという巨象:タリバンのカブール制圧、求められる外交の復権(2)【実業之日本フォーラム】
本稿は『アフガニスタンという巨象:タリバンのカブール制圧、求められる外交の復権(1)【実業之日本フォーラム】』の続編となる。
3.タリバン、3つの勝因
タリバンの勝因は大きく3つあった。ガニ政権の自壊、ドーハ合意と米軍撤退により生じた巨大な「力の真空」、そして、タリバンの軍事オペレーションが緻密な戦術に基づいていたことだ。
第一に、ガニ政権が自壊した。カルザイ政権から続いてきた脆弱なガバナンス、深刻な汚職のまん延はガニ政権でも解消されなかった。さらに大統領選挙の混乱から、政権内での民族・個人間の対立による権力闘争が激化した。2019年9月に実施された大統領選挙の結果は2020年2月まで確定しなかった。選挙を争ったガニとアブドゥラの両氏が組閣人事を公表し、3月9日には両氏が大統領就任式典を挙行するなど、大いに混乱した。しかも大統領選挙の投票率は二割を切り、極めて低調だった。多くの国民が政府に強い不信感を抱いていたことの表れだったと言える。その背景に政府軍の誤爆による市民への被害があったことも忘れてはならない。
政権幹部は、その多くが資質よりも部族など個人的なつながりで任命されていた。政府内にまん延する汚職は軍の上層部にも及んでいた。戦果の乏しい将校に、現場の兵士が信頼を寄せることはなかった。さらにアフガニスタンの情報機関、国家保安局は政府軍を構成する軍閥同士の争いを懸念し、部隊を率いる軍閥幹部に対し、兵士の動員や武器確保に細かく注文をつけたという。カブール陥落直前に陸軍トップが交代させられるなど、指揮統制も破綻していたと見られる。
カブールがタリバンに包囲されると、ガニ大統領は国外に逃れてしまった。ガニ政権は、自ら崩壊した
第二に、トランプ政権がタリバンと直接交渉し成立した「ドーハ合意」と米軍撤退により、巨大な「力の真空」が生じた。
米国政府はタリバンをテロ組織に指定し、直接交渉は避けてきた。一方、タリバンの政治的立場は、アメリカに率いられた多国籍軍の撤退こそが和平プロセスを開始するため不可欠であり、最初に合意されねばならいというものだった。当初はアルカイダ掃討が目的だった米軍の「テロとの戦い」は、ビンラーディン殺害後も続いた。アフガニスタンの安定化(stabilization)という、捉えがたく、かつきわめて困難な目標のため、アフガン政府に対する国家建設(nation-building)支援が活動の中心になっていった。しかしパシュトゥーンから一定の支持を受けるタリバンを軍事的に抑え込めないことがわかると、アメリカは方針を転換していった。オバマ政権は断続的にタリバンとの直接交渉に臨んだ。
トランプが大統領に就くと「永遠に続く戦争」を終わらせるべく大きく舵を切った。多くの米兵の命が失われ巨額の資金が投じられた米軍駐留の正当性を疑う者は多かった。しかし米軍の完全撤退という決断を、アメリカの大統領はためらってきた。皆が見て見ぬふりをする重要な課題、まさに「部屋の中の象(the elephant in the room)」だった。米軍撤退を迷いなく進めたトランプの大統領就任は、タリバンにとって幸運だった。
2018年9月、トランプはハリルザード氏をアフガニスタン和平担当特別代表に任命した。ハリルザード特別代表はアフガニスタン生まれで、アフガニスタンとイラクで大使を歴任し、国連常駐代表も務めた。ハリルザード特別代表はタリバンが政治事務所を構えるドーハで直接交渉を行い、さらに周辺諸国にも根回しを行った。アメリカは米中ロ3か国協議も立ち上げ、タリバンとの直接交渉に支持を取り付けた。なお、アメリカと直接対話できないイランについては、国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)代表を務める山本忠通・国連事務総長特別代表(SRSG)がテヘランを訪問し、交渉状況を説明した。
2020年2月29日、アメリカのハリルザード特別代表はタリバンのバラーダル政治事務所長との間で「ドーハ合意」に署名した。タリバンがアフガニスタンを国際テロ組織の拠点にしないことを条件として、アメリカは駐留部隊を段階的に削減し、14か月以内、2021年5月までに全面撤退するという内容だった。同日、米国政府はアフガニスタン政府とも類似の内容で共同宣言を発表した。
「ドーハ合意」には、いくつもの欠陥があった。まずは非国家の武装集団であるタリバンが自称する「アフガニスタン・イスラム首長国」が、米国政府は承認していないという但書付きとはいえ、合意の当事者になったこと。そして米国政府がタリバンとガニ政権と、別々の合意を交わすことになったこと。実効的な停戦は期待できなかった。さらにタリバンがアフガン政府と交渉を開始する条件として、ガニ政権に不平等な囚人釈放が定められていた。タリバンは最大1,000人の囚人釈放が求められたのに対し、ガニ政権には最大5,000人の囚人釈放が求められた。このため両者の直接対話が始まるまで6か月を要した。
こうした欠陥はドーハ合意に至るまでの交渉が難航したことの表れでもある。しかし、このトランプ政権とタリバンとの「手打ち」でもっとも問題だったのは、様々な欠陥がありながらも、米軍の撤退プロセスだけは明確に決まってしまったことである。これでタリバンは外交交渉で時間を稼ぎ、米軍撤退を待ち、攻勢を仕掛けるまで兵力を温存することができた。
そして、バイデン大統領が米軍駐留に終止符を打った。バイデンはオバマ政権時代から米軍派遣に消極的な立場をとってきた。2009年、オバマ政権で初めて開催された国家安全保障会議(NSC)で、マレン統合参謀本部議長はタリバンの夏季攻勢を前に3万人の増派を進言した。これに対しバイデン副大統領は大規模な増派に否定的な意見を述べた。バイデンは副大統領就任直前にカブールを訪問し、カルザイ大統領と会談していた。夕食の席でバイデンは統治体制の強化を求めたが折り合わず、逆にカルザイが、アメリカはアフガン市民の死に無関心だと述べたことから、バイデンはナプキンを放り捨て、夕食は突然打ち切られたという。「永遠に続く戦争」を終わらせるべきと考えていたのはトランプだけではなかった。
バイデン政権は2021年4月の撤退表明後、米軍の安全確保のため、迅速に撤収を進めた。これにともない米軍による航空支援(空爆)は途絶えがちになり、しかも、多くの民間請負業者もアフガニスタンを離れた。アフガニスタン政府軍がかろうじてタリバンに軍事的優勢を維持できたのは、米軍のエアパワー、海兵隊や特殊作戦軍に依存してきたところが大きい。米軍撤退によりアフガニスタンには巨大な「力の真空」が生じた。
ここでタリバンの第三の勝因が重要となる。タリバンは「力の真空」ができたタイミングを逃さず、緻密な戦術に基づいた軍事オペレーションを展開した。
タリバンといえばゲリラ戦とIED(即席爆発装置)、自爆テロで多くの民間人を含むアフガン政府軍に被害を与える攻撃手法が知られていた。しかし今回、タリバンは周到に準備していたであろう勝利の理論(theory of victory)に基づき、軍事および非軍事の戦術を統合し政府軍を急襲、一気にカブールまで進撃した。
タリバンは、まず政府軍を分断した。政府軍は全国の地理的要衝に散在するチェックポイントを確保していた。これは部隊を全国に分散させることを意味した。タリバンはこの脆弱性を突いた。地上の通信網を破壊し、チェックポイントをひとつずつ落とし、各部隊を孤立させた。食料、水、弾薬などロジスティクスが陸で分断されたため、アフガン軍は空輸で補おうとした。しかし、米軍と民間請負業者の撤収により、すでに疲弊していたアフガン空軍は、メンテナンスのため空軍力の稼働を落とさざるを得なかった。国土の大半が険しい山地であるアフガニスタンにおいて、これは致命的であった。
次に心理戦を駆使した。ガニ政権幹部や軍の高官の腐敗、そして間近に迫った米軍撤退とロジスティクスの分断により、政府軍の士気は下がっていた。アフガニスタンの人口の70%以上は携帯電話を持っている。そこでタリバンはソーシャルメディアや部族長へのテキストメッセージで、降伏して生き残るか、部族や家族もろとも殺されるか、選択を迫った。部隊が降伏すると映像を撮影し、それを別の部隊に拡散させた。政府軍の兵士は次々と戦意を失い、降伏が相次いだ。
そして、標的型テロを仕掛けた。タリバンは戦術的に重要な個人に標的をあてテロ攻撃をおこなった。市民社会のリーダーなど重要人物を暗殺し、犯行声明を出さなかった。こうしてガニ政権では治安が確保できないという人々の不安を増幅させた。さらにタリバンはパイロットの自宅を襲った。怯えたパイロットは自らの持ち場を放棄していった。米軍の空爆に苦しんできたタリバンは、貴重な地対空ミサイルを撃つことなく、政府の空軍力を削ぐことに成功した。
『アフガニスタンという巨象:タリバンのカブール制圧、求められる外交の復権(3)【実業之日本フォーラム】』へ続く
相良祥之
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員
写真:AP/アフロ
【参考文献】
川端清隆『アフガニスタン』みすず書房、2002年。
川端清隆「タリバンの「勝利」がもたらすものは~米軍撤退に揺れるアフガニスタン2」『論座』、2021年8月21日付。
登利谷正人「アフガニスタン 米タリバン和平も平和の展望見えず」『外交』Vol. 60(2020年3月)
山本忠通「アフガニスタン紛争−和平と国連および日本」『中東研究』539号(2020年度 Vol. II)
山本忠通「論理的、洗練された一面も タリバンを熟知する日本人が見るアフガニスタンのこれから」朝日新聞GLOBE+、2021年8月19日付。
Benjamin Jensen, 『How the Taliban did it: Inside the ‘operational art’ of its military victory』, Atlantic Council, 15 August 2021.
Sami Sadat, 『I Commanded Afghan Troops This Year. We Were Betrayed.』, New York Times, 25 August 2021.
UNDP Statement on Afghanistan (20 Aug 2021)
William J. Burns, The Back Channel, Random House, 2020.《RS》
スポンサードリンク