昆虫が死んだふりをするメカニズムは? 北大が詳説の専門書出版

2021年5月25日 07:57

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擬死中感覚刺激に対する反応性が低下しているため,上下逆さまの不自然な状態でも覚醒しないコオロギ(左)と今回出版された書籍(北海道大学の発表より)

擬死中感覚刺激に対する反応性が低下しているため,上下逆さまの不自然な状態でも覚醒しないコオロギ(左)と今回出版された書籍(北海道大学の発表より)[写真拡大]

 生物が生命の危機を回避するための行動としてとる「死んだふり(擬死)」。昆虫や魚類、哺乳類の間でうまく被食者から逃れる防御行動として活用されている。多くの行動学者の関心をひいてきたが、擬死のメカニズムや機能的意義について、その全容は謎に包まれている。

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 北海道大学電子科学研究所の西野浩史助教らの研究グループは24日、昆虫の擬死にまつわる専門書を出版したことを発表した。擬死の発生や維持のメカニズムを体内の感覚器や脳内の神経活動から解説。拘束刺激による擬死が、被験対象のコオロギだけでなく、遠方の昆虫でも見られたことから、本書は「筋負荷やエネルギー消費を抑える運動停止が基本機能としてあり、対捕食者との生存戦略として組み込まれた」と結論付けている。

 擬死は、危険から回避する方法として、さまざまな動物で観察される。例えば、北米のキタオポッサムは、口を開けながら舌を出し、排泄物を垂れ流すなどし、賞味期限切れを装う。捕食者を欺く擬死は分類に問わず確認され、ニシレモンザメは、息苦しそうにしたり、ときどき震えたりする人間顔負けの演技をみせる。

 こうした動物の擬死にまつわる先行研究では、岡山大学や東京農業大学らでつくる研究グループが2019年9月、擬死を制御する遺伝子群を発見。米・小麦類の害虫を対象に擬死する系統と、擬死しない系統の遺伝子群を探索したところ、チロシン代謝系のドーパミン関連遺伝子の発現度に有意な差が見られ、「生物の生存行動を左右する遺伝子はドーパミンである」と明らかにしている。

 それでも、こうした擬死に関連した研究は、野生での観察が難しいほか、実験室で捕食者に獲物を攻撃させるといった実験の非倫理性から、特に観察研究での実施が困難だとされてきた。

 そこで今回の研究グループは、外部刺激による擬死の誘発という観点で、擬死の解明に着手。フタホシコオロギを被験対象に、前胸部を軽く圧迫したり、背中を上から押さえたりするといった拘束刺激で、擬死を誘導し、生体の状態を調べた。

 すると、コオロギの肢の内部にあり、筋肉の震えを感知する感覚器(弦音器官)が、刺激を受けると、運動停止が起こり、擬死が発生することが判明。さらに、脳を冷やすと、コオロギは擬死から覚醒することから、脳が全身の不動状態を司令していることも明らかになった。

 研究グループは、クワガタムシやテントウムシといった昆虫の擬死でも、基質振動や音を受容する弦音器官が重要であることを踏まえ、「擬死の進化は捕食者をいち早く検出するセンサーの発達がある」と強調した。

 研究成果は5月1日、科学誌「エントモロジー・モノグラフ」に掲載されている。(記事:小村海・記事一覧を見る

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