ヤクルトが寺原隼人を獲得 150kmの剛球再び

2018年11月28日 18:24

印刷

 東京ヤクルトスワローズは27日、福岡ソフトバンクホークスから戦力外となっていた寺原隼人の獲得を発表した。今季、リリーフとして寺原は21試合に登板し0勝0敗4ホールド、防御率2.39の成績を残している。

■甲子園のスターも怪我に悩まされ

 今季リーグ4位のチーム防御率だったスワローズの投手陣に経験豊富なベテラン右腕が加入した。

 寺原は日南学園3年時の2001年、夏の全国高校野球選手権で当時甲子園最速となる154kmを記録。はやくから速球に注目が集まり、その年のドラフトでも4球団から1位での指名を受ける。

 巨人、中日、横浜、ダイエー(当時)の中から、王監督(当時)がクジを引き当て、ダイエーが交渉権を獲得。翌年、入団1年目から先発要員として6勝の活躍をみせる。2年目の2003年も初完投勝利を含む7勝を挙げチームの優勝に貢献した。

 当時のホークス投手陣は斎藤和己、和田毅、杉内俊哉、新垣渚等豊富な先発陣を揃え黄金期を迎えており、寺原もその一角を担うものと誰もが期待していた。

 しかし、以降は不振や靭帯の怪我もあり勝ち星を挙げられないシーズンが続く。そして入団5年目にして横浜ベイスターズ(当時)に多村仁との1対1のトレードで移籍が決まる。

■ベテランとしての貴重な働きを

 横浜では2007年に先発として初の二けた勝利を挙げ規定投球回もクリア、翌年にはチーム事情からリリーフに回り22セーブを記録した。

 そして4年間在籍の後、トレードでオリックスへ移る。2011年、パ・リーグに復帰した移籍1年目、交流戦で巨人から初勝利を挙げる等、12勝でチームの勝ち頭となる活躍をみせた。

 2013年からはFAで古巣でもあるソフトバンクホークスへ。ここでも右膝の怪我に悩まされ、手術を受けることもあった中でベテランとしての存在感を発揮した。先発、リリーフと様々な場面で自らの役割に徹し、昨年には日本シリーズにも登板を果たしている。

 かつての甲子園のスターも年齢を重ね、今回で4度目の移籍となる。ただ、戦力外通告直後には現役続行の意思を示していたことからも今なお打者を抑えることへの自信が窺える。

 再びセ・リーグに移り、あの右腕からもう一度、150Kmを超える剛球が放たれるか楽しみだ。大いに注目と、そして期待が集まる。(記事:佐藤文孝・記事一覧を見る

関連キーワード

関連記事