岐阜県恵那市岩村町で10/1・2「恵那市いわむら秋まつり神輿渡御行列」開催 総勢300人300mに及ぶ大行列が城下町いわむらを練り歩く385年前より続く伝統祭事

プレスリリース発表元企業:岐阜県恵那市PR事務局

配信日時: 2016-09-13 11:00:00


恵那市岩村町では、385年前から受け継がれる伝統祭事「恵那市いわむら秋まつり 神輿渡御行列(みこしとぎょぎょうれつ)」(岐阜県重要無形民俗文化財に指定)を、10月1,2日(土・日)に行います。祭りの目玉「神輿渡御行列」は、時代衣裳を身にまとった総勢約300人が300メートルにも及ぶ行列を仕立てて岩村の城下町をゆっくりと練り歩く、江戸時代から受け継がれている祭事です。毎年10月第1土曜日曜に行われ、その華やかで圧巻ともいえる行列の様は、岩村の歴史の重壮さを示す秋の風物詩であり、毎年 たくさんの見物客で賑わいます。

 恵那市岩村町では、385年前から受け継がれる伝統祭事「恵那市
いわむら秋まつり 神輿渡御行列(みこしとぎょぎょうれつ)」を
10月1,2日(土・日)に行います。
(岐阜県重要無形民俗文化財に指定)
 祭りの目玉「神輿渡御行列」は、時代衣裳を身にまとった総勢
約300人が300メートルにも及ぶ行列を仕立てて岩村の城下町をゆっ
くりと練り歩く、この地に、江戸時代から受け継がれている祭事で
す。毎年10月第1土曜日曜に行われ、その華やかで圧巻ともいえる
行列の様は、町の歴史の重壮さを示す岩村の秋の風物詩となっており
毎年 たくさんの見物客で賑わいます。


[資料: https://files.value-press.com/czMjYXJ0aWNsZSM0ODczOSMxNjkxOTkjNDg3MzlfdVFMVmlIQkNkcC5qcGc.jpg ]

◎ 祭事の起源は嘉永8年(1631年)。
 岩村城を築いた加藤景廉(かげかど)と
 その子 景朝(かげとも)の親子の年に一度の対面
 この「神輿渡御行列」は、岩村城を築いた加藤景廉とその子景朝が
年に一度の親子対面をする祭事です。景朝を配神として祀る武並神社
から景朝のご神体を神輿に乗せ、時代衣装を身にまとった総勢約300
人が長さ300mに及ぶ行列をなして出発、町の中心である岩村本町通
り(重要伝統的建造物群保存地区)約1.7kmを練り歩き、景廉が祀ら
れている八幡神社まで運びます。到着した景朝のご神体は景廉と親子
対面を果たして一夜を過ごし、翌日、再び神輿は行列によって武並
神社に帰還します。
 祭事の起源は嘉永8年(1631年)にまで遡り、当時の城主松平乗寿
(のりなが)が武並神社社殿建立を機に盛大な祭礼を執り行ったこと
に始まったと伝えられています。これは、岩村に受け継がれている祭
事の中でも最も古いものであり、当地の脈々と刻んできた歴史の重み
を改めて感じさせます。
 行列は、76役、総勢約300人で構成されます。その壮観さもちろん
のこと、祭事の次第、そして衣装や道具は、寛永五年(1852年)の
「武並宮御祭礼規定」に則った形で執り行ない、御神馬の飾馬具等の
諸道具も天保の頃から伝わるものを用いるなど、いにしえの時代を
さながらに再現した様も見どころです。
 また、安政元年(1854年)頃から演奏され始めた雅楽は
笙(しょう)・篳篥(ひちりき)・横笛・太鼓、そして楽奉行で構成
され、風情ある平安時代の衣装、直衣、烏帽子を身にまとった奏者が
奏でる音色は行列に華やかさを添え、見物人をいにしえの時代へ誘い
ます。

◎地元の子供たちも行列に参加、伝統を伝えつなぐ
 祭事には、花車・花馬・御神馬は岩邑小学校の男女児童が引き、
御宝剣(ごほうけん)、五行幣(ごぎょうへい)は同校の男子児童が
持ち、また打囃子雅楽(うちばやししががく)は、岩村城下町の農村
部の若い衆(入若)と共に岩邑中学校生徒が受け持つなど、子供たち
も役割を担って参加。地域での継承も積極的に行っています。

恵那市いわむら秋まつり 「神輿渡御行列」の開催日時、式次第は、
以下をご参照ください。

「恵那市いわむら秋まつり神輿渡御行列」詳細

祭事名称:「恵那市いわむら秋まつり 神輿渡御行列」
  (えなしいわむらあきまつり みこしとぎょぎょうれつ)
      ※岐阜県重要無形民俗文化財に指定
主  催: 岩村町秋まつり行事保存会
協  賛: 岩村町氏子総代会
    (一社)恵那市観光協会岩村支部
     URL:http://iwamura.jp/
開 催 日: 平成28年10月1日(土),2日(日)
   ※雨天の場合、「神輿渡御行列」は中止となります。
式次第:・神輿渡御行列
     平成28年10月1日(土)
     午前9時    武並神社 出発
     午後0時45分 八幡神社 到着
     平成28年10月2日(日)
     午前9時30分 八幡神社 出発
     午後0時45分 武並神社 到着

    ・獅子舞(岐阜県重要無形民俗文化財指定)
     :岩村町獅子舞保存会による舞
     平成28年10月1日(土) 18時より 
     ※本町通り4か所で順番に舞います。


◆岐阜県恵那市は『女城主の里 いわむら』キャンペーンを実施中です◆
名古屋中心部から東におよそ70km、長野県と愛知県に隣接する
岐阜県恵那市(市長:可知 義明 かちよしあき)は、『女城主の里
いわむら』キャンペーンを平成28年9月より展開しています。
期間は平成28年9月~平成29年3月を予定
本キャンペーンは、女城主の逸話を持ち城跡や城下町が残る
「女城主の里 いわむら」を中心に、恵那峡、恵那山、折坂棚田など
美しい自然が広がり、明智光秀ゆかりの明智城跡など歴史と文化が
今に残る恵那の地を、もっと多くの方に知って頂くことを趣旨に
実施するものです。


…………… 本件に関するお問い合わせ先 ……………

◇「恵那市いわむら秋まつり 神輿渡御行列」に関する
一般の方からのお問い合わせ先
(一社)恵那市観光協会岩村支部
TEL: 0573-43-3231
E-Mail:kankou@iwamura.jp URL:http://iwamura.jp/
担当:加藤・市川
〒509-7403 岐阜県恵那市岩村町263-2


< 参 考 資 料 >
◇ 岐阜県恵那市について
◆ 恵那市はこんなところです
岐阜県恵那市は人口約52,000人。
岐阜県東南日本のほぼ真ん中に位置し、歴史の足跡が残る、自然豊
かな東濃の地であり、リニア中央新幹線(平成39年開通予定)の
「岐阜県駅」が設置される中津川市と隣接しています。
緑に満ちた景勝地「恵那峡」、日本百名山「恵那山」、「農村景観
日本一 富田地区」、棚田百選「坂折棚田などが、四季折々の表情を
みせるほか、があり、栗、松茸、トマト、寒天、鮎などが名産です。
そして、恵那には数々の古の足跡が残ります。築城より800年余り、
女城主の逸話も残る日本三大山城「岩村城跡」と城下町。本陣正門、
うだつと黒壁が美しい旧家、旅籠、庄屋などが美濃随一のにぎわい
を見せた往時を偲ばせる「大井宿」。戦国武将“明智光秀” に由来す
る「明知」の地には 時代を彷彿とさせる城跡が残ります。殊に、
織田信長の叔母にあたる女城主おつやの方が善政を敷き、最後まで
領民を守った岩村城跡とその城下の町並みは、そこに暮らした人々
の佇まいが残り、訪れた人に かの時代へタイムスリップした感覚を
起こさせる歴史ある風情が魅力です。
※「岩村本通り」は、平成10年に国の重要伝統的建造物群保存地区
に選定されています。

◆ 恵那 岩村に語り継がれる 「女城主」
-領内に徳政をしき、
領民に慕われた心優しい「女城主 」 その悲運の生涯

恵那の岩村には「女城主」の物語が今に伝わっています。
鎌倉期以来、遠山一族の勢力下であった東美濃の地域ですが、戦国
時代後期、城主遠山景前の頃の岩村は、武田信玄の侵攻を受けるこ
とになります。そのさなか城主景前が急死し、跡を継いだ子の遠山
景任は弟の苗木城主遠山直廉と計らい、武田軍に与(くみ)します。
他方、武田信玄と対峙する織田信長は、岩村を信濃と甲斐への重要
な戦略拠点と捉え、自らの叔母である“おつや”(名は諸説あり)を
遠山景任に嫁がせ遠山氏の抱き込みを図ります。この“おつや“こそ
が、後の「岩村の女城主」です。
元亀三年(1572年)、遠山景任・直廉兄弟が相次いで病死すると、
信長は五男の御坊丸(後の犬山城主 勝長)を跡継ぎとして養子に
送り込みましたが、八歳と幼かったため、“おつや”が城主として采
配を振るいました。“おつや”は領内に徳政をしき、領民に慕われた
心優しい「女城主」として今も語り継がれています。
同年の三方ヶ原の戦いで徳川家康を破った武田信玄は、家臣秋山信
友(虎繁)に岩村城奪取を命じましたが、“おつや”側の籠城は四ヶ月
に及び、秋山勢は “おつや”を信友の室とし、御坊丸を信友の嗣子と
することを講和の条件とし開城を求めました。“おつや”も、この先
の籠城は難しいと悟り、家臣や領民を守ることとの引き換えに城を
明け渡し信友に嫁しました。しかし御坊丸は人質として武田信玄の
下に送られてしまいこのことは信長の激高に触れることとなります。
天正三年(1575年)、武田勝頼が長篠の戦に敗れ織田の勢力が勝るよ
うになると岩村城は孤立。信長は嫡子信忠に岩村城の奪取を命じ、
五ヶ月余りの持久戦の末岩村城は陥落します。信友は“おつや”の助
命を嘆願しましたが、信長は御坊丸の人質の件を怨み二人を虐磔に
処し、“おつや”はその悲運の生涯を閉じました。

【恵那市概要】
面 積  504.19km2(東京都の約1/4)
人 口  51, 866人 (2016年8月現在)
市 長  可知 義明 (かち よしあき)
成り立ち  平成16年10月 現恵那市誕生
旧恵那市と恵那郡の5つの町村(岩村町,山岡町,
明智町,串原村,上矢作町)が新設合併し新恵那市となる
主な景観地 恵那峡(恵那峡県立自然公園),恵那山(日本百名山)
主な史跡  岩村城跡と城下町,明智城跡,大井宿本陣跡
主な著名人 佐藤 一斎(昌平黌総長も務めた儒学者),
下田 歌子(実践女子学園創設者),
三好 学(現代植物学の祖), 明智 光秀
主な名産物  栗,寒天,米,鮎,松茸,トマト
主な名産品  栗きんとん(和菓子),五平餅(郷土料理),岩村カステラ,
女城主(日本酒)


[資料: https://files.value-press.com/czMjYXJ0aWNsZSM0ODczOSMxNjkxOTkjNDg3Mzlfc3dFVmxvUU1PaC5naWY.gif ]




提供元:ValuePress!プレスリリース詳細へ

プレスリリース情報提供元:valuepress