ナリス化粧品初の中国人ゼネラルマネージャー郭志虹氏のインタビュー記事を人民日報海外版日本月刊にて公開

プレスリリース発表元企業:人民日報海外版日本月刊

配信日時: 2024-08-26 16:45:00

郭志虹氏

グローバル営業部長の澤見正祐氏

代表取締役専務の髙木博氏

『人民日報海外版日本月刊』は、ナリス化粧品初の中国人ゼネラルマネージャー郭志虹氏のインタビュー記事を公開しました。
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/407558/LL_img_407558_1.jpg
郭志虹氏

ある中国のバラエティ番組で、若手人気女優が日本製の日焼け止めスプレーの人気に火をつけ、ネットで大反響を呼んだ。そのブランド名はNARIS――日本で大人気の化粧品ブランドである。本誌は、中国僑聯第21期海外聯誼研修班に参加して日本に帰国したばかりのナリス化粧品初の中国人ゼネラルマネージャー、郭志虹氏に名古屋でお会いし、彼女の歩んできた道のりについて伺った。また後日、兵庫県三木市にある同社研修センターを訪れ、同社代表取締役専務の髙木博氏及び同社グローバル営業部長の澤見正祐氏から会社と商品の強みについてお話を聞いた。そこで見えてきたのは、同社と中国との深いつながり、そして創業93年の老舗企業を支える一人の中国人女性の輝く姿であった。


■論語が原点の経営理念と製品力で100年企業を築く
1932年、株式会社ナリス化粧品創業者の村岡満義は研究者の立場から、ナリスグループの前身となる会陽化学研究所を創業した。そして、化粧品の研究開発・製造に取り組み、1936年に「ナリス」を商標登録して自社ブランドを販売開始した。この「ナリス」は英語の「nourishment(栄養を与える)」に由来する。今年、創業93年を迎えたこの日本企業は、なぜこれほど長期にわたってビジネスを展開し、海外にもその名を轟かせているのだろうか。同社代表取締役専務の髙木博氏はその理由を次のように説明する。
「一つは製品力です。化粧品においては安全性と有効性の二つの角度から極めていく必要があります。私たちは黄色人種で、世界でも一番敏感な肌質です。その肌質に合った化粧品の研究を積み重ねる中で、安全性を向上させ、有効性を磨き、製品力を絶えず進化させてきました」。
国際化粧品技術者会連盟(IFSCC、1959年結成、世界中の化粧品技術者が、より高機能で安全な化粧品技術の開発に向けて取り組む組織)が年1回開催する化粧品企業のオリンピックとも言える会合で、ナリスは直近の4年間連続して研究論文を発表しているという。まさに切磋琢磨しながら世界のトップレベル企業と渡り合っていると言える。
続けて髙木氏は語る。「もう一つは企業理念です。当社は“for others”<人様のために>という経営理念のもと、化粧品を通じて皆様に安心と幸福をお届けすることを願って歩み続けてきました」。
記者は二つ目の理由を聞きながら、次の言葉に一種の驚きと喜びを合わせ感じた。「当社の経営理念の原点は、中国の『論語』にあります。創業者は『論語』の教えのひとつである『恕(じょ)』の「自分がしてほしくないことは人にするな、自分がしてほしいことは相手にしてあげなさい」を常に社員に伝えていました。単に富を築くことや社会的地位を上げることだけでなく、相手への温かい思いやりが大切であり、化粧品を使ってくださるお客さまが美しくなることが自分の幸せになると考えていました。この考えをバックボーンに持つことが、製品力と企業理念の両立を今日まで支えている大きな要因だと思います」。


■スキンケアの常識を覆すふきとり化粧水
ナリスの強みは、企画から、マーケティング、研究開発、製造、パッケージのデザイン、販促、販売までトータルに行い、安全と品質を重視しながら、製品の研究を続けていることである。
創業者の村岡満義は、化粧品の技術開発においてパイオニア的存在であった。余分な老化角質を取り除き、肌のターンオーバーを促進することで、後に使用する化粧品の浸透を高めることを目的とし、1937年にふきとり化粧水「ナリス コンク」が開発・発売された。この商品はその常識を覆し、大いに注目を集めたという。
ナリス化粧品兵庫研修センター内にある企業資料館「成寿殿」を案内してくれた同社グローバル営業部長の澤見正祐氏の説明によると、「当時は『装う(塗り重ねる)』ことがスキンケアの常識でした。栄養を与えると女性の肌はきれいになります。そのためには余分な成分を取り除かなければなりません。そこで誕生したのがこのふきとり化粧水でした。『装う』ことが主流であった当時の概念を覆したわけです」。
今ではどの化粧品メーカーでもこの考え方が主流になっており、同様の商品が出回っているが、ナリスのふきとり化粧水のレベルには達していないと澤見部長は胸を張る。
どこも真似のできない品質の高い製品を提供できるのもナリスの強みと言えよう。現在、同社のふきとり化粧水の国内販売シェアは9年連続No.1を誇る(TPCマーケティングリサーチ株式会社2024年6月調べ)。
また、世界で初めてアルコールを使用せずに、安全性を重視して開発した画期的なスキンケアブランド「マジェスタ」は、1984年の発売当初、セット価格10万円と高額ではあったが、飛ぶように売れたという。
ナリスの研究者たちは日本国内の植物をはじめ、中国の漢方を数百種類も調査研究して、肌への有効性・安全性をチェックしている。同社は1988年に中国に進出したが、当時、漢方は中国から海外に持ち出すことが禁じられていたため、上海ナリスで製造した商品を日本に輸入して販売していた。
現在、自社製品の販売に加えて、これまで培ってきた化粧品の製造技術をOEM事業として拡大し、様々な企業へ提供している。化粧品を通して新しいビジネスを提案するナリスのOEM事業にますます期待が高まっている。
今回、澤見部長の案内で、工場見学をさせていただいたが、工場の社員が快適に働ける環境づくりが徹底されていた。特筆すべきは、生産工程におけるライン上の各部屋の気圧を変えて、別の部屋にほこりや紙くずが入らないような工夫がなされていたことだ。澤見部長は、「ナリスのコンセプトがヒトに安全で効果効能のある化粧品をつくることなので、生産段階からきれいな空気を保つことなど、環境や安全面に工夫がなされています」と語った。
画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/407558/LL_img_407558_3.jpg
代表取締役専務の髙木博氏
画像3: https://www.atpress.ne.jp/releases/407558/LL_img_407558_2.jpg
グローバル営業部長の澤見正祐氏

■家族愛と挑戦の軌跡
郭志虹氏は、結婚を機に日本にきた。家庭を大切にする一方で、自分のキャリアを築きたいという考えを持ち続けていた。自己実現のために努力を惜しまなかったのである。彼女はカフェ店員から中国語の家庭教師、研究生の日本語教師などさまざまな職に就き、海外通販が広まってからは購入代行なども試みた。
ある時、親友の女性から紹介され、ナリスとの運命的な出会いを果たし、ビューティーアドバイザーへの道を歩み始める。2015年10月、郭氏はナリス ビューティ クリエーション カレッジ プリダージの門を叩き、半年間のカリキュラムを受講。植物学、化学、営業販売、製品のクオリティなどの基礎的な知識を固めると共に、ナリスの経営陣と研究開発チームから丁寧な指導を受け、このブランドへの愛着と信頼が深まった。
入社して初めて手にした資料はナリスの製品に関するものではなく、創業者の著作『私と論語』であった。これは、経営理念の原点ともなったもので、ナリスがただ製品を売るだけでなく、社員の人格形成にも重きを置いていることを示していた。
2016年9月、すでに二人の子を持つ母となっていた郭氏は、子どもの世話と義理の親の世話の合間にも勉学を続け、無事に資格試験を突破し、ナリスの正式なビューティーコンサルタントとなった。
ビューティーコンサルタントになって間もないころ、郭氏は発注ミスをしたことがある。すぐにキャンセルの連絡を本社に入れたが、ナリスは厳格な品質管理を徹底しており、一度出荷された商品を在庫に戻すことは理由のいかんを問わず禁止されていた。そのため、300本もの美白美容液が廃棄されることになった。しかし、会社は郭氏に一円の負担も課さなかった。この経験を通じて、彼女は会社と共に歩み、仲間と共に成長していくというモチベーションを見つけた。


■ナリスと共に築いた成功と未来へのビジョン
郭氏は、自身が営業する過程で見つけた問題を製品管理部門に報告したことがある。すると、重役から呼び出され、面談することになった。彼らは郭氏の意見に完全に同意したわけではなかったが、最大限の誠意を示し、製品の効能や販売モデルについて調整や見直しを行った。郭氏が集めた消費者の声を商品開発や生産ラインにフィードバックしたのである。
数年前、夫の親が世を去ったとき、ナリスに入社してまだ日が浅かった郭氏にとって予想外の出来事があった。部署のリーダーは何人かの同僚とともに告別式に参列し、哀悼の意を表した。さらに、社長の村岡弘義氏および役員2名からの弔電も持参していた。遠く異国から嫁いできた郭氏は、実家のような温かさと安心感に包まれた。日本人の同僚たちは、実の家族のように彼女を称賛し、温かく迎え入れてくれたのである。
郭氏は、かつて別の化粧品ブランドから「誘い」があったことも率直に話してくれた。しかし、彼女はキッパリと断った。ナリスにはビューティアドバイザーのための年金制度や給付制度が整備され、手厚いボーナスや充実した休暇制度も整っている。「子どもはいずれ大人になったら、自分の未来を探して親元から巣立つもの。でも、ナリスは永遠に私のそばにあるのです」。
前述した同社代表取締役専務の髙木博氏によると、約20万人の販売員「ナリス ビューティーアドバイザー」が、Face to Faceでお客様から肌の悩みや生活習慣などを聞き、一人ひとりに合わせた手入れのアドバイスや製品を紹介しているという。
髙木氏は郭氏を次のように評価している。「日本人販売員とは別に、中国の方が4,000人くらいいます。そのうち3,000人は彼女のチームです。日本語を独学で勉強され、レベルの高い当社の製品と理念をわかりやすく伝えていただいています。最初は彼女一人でした。共に前に進む中で、成功を収め、ナリスの輪が大きく広がり、当社に多大な貢献をされています。彼女はまだ若い、大いに期待しています」。
最後に、郭氏は語った。「中国には古いことわざがあります。『将軍を目指さない兵士は良い兵士ではない』。つまり、やるからには最高を目指して努力すべきだということです。私の恩師はかつてこう教えてくれました。『理想や目標があるならば、それを皆の前で話すべきだ。そうすれば、退路がなくなり、面子を失わないために理想を実現するために全力を尽くすだろう』と。私の先生はもうこの世にはいませんが、その教えは今でも私の心に深く刻まれています。この理想をチームのメンバーと共有し、理想を実現する喜びを分かち合いたいと思います」。
ナリス化粧品初の中国人ゼネラルマネージャーとして、彼女は今日もチームの最前線に立ち、化粧品を通じて、顧客に安心と幸福を届けている。

プレスリリース詳細: https://peoplemonthly.jp/n14549.html


詳細はこちら
プレスリリース提供元:@Press