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古くて新しい砲艦外交−中国空母遼寧の活動—【実業之日本フォーラム】
*10:34JST 古くて新しい砲艦外交−中国空母遼寧の活動—【実業之日本フォーラム】
防衛省統合幕僚監部は、2021年12月15日(水)から25日(土)までの間、中国海軍空母「遼寧」が沖縄と宮古島間を通過、西太平洋で航空機の発着艦を含む訓練を実施したことを伝えている。「遼寧」に加え、レンハイ級ミサイル駆逐艦1隻、ルーヤンIII級ミサイル駆逐艦1隻、ジャンカイII級フリゲート2隻及びフユ級高速戦闘支援艦1隻の合計6隻は、12月19日(日)には北大東島の東約300Kmの海域で、12月20日(月)にはさらに南下し、沖大東島の南東約315Kmの海域でそれぞれ、J-15戦闘機、Z-8及びZ-18ヘリコプターの発着艦訓練を実施した。12月25日(土)に沖縄と宮古島間を北上、東シナ海方面に向けて航行したことが確認されている。防衛省が公表した写真を見る限り、19日飛行した戦闘機はミサイル等を装備していないが、20日飛行した戦闘機には空対空ミサイルと推定できるミサイルを装備している。
中国空母「遼寧」は、2012年9月に就役したとされている。防衛省が、初めて同艦の沖縄と宮古島間通過及び西太平洋での活動を確認したのは2016年12月であった。その後、2018年4月に西太平洋における戦闘機の発着艦訓練を初視認、2019年6月及び2020年4月にそれぞれ西太平洋での訓練が確認されている。今年に入って、4月そして今回と2回沖縄と宮古島間を通過し西太平洋で行動したことが確認されている。今年4月は、展開行動中の米空母「セオドア・ルーズベルト」の乗員600人近くが新型コロナに感染し、グアムで待機中のため、太平洋を行動中の米空母が存在しないというタイミングを狙った行動であった。
12月24日の記者会見において、岸防衛大臣は、記者からの質問に答え、今回の「遼寧」の活動を含め、中国艦艇及び航空機の活動が急速に活発化しているとの認識を示した。
そして、近年の中国軍の活動内容に質的な向上及び実戦的な統合作戦遂行能力の向上の動きがみられると警戒感を明らかにしている。
「砲艦外交」という言葉がある。ブリタニカ国際大百科事典によると、「軍艦の存在によって、相手国に政治的影響を及ぼそうという外交」とされている。ヨーロッパ諸国が海外植民地を獲得するために、軍艦を派遣した19世紀から第2次世界大戦に至る時代及び1970~80年代のソ連艦隊の地中海やインド洋における行動がその例との説明が付されている。
日本にとっては、開国を強要したペリーの黒船がそれにあたるであろう。また、1907年12月から1909年2月にかけて、米大西洋艦隊は、セオドア・ルーズベルト大統領の指示を受けて、新造戦艦16隻を基幹とする艦隊(Great White Fleet)の世界一周巡航を実施している。日露戦争後、存在感を増しつつある日本への警戒感が米国で高まっていた。しかしながら、当時アメリカの艦隊は大西洋に集中しており、太平洋における兵力が不足していた。Great White Fleetの世界一周は、米国の太平洋への海軍兵力展開能力を誇示することによる日本への牽制があったと見られている。
日本海軍は、戦艦等16隻を派遣、横浜において接遇を実施するとともに、艦隊を率いる士官を招き、連日園遊会等を実施している。アメリカは、日露戦争直後には日本を仮想敵国とするオレンジプランの策定を開始したとされており、日本も1907年の帝国国防方針でアメリカを仮想敵国としている。Great White Fleetの日本訪問は、友好親善の仮面の下で、日米の心理戦が繰り広げられたと言える。このような艦隊の役割も砲艦外交として認識されるであろう。
砲艦外交の観点から今回の遼寧戦闘群の行動はどのように評価できるであろうか。砲艦外交が効果を上げるのは、それを受けた国が、その軍事力に恐怖を抱く事が前提となる。今回遼寧戦闘群が行動した海域は、遼寧搭載航空機の戦闘行動半径を考慮する限り、直接日本または台湾に脅威を及ぼすものではない。さらに、カタパルトを保有していないことから、中国が保有する固定翼早期警戒機KJ-500の離発着艦が実施できず、Ka-31早期警戒ヘリコプターしか運用できない。ヘリコプターの航続距離等を考慮すると、艦載機による兵力投射能力はおろか自らの防空すら十分に実施できないのではないかと評価せざるを得ない。航空機の離発着訓練を実施したことを過大に評価する報道があるが、準軍事的に見れば脅威とまでは言えない。
むしろ、ここで注目すべきは、中国海軍に今回遼寧戦闘群が行動した海域で空母を運用する意図があることである。当該海域は台湾有事に米海軍が支援兵力を展開する海域に当たる。海上保安庁ホームページによると、過去5年間で述べ21隻の中国海洋調査船が沖縄周辺及び西太平洋において活動したことが確認されている。これら海洋調査船が収集した資料は、人民解放軍も使用していることは確実であり、潜水艦のみならず艦艇、航空機の運用に不可欠な資料となっている。中国は当該海域を重要海域と考えており、今後空母戦闘群の展開に併せて、潜水艦を展開してくる、あるいはすでに展開している可能性がある。空母よりも、姿が見えない潜水艦のほうがより大きな脅威となる。また、今後就役するとみられる3隻目の空母(電磁カタパルト装備)の展開海域となる可能性がある。岸防衛大臣が危惧している活動内容の質的向上及び統合作戦能力の向上は、まさにこのことを指していると推定できる。
砲艦外交は相手の認識に働きかける。中国空母が西太平洋において戦闘機の発着艦訓練を行ったことを過大に評価した場合、中国への警戒感だけではなく、恐怖心をあおることとなる。その恐怖心を自らの備えの充実や毅然として対抗するという精神構造に転化させなければならない。今年10月には中露共同部隊が日本周辺を巡航する行動や、尖閣周辺における公船の領海侵入等、中国による砲艦外交ともいえる行動が活発化しつつある。まさに、砲艦外交は古くて新しい動きなのである。日本人の心が試されている。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:新華社/アフロ
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