イーロン・マスク氏が見抜けなかった「製造の本質」 (4) 「衣・食・住」はソフトでなく「物」

2020年12月23日 08:50

小

中

大

印刷

 現在では、機械製品であっても制御ソフトの比重が高まり、自動車産業においても、VWの経営者のようにソフト産業であると認識する経営者もいる。それはある意味、開発競争との視点では正しいのだが、実際には生産技術・製造技術の争いは変わらず続いている。その上に、ソフト開発競争が加わったのだ。つまり、ソフトはソフトだけで製品製造は成り立たず、自動車のように「物」として作り上げなければビジネスモデルとはなりえないのだ。

【前回は】イーロン・マスク氏が見抜けなかった「製造の本質」 (3) コストダウンと加工技術

■「衣・食・住」はソフトでなく「物」に作り上げなければならない

 「きさげ加工」は、工作機械のベッドなどの摺動面の精度を出したり、定盤の平面を出したりなど、「加工」の基礎を担う役割があって、それが「職人技」によって支えられている現実がある。このことが、ソフトの発展により見逃しがちになっている。

 だが実は、どれほど制御プログラムなどが大量に開発されても、人間の役に立つには「製造」された「物」にならなければ意味はない。「衣・食・住」、全てに渡って「物」に作り上げなければならないのだ。

 そのため、「製造」の重要性はどれほどソフトの割合が多くなっても変わりなく、これまでの製造技術にソフト技術が加わるだけなのだ。ソフトは開発が必要になるが、製造工程はほとんどない。製造技術は開発過程もあるが、製造過程がコストの大部分を占めている。

■イーロン・マスク氏は認識していなかった製造の世界

 これをイーロン・マスク氏は認識していなかった。構想が全てのソフトの世界と、現実の「物」にしなければならない製造の世界との違いだ。「きさげ加工」のような職人芸が、AIが登場した現在でも全ての加工の基礎となっている。

 イーロン・マスク氏は現在、スペースX社で火星探検に挑んでいる。そのロケットの発射実験が行われ、2020年12月9日に無人実験機「SN8」を発射したが、回収には失敗した。「予定の飛行データ収集に成功した」とイーロン・マスク氏は主張したが、失敗は明らかだ。こうして主張を曲げないのが、天才肌の人物の特徴だ。

 イーロン・マスク氏のような性格(あるいは人格と言った方が良いのであろうが)の人物には、テスラのような量産製品よりも、火星ロケットのような「1品もの」製品の方が向いていると言えよう。量産製品では、「出来るだけ同じように、安く大量に造ること」が求められる。ロケットはもちろん同一に作ることも求められるが、その数は極めて少ない。

 そして、ロケットは「構想・開発」が重要だが、量産自動車は「均一の品質」が重要だ。イーロン・マスク氏のような性格の人物では、ロケットを作らせた方が功績を残せるだろう。現在開発している火星ロケットも、繰り返し使えるように、第1段目ロケットを地球に軟着陸させて回収できるように開発が進められている。

 こうした「1品料理」と言われるロケットに使われる製造技術は、かなりの職人芸の部品が多いのは皮肉であろうか?

 イーロン・マスク氏のような「考え方」の天才には、テスラのような量産品製造は向いていないのだ。なぜなら、そこに利用する大勢のユーザーがいて、彼らが価値を判断するからだ。ユーザーの存在をイーロン・マスク氏は実像として正確に認識できていないのだ。恐らくは、ユーザーも彼にとっては単なる数値であろう。

 「スマホ」のような製品であれば、自動車とは違ってほぼソフトの構想だけで商品価値を決めることが出来る。メカニカル部分が少なく、メンテナンスの問題も小さく、補修するよりも「使い捨て」の意味合いが大変強いからだ。(記事:kenzoogata・記事一覧を見る

関連キーワード人工知能(AI)テスラモーターズイーロン・マスク火星

関連記事