北の達人コーポは何故、起業の地を北海道に求めたのか

2020年3月25日 07:52

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 某紙の「EC注目株」という連載企画で編集者に、「EC界の北の小さな巨人です」と背中を押されて北の達人コーポレーション(以下、北の達人)を初めて取材したのは2014年の3月初旬だった。直前の2月6日に「中小企業IT経営力大賞(経済産業大臣賞)」を受賞した直後だった。未だ札証単独上場時代(現在は東証1部にも並行上場)だった。

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 本社のある札幌まで取材に出かけていては、原稿料では大赤字になる。電話取材だった。限られた時間内でのIR担当役員との遣り取り。原稿に記す分だけの質疑応答に終始した。原稿の〆切もあり、真に興味を抱いていたことをその時は聞けなかった。その溝はその後のメールの遣り取り等で埋めていった。

 当初、下調べをして最も興味が強かったのは何故「北海道」での起業だったのかという点だった。北の達人の創業者社長:木下勝寿氏は神戸生まれ。関西の大学で学生時代に、学生が興したベンチャー企業に身を置いたこともあった。

 少年時代にファンだった漫画「巨人の星」で星飛雄馬のライバル花形満が「社長の子供」であったことから、「自分も会社を興し社長になりたい」と漠然と思っていたという。だが大学卒業後はリクルートに入社。5年後に退社し起業したが失敗。フリーターとなり無一文に近い状態で「今度こそ」の思いを胸に、第2?の起業の地を北海道に求めた。

 何故、北海道だったのか。木下氏は「北海道に最もチャンスがあると考えたから」とした上で、「水産物や諸々の食物、自然の恵みや景観などあらゆる資源が北海道には集まっていた。だがそれを活かしきれていなかった」と語っている。

 始業の頃は「カニやウニの類のネット通販」で立ち上がったが、PCの黎明期。競争相手が次々に現れた。「人まねではあかん」「客が本当に満足する商品で勝負せなあかん」「ほんとにすごい商品だというもの以外売らない」という思いが日々強くなっていった。徹底したマーケティングを行い、顧客満足度を可視化(数値化)する方法を手にするに至り事業を軌道に乗せていった。

 いま同社の健康食品の中軸となっているオリゴ糖(甜菜/ビート)や、化粧品のポイントになっているヒアルロン酸(保湿性に優れた高分子物質)と出会ったのも、そうした流れの中でのことだった。

 確かに着実な成長階段を昇っている。初めて取材した直前の12年12月期も「71%の増収、98%の営業増益、77%の最終増益(過去最高益更新)と」連載記事に記しているが、今期予想を含む5期間の平均営業増益率は72%。本校作成中の時価490円水準に対しIFIS目標平均株価は920円。仮に17年2月期の初値で買い保有し続けていると3回の株式分割効果が寄与、原資は2倍以上に増えている。

 「北の達人」とは「言いえて妙」をいま改めて感じている。(記事:千葉明・記事一覧を見る

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