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期先取引中心の日本の先物市場。期近中心の法人顧客取引はどうなる。
*19:20JST 期先取引中心の日本の先物市場。期近中心の法人顧客取引はどうなる。
■期近限月の売買に今後の課題も
清明が粗糖市場を勉強し直し始めた先月(9月)の出来高は月間で44万8158枚、取組残高は46万5140枚。この数字は昨年まで、日本の農産物先物市場の中で1位だった東京穀物商品取引所の米国産大豆の先月の出来高(34万3557枚)と取組残高(24万9398枚)を大きく上回るものだ。
だから各限月300枚程度の注文なら問題なく消化できるはずだが、活況を呈している市場だからこそ、目立つような注文の出し方はどうだろうかと、清明は思うのだ。
清明が3年間駐在していた光栄物産シカゴは、穀物の先物取引では世界一の取引高を誇るシカゴ商品取引所に上場されている大豆先物取引の受発注業務が中心だった。顧客は日本の商社の油糧種子部などで、その注文はもっと小さな、たとえば10枚、20枚程度の枚数に過ぎなかった。
仮にある限月に1日300枚の注文を出すにしても、たとえば時間を変えるなど、もう少し工夫をする。さもないと、他のプレーヤーたちに足元を見られて、少しずつ食われ、結果的に意に染まぬ価格で消化されてしまうおそれがあるからだ。
実際に、日本の金融機関は、シカゴの地元新聞に「ピラニアに食い尽くされるクジラ」と揶揄されたことがある。87年のことだった。
その新聞は「ローカルズたちが3枚、5枚の売買をしている市場に突如1000枚近い注文を出した投資家の末路は悲惨なものだった。注文はすべて成立したが、時間をかけて成立したその価格はバラバラだった。同一価格で成立すると期待していたとすればその投資家は多いに失望したに違いない。しかし、ローカルズたちが何百人いても、1000枚の注文をすべて一度に受けられるローカルズはいない」と書いた。
この記事が参考になったのか、それ以降、日本の金融機関によるシカゴの先物市場での取引は一気に洗練されたらしい。
市場規模から見れば、シカゴ大豆よりもはるかに小さい東京粗糖の全限月に、1度に300枚ずつの注文、それも成り行きの買いをぶつけるのはやはり無謀というものだろう。
ただ光栄物産は、ほぼ100%の顧客が個人投資家という、いわゆる「大衆店」と呼ばれる平均的な商品先物会社の一つである。100名ほどいる外務員も大半は個人投資家の新規開拓と顧客管理に向けられている。そのことは取引所も含めて商品先物業界の誰もが知っている。
今日1日、仮に3月限以降のすべての限月に300枚ずつの注文が光栄物産から出されたことに気づいた取引所関係者がいても、それほど気に留められたとは思えない。事実、立会の最中も以後も、取引所からの電話は無い。何か疑問があればすぐに問い合わせが来るはずだから、今日のところは問題なしということだろう。
清明はひとまず胸を撫でおろすと同時に、明日からの注文の出し方について、早急にABスターン関係者と話すべきだと考えていた。
午後になり、久保田社長から呼び出しがかかった。急いで3階の会議室に行くと、やはり須藤もいっしょに待っていた。
「初日の商いはどうだった?」
清明が座るのを待って久保田が尋ねた。
「まずは無難に始まったと思います。ABスターン社から8限月に300枚もの買い注文が出てきた時には驚きましたし、杉原部長にも『受け渡しがあるのか?』と問い詰められましたが、先日、ファンドが売買するというお話を聞いていたので、基本的に受け渡しは無いと答えることが出来て助かりました。杉原部長もちょっと安心したようでした」
清明はそう言って敦子が持ってきたお茶に手を伸ばした。
「そうか。じゃあ何とか続けられそうだな」と久保田が言い、須藤もニコニコと笑った。こうして見ると、須藤が豊田商事に関わっていたという話は間違いではないかと思わされる。それほど好々爺然とした笑顔だ。
ただ、これからも毎日こういう注文が続くようなら先方に注意をする必要があると、清明は気がかりを告げた。
もともと日本の商品先物市場における個人投資家の注文は、その大半が期先に集中する。期近の注文が膨らむ海外市場とは真逆といえる。日本市場の特徴の一つである。
その理由は、多分に外務員にあると清明は考えている。
期近は最初から期限が短く、ギリギリまでポジションを持っていると受け渡しを心配しなければならなくなる。個人投資家が何トンもの粗糖を受け取る羽目になっても、渡せといわれても困惑せざるを得ない。だから出来るだけ期先を取引しましょうと先物ばかりを勧める。個人投資家にとってもその方が安心である。
大衆店である光栄物産は、実際のところ、個人投資家である顧客に期先中心の商いを推奨してきた経緯がある。従って期先だけでなく当限を含む期近限月にも数百枚単位の注文を出し続ければ、不自然さを感じる向きが出てきても不思議ではない。そうした場合どうするのか。清明は久保田と須藤の顔をしっかりと見つめた上で疑問を口にした。
「それは確かに不自然かもしれません。ですが仮にABスターン社にそれを伝えたところで、期先に注文の重点を移してくれるでしょうか。ニューヨークは期近中心のマーケットですから、そのヘッジで東京でも現物市場に近い期近をやりたいのではないでしょうか?」
須藤は状況を静観する構えだ。
「まぁ当面は様子を見るしかないだろう。いまのところ相場は悪くない。営業の方にも粗糖を勧めるように発破をかけよう。全体の数字が上がればABスターン社の注文もさほど目立たなくなるかもしれない」
久保田もうなずきながら、とうにぬるくなった茶をすすった。
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