〜防御に代謝を振りながらも増殖を保つラン藻〜明治大学農学部環境バイオテクノロジー研究室が、増殖と“適合溶質”の蓄積の両立に成功しました
配信日時: 2020-03-09 19:30:00
石油資源の枯渇や地球温暖化の加速が懸念されている現代社会において、二酸化炭素を利用した光合成によるバイオテクノロジーが注目を浴びています。
明治大学農学部農芸化学科環境バイオテクノロジー研究室の小山内崇(准教授)、飯嶋寛子(専門研究員)、理化学研究所環境資源科学研究センター近藤昭彦(チームリーダー、神戸大学教授)、白井智量(副チームリーダー)らの研究グループは、光合成を行うバクテリアであるラン藻において、培養方法の改良を行い、増殖の維持および特定の糖・アミノ酸の蓄積を両立させました。
○ラン藻の増殖は、光、栄養、攪拌方法、培養容器の形状など、培養における多様なパラメータに影響される。バイオテクノロジーに適した培養方法は、現在も試行錯誤の段階である。
○培養における光の強さ、窒素栄養、培地のpH調整法を検討した結果、簡便で効率的に増殖できる培養系を確立した。
○この培養条件で細胞内の代謝を調べたところ、塩ストレス時に合成される糖やアミノ酸が高蓄積していた。細胞がそのような「防御体制」になっているにもかかわらず、ラン藻の増殖は通常通りという珍しい状態になっていることが明らかになった。
要旨
ラン藻は、植物と類似の光合成を行うことができるバクテリアです。ラン藻は、植物、コケ、他の藻類と比べて増殖が速く、実験室での取り扱いも容易であるため、基礎研究のみならず産業への展開が期待されています。ラン藻の中でも最も広く研究に使われているシネコシスティス注1)(学名Synechocystis sp.)は、淡水性のラン藻で、増殖が速く、遺伝子の取り扱いなどが容易です。これまでの研究で、シネコシスティスは、バイオプラスチックの原料となるコハク酸、乳酸などの生産能力が高いことがわかっています。
シネコシスティスは古くから研究されてきたラン藻であるため、多くの研究者が培養を行ってきました。ラン藻は、培養液に光を照射し、試験管に空気を吹き込んで攪拌させる形式や、フラスコを振盪させる形式など、様々な方法で培養できます。しかし、これらの多くは基礎研究のための培養方法であり、実用化に適した培養例は少なく、まだまだ発展途上の段階です。また、実用化にあたっては、培地にかかるエネルギーやコスト、操作の簡便さを考えることも重要です。
今回研究グループは、シネコシスティスの培地を改良するとともに、光の強さなどを調節することで、低コスト、省エネルギーでかつ簡便でありながら、細胞がよく増殖する条件を発見しました。また、この培養条件での細胞内の代謝をメタボローム解析注2)で調べたところ、糖やアミノ酸の代謝が大きく変化していることが明らかになりました。特に、今回の培養条件では、ショ糖(スクロース)やグルコシルグリセロールといった糖や、グルタミン酸などのアミノ酸が増えていました。これらの代謝産物は、細胞が海水などの塩ストレスにさらされた時に、“防御”の役割を果たすことが知られています。
このような物質が蓄積するような状態では増殖が落ちるのが一般的ですが、今回の培養では増殖を保ちつつ、これらの代謝産物が蓄積するという特殊な状態になっていることが明らかになりました。
この研究は、明治大学農学部 小山内崇(准教授)、飯嶋寛子(専門研究員)、理化学研究所環境資源科学研究センター近藤昭彦(チームリーダー、神戸大学教授)、白井智量(副チームリーダー)らによって行われました。この研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCA(代表小山内崇)およびJSPS科研費新学術領域研究「新光合成」(領域代表基礎生物学研究所皆川純教授、計画班代表大阪大学清水浩教授)の援助により行われました。本研究成果は、2020年3月4日発行のドイツの科学誌「Biotechnology and Bioengineering」のオンライン版に掲載されました。
※研究グループ
明治大学 農学部農芸化学科
環境バイオテクノロジー研究室
准教授 小山内 崇(おさない たかし)
専門研究員 飯嶋 寛子(いいじま ひろこ)
理化学研究所 環境資源科学研究センター
細胞生産チーム
チームリーダー 近藤 昭彦(こんどう あきひこ)(神戸大学教授)
副チームリーダー 白井 智量(しらい とものり)
1.背景
地球温暖化や資源の枯渇など、現代社会には様々な環境問題が存在します。昨今では、消費者の環境意識の高まりから、環境を無視した企業活動は大きな批判を浴びることもあります。特に製品、サービスの提供過程で二酸化炭素を多く排出する企業は、二酸化炭素排出の削減方法を模索していますが、どのように削減するかは試行錯誤の段階です。
光合成は、二酸化炭素を固定する一連の化学反応であり、二酸化炭素の削減の手段として注目を浴びています。光合成は、まず光エネルギーを化学エネルギーに変換し、その化学エネルギーを利用して二酸化炭素を固定して細胞内の栄養源とします。光合成というと陸上植物を思い浮かべますが、コケ、藻類、細菌なども光合成を行うことができます。最近では特に、より速い増殖能力を持つミクロな光合成生物が注目を浴びています。藻類や植物と類似の光合成を行う細菌の中で、顕微鏡レベルの小さな単細胞生物をまとめて微細藻類と呼びます。微細藻類は、高い増殖能力と幅広い物質生産能力を有することが知られており、微細藻類の能力を利用したバイオテクノロジーの展開が期待されています。
微細藻類の中でもラン藻(シアノバクテリア)は、最も小さく、最も増殖の速い生物の1つです。ラン藻は細菌に分類されるため、取り扱いが簡単で凍結保存や遺伝子改変が容易であるなどの利点を有します。ラン藻と言っても非常に多様で、例えばスピルリナというラン藻からは、アイスなどに使われる食用色素を取ることができます。ラン藻の中でも、最も広く研究されているシネコシスティス(Synechocystis sp.)は、ラン藻の中で最初に全ゲノム配列が決定された生物であり、光合成や代謝の研究に利用されています。シネコシスティスは、淡水性のラン藻ですが、過去の我々の研究から、海水でも培養できることがわかっています注3)。
シネコシスティスは、グリコーゲンなどの糖や、バイオプラスチック原料となるコハク酸、乳酸、ポリヒドロキシ酪酸などを生産する能力を有することから、実用技術への応用も期待されています。
基礎と応用の両面で注目を浴びているシネコシスティスは、培養温度と照射する光強度、培地の栄養量などを調節して培養します(図1)。シネコシスティスは、常温で育つラン藻のため、通常は30℃前後に培養温度を設定します。光合成をさせるために光を照射するとともに、二酸化炭素を含んだ空気を培養液に通気し、光合成を行わせます。シネコシスティスの培養には、BG-11(ビージーイレブン)という培地を使います。この培地は、窒素、硫黄、リン、カリウムなどの栄養源を1つずつ加えていく合成培地と呼ばれるものです。BG-11は、1980年代に作られ、世界中でシネコシスティスをはじめとするラン藻の培養に用いられています。
このように、シネコシスティスの培養には、温度、光、通気、二酸化炭素濃度、培地栄養源といった様々なパラメータが寄与します。どのような条件で培養するかは、目的によって異なります。一般的に、光合成の基礎研究をする場合には、強すぎる光によって光合成に障害がおこらないように、光の強度を弱くして培養します。一方、ラン藻をバイオテクノロジーに生かすためは、増殖速度や細胞密度を高める必要があります。スピルリナとは異なり、シネコシスティスは主に基礎研究に用いられてきた経緯があり、後者のような増殖をよくする培養は、まだまだ研究段階となっています。
また、培養のパラメータを変化させた時に、増殖はすぐにわかりますが、細胞内の代謝がどのように変化したかについては、未解明の点が多く残されています。
今回研究グループは、光強度や培地成分を改変し、簡便でよく育つ方法を開発しました。また、この培養条件における細胞内の代謝を調べたところ、ショ糖などの糖が蓄積し、アミノ酸の量が変化することが分かりました。
2.研究手法と成果
研究グループは、まずBG-11培地の成分を検討しました。BG-11にはpHを調節するために、グッドバッファーと呼ばれる試薬が使われることがあります。しかし、グッドバッファーを使うと培地のコストが200 円/Lを越えてしまうため、まずバッファーを使わない培養を試みました。また、培養液に照射する光を通常の光強度(50 mmol photons/m2s)だけではなく、3倍程度(150 mmol photons/m2s)に強めた培養も試みました。さらに、BG-11の窒素源には硝酸やアンモニアが使われるため、どちらの窒素源が適しているかも試しました。
その結果、今回の培養条件では、アンモニアを窒素源とした場合には細胞が増殖せず、硝酸を窒素源とした時に増殖することがわかりました。また、光強度を3倍にすると、通常の光強度に比べて増殖がよくなりました(図2)。バッファーを入れた培養に比べ、バッファーを除くと細胞の増殖がやや落ちましたが、カリウムを補うことで増殖が同等になることがわかりました(図2)。この時の倍加時間(細胞数が2倍になる時間)はおよそ8時間程度と、シネコシスティスの最適な条件に近くなりました。
次に、このような培養条件でのシネコシスティス細胞内の代謝を調べるために、メタボローム解析を行いました。最初に炭素の貯蔵源であるグリコーゲンの量を調べましたが、培養条件による差はありませんでした。さらに詳細なメタボローム解析を行った結果、今回の培養条件では、ショ糖やグルコシルグリセロールという糖が、通常の培養条件と比べて、それぞれ14倍、60倍に大きく増加していることがわかりました(図3)。また、細胞内のアミノ酸プロファイルも大きく変化し、特にグルタミン酸やアルギニンが増加していることもわかりました(図3)。一方、リジンやグリシン、アラニンなど、8つのアミノ酸レベルが半分から三分の一に減少していることも明らかになりました(図3)。
ショ糖、グルコシルグリセロール、グルタミン酸は、シネコシスティスが高い塩濃度による「塩ストレス」にさらされた時に、防御のために蓄積する代謝産物です。このような代謝産物には、「適合溶質(てきごうようしつ)」という変わった呼び名がついています。これらの代謝産物は、細胞内にたくさん蓄積しても、代謝の流れや酵素反応を邪魔しないことから「(細胞の代謝に)適合する、溶けているもの(溶質)」という名前が付いています。
シネコシスティスは、塩ストレスによって上記の適合溶質を蓄積しますが、通常はまずカリウムを溜め、次にショ糖、最後にグルコシルグリセロールと、1つずつ順番に溜めていきます。通常の塩ストレスでは、次の物質が溜まる頃には、前の物質は減少していきます。つまり、適合溶質は、塩ストレスに対して交代で防御の役割を果たします。ショ糖の場合、塩ストレスの後24時間くらいで通常のレベルに戻るのが一般的です。
ところが、今回の培養では、培養開始後4日目にでもショ糖とグルコシルグリセロールが同時に高蓄積していました。また、細胞内のグルタミン酸量も増えており、このように、適合溶質が同時に蓄積するのは珍しい現象です。
さらに増殖に関しても特殊な状態でした。例えば、海水と同程度の高塩濃度では、シネコシスティスの増殖は30%程度落ちます。しかし、今回の培養では、増殖は最適な状態を保っています。すなわち、細胞の代謝が“防御”の状態になっているにもかかわらず、増殖が保たれているという不思議な状態になっていました。今後は、何が引き金となってこのような状態にしているのか、どうしてこのような両立が可能であるかを解き明かしていく予定です。
3.今後の期待
本研究グループはラン藻シネコシスティスの培養条件を改良し、安価でよく育つ培養方法を発見しました。この条件では、培地は8円/L程度(試薬定価ベース)であり、大腸菌でよく使われるLB培地(250-350 円/L)に比べ、はるかに安い培地で培養することができます。
このような培養系で育てたラン藻が、細胞の増殖と環境変化への防御を両立させていることが示唆されました。このような研究を進めて細胞増殖と代謝の関係性を解明することで、様々な物質生産に利用可能なバイオテクノロジーの確立につながる可能性があります。
また、今回同時に蓄積が見られたショ糖やグルコシルグリセロールは、食品や化粧品などの成分として知られています。今回の研究では、これらの糖が二酸化炭素を由来として作られているため、ラン藻を用いた環境技術につながることも期待されます。
4.論文情報
<タイトル>
Simultaneous increases in the levels of compatible solutes by cost-effective cultivation of Synechocystis sp. PCC 6803
(日本語タイトル 低コスト培養時のシネコシスティスにおける適合溶質の同時蓄積)
<著者名>
Hiroko Iijima, Atsuko Watanabe, Haruna Sukigara, Tomokazu Shirai, Akihiko Kondo, Takash Osanai
<雑誌>
Biotechnology and Bioengineering
<DOI>
doi: 10.1002/bit.27324
https://doi.org/10.1002/bit.27324
5.補足説明
注1)シネコシスティス
世界的に研究されている淡水性、単細胞性のラン藻である。他の微細藻類に比べて増殖が速く、遺伝子組換えや凍結保存が可能といった利点を有する。全生物の中で、3番目に全ゲノムが決定されたモデル生物でもある。
注2)メタボローム解析
細胞内外の代謝産物の量を一斉に測定する解析のこと。代謝産物は化学的性質が様々であるため、液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、キャピラリークロマトグラフィーなどの様々な方法で代謝産物を分離する。検出は、質量分析で行うことが多い。
注3)海水培養のプレスリリース
海水を用いた淡水性ラン藻の培養に成功-海水培養により、アミノ酸生産が激増- 2015年4月8日 理化学研究所
https://www.riken.jp/press/2015/20150408_1/index.html
図1. 植物インキュベーターを用いたシネコシティスの培養の様子(JST撮影)
シネコシスティスは、植物などと同様に、インキュベーター(恒温槽)を使って培養する。温度を制御し、光を照射するとともに、二酸化炭素を含む空気を培養液に通気することで光合成を行わせる。左図は、固体培養(上段)と液体培養(下段)の様子。窒素が欠乏すると、培養液が緑色から黄色になる。右図は、液体培養の様子。
図2. シネコシスティスの増殖曲線
左図は、培養条件のうち、2種類の光強度と培地のバッファーの有無による増殖の違いを調べたもの。右図は、バッファーを含まない培地に、カリウムを補った時の増殖曲線。通常の光条件は、およそ50 mmol photons/m2sである。
図3. 培地条件変化による糖とアミノ酸の量の変化
バッファーを含む通常の培地、または、バッファーを含まず、かつ、カリウムを添加した改良培地の2通りでシネコシスティスを培養し、4日後の細胞内の代謝産物量を測定した。培養の光強度は通常の3倍(150 mmol photons/m2s)で、代謝産物量は、バッファーを含む通常の培地で培養した細胞の代謝産物量を100とした相対値で表した。上図はショ糖とグルコシルグリセロール量、下図はアミノ酸量。
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プレスリリース提供元:@Press
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