生物多様性の力で虫害を防ぐ〜混ぜて植えるべき植物の遺伝子型ペアをゲノム情報から予測〜

プレスリリース発表元企業:横浜市立大学

配信日時: 2024-10-07 18:00:00







 横浜市立大学木原生物学研究所 清水健太郎客員教授(チューリッヒ大学 研究所長・教授兼任)および北海道大学大学院地球環境科学研究院 佐藤安弘助教、龍谷大学農学部 永野惇教授(慶應義塾大学先端生命科学研究所 特任教授)らの研究グループは、磁石の相互作用の物理理論をDNA配列解析に適用する新手法Neighbor GWAS*1を開発し、それを用いて異なる遺伝子型の植物を混ぜて植えることによって、昆虫による虫害を減らすことに成功しました(図1)。本研究を農業に応用することで、環境保全や生物多様性保全などのSDGsや、農林水産省「みどりの食糧システム戦略」の推進に貢献していくことが期待されます。
 本研究成果は、国際科学誌「Nature Communications」に掲載されました(日本時間2024年10月7日18時)。

研究成果のポイント

真夏の野外で6,400植物の上の昆虫を延べ52,007匹観察し、DNA情報と機械学習で虫害を予測。
磁石の相互作用の物理理論をDNA配列解析に適用する新手法を使って、虫害を軽減できるゲノムの組み合わせを特定することに成功した。
農業へ適用すれば、化学農薬の使用を減らすことで環境・生物多様性保全などSDGsの推進に貢献できると期待される。









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図1:本研究で確立した方法。ランダムに配置された多くの遺伝子型から隣同士の相互作用をゲノム情報と機械学習で予測して(左)、混ぜて植えるペアを効率良く選ぶ(右)。










研究背景
 人間と同様、植物も周りの個体と相互作用しながら生きています。人間で考えてみても、周りの人間が感染症に弱ければ自分もうつされる可能性が上がりますが、周りの人間が病気に強ければうつされる可能性は下がると考えられます。植物も同様で、種内には遺伝的多様性があり、いろいろな遺伝子型*2の植物を混ぜて植えたときに、組み合わせによっては病虫害に強くなることがあります。これを連合抵抗性*3といいます。また、正の生物多様性効果*4ともいいます。しかし反対に、周りの植物個体の遺伝子型によっては、自分も病害虫にかかりやすくなるといった状況も起こり得ます。(図2)

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図2:シロイヌナズナを加害するノミハムシの様子。実線の矢印は葉に開けられた穴(食痕)を示す。穴を空けた昆虫が破線矢印で示すノミハムシである。

 SDGsに挙げられる現代社会の課題として、食糧保障と環境・生物多様性保全は共に必須ながら、必ずしも相容れない困難な課題です。食糧保障にとって病虫害は深刻であり、農業の現場では殺虫剤などの化学薬品は重要です。しかしながら、殺虫剤は環境にとって重要な昆虫の生物多様性を減少させてしまいます。農林水産省の「みどりの食糧システム戦略」でも、化学農薬の使用料50%低減が掲げられています。そこで、連合抵抗性は、生物多様性を保全しつつ食糧生産を確保する新規手法として期待されます。
 しかし、どの組み合わせで混ぜて植えれば病虫害に強くなるのでしょうか。たとえば、199種類の植物系統から2系統をとって組み合わせをすると、組み合わせは19,701通りもあり、全ての組み合わせの結果を実験で確かめるのは非現実的です。そのため、これまでに遺伝子レベルから個体間の相互作用を解析する手法はほとんど開発されていませんでした。

研究内容
 清水客員教授、佐藤助教、永野教授、チューリッヒ大学 清水(稲継)理恵グループリーダー、Bernhard Schmid名誉教授、龍谷大学 武田和也 研究員(当時)のグループは、まず日本とスイスの野外圃場で2年にわたり大規模な植物栽培実験を行いました。世界中で収集されたモデル植物シロイヌナズナの199種類の系統については、すでにゲノムDNA情報が使用可能です。そこで、199系統それぞれ約32個体の全てをランダムに混ぜて植えて、計約6,400植物個体を観察しました。真夏の炎天下で、延べ52,007個体の昆虫を観察して虫害の度合いを記録する大変な野外実験を実施しました。
 これまで、どのようなゲノム領域が、連合抵抗性など隣り合う植物個体間の相互作用に重要か解析する手法はありませんでした。そこで、本研究グループでは、新たな解析手法Neighbor GWASの開発を進めてきました。これは、物理学で磁石の相互作用の解析に使われるイジングモデル*5を、近くの植物個体同士の相互作用に適用して、どのような遺伝子DNA配列を持つ個体同士が隣り合った場合に虫害にどのように影響するかを、実際の野外実験の結果から解析する手法です。この解析の結果、ある植物個体の虫害の度合いは、その個体が持っている遺伝子DNA配列のみならず、周りの個体が持っている遺伝子DNA配列にも影響を受けることが示されました。この結果は、ヒトと同様に、植物の病虫害の度合いも集団内の他の個体に影響を受けることを意味します。
 この新手法Neighbor GWASの解析から、数多くの遺伝子が周りの個体との相互作用に関わっていることが示されました。そこで、機械学習の手法であるLASSO回帰*6を用いて、ゲノム配列多型情報から虫害の予測(ゲノミック予測)を行いました。その結果、遺伝子型を2種類ずつ組み合わせて混ぜて植えた場合、96%の組み合わせでは虫害が悪化してしまいますが、4%の組み合わせでは連合抵抗性によって虫害を減少させることができる、と予測されました。
 そこで再び2年間かけて野外圃場で約2千植物個体を植えて、連合抵抗性を検証する大規模野外実験を行いました。1つだけの系統を植える場合に比べて、2つの系統を混ぜて植えることで、虫害を18-30%も減少させることができました。つまり、Neighbor GWASの解析により連合抵抗性によって虫害を減少させる組み合わせを発見することに成功しました。言い換えると、種内の遺伝的多様性を利用した正の生物多様性効果によって、虫害を減らすことができました。

今後の展開
 近年、コムギやイネなど農業的に重要なさまざまな種についてゲノム情報が整ってきているため、新手法Neighbor GWASで連合抵抗性に有効な遺伝子型を予測し実証することが現実的になっています。
 過去の研究で、特定の異なる植物種を混ぜて栽培すると病虫害を減らせることは知られており、南アメリカの伝統的農法ミルパなどでは実際に実践されてきました。しかし機械を用いる近代大規模農業では、異なった種を混ぜて栽培すると収穫などの管理が難しくなり、現実的ではありません。本研究では1つの種の中の遺伝的多様性に着目し、種内の異なる系統を混ぜて植えることで連合抵抗性を実現しました。さらに本研究では、収穫期がほとんど同じ 2系統で実証しており、農業的に重要な種でも同様に、既存の農業設備・手法を用いて栽培できる可能性が期待されます。
 ヨーロッパ諸国などでは、生物多様性・環境保全の観点から、化学農薬の使用を制限する法律がすでに施行されています。その結果、農業の現場で病虫害が防ぎきれなくなることが懸念されます。日本の農林水産省の「みどりの食糧システム戦略」でも、化学農薬の使用料50%低減が掲げられていますが、食糧安定生産と生物多様性・環境保護を両立させるのは容易ではありません。本研究は、二重の意味で生物多様性の重要性を示しています。まず、作物自身の生物多様性(種内の遺伝的多様性)を利用することで虫害を減らすことができ、さらに、農業の現場での殺虫剤の使用を低減することで昆虫などの生物多様性保全につなげられます。
 さらに本研究は、基礎研究の観点からみて、植物個体間の相互作用研究のランドマークともいえます。本研究で扱った虫害に対する連合抵抗性は、おそらく植物間のコミュニケーションの氷山の一角です。生殖や資源をめぐる競争などの観点からも、新手法Neighbor GWASを用いることで、植物個体間の相互作用の重要性が今後ますます明らかにされていくと期待されます。本研究でも、揮発性物質の生産を駆動する植物ホルモンであるジャスモン酸*7に関わる遺伝子群を通じて、揮発性物質を介した植物同士のコミュニケーションが関わっている可能性が示されました。植物同士の相互作用のメカニズムには、揮発性物質の他にも、根を介したコミュニケーション、太陽光の避陰、昆虫を介した間接的相互作用など様々な可能性があります。これまで植物の遺伝子研究はほとんど実験室内の制御環境下で行われてきましたが、本研究のように野外圃場環境で研究することによって、未知の植物のコミュニケーションメカニズムの発見につながることも期待されます。

研究費
 本研究は、文部科学省科研費学術変革領域研究(A)「挑戦的両性花原理」、「植物気候フィードバック」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業JPMJCR16O3、JPMJCR15O2(CREST「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」)、さきがけJPMJPR17Q4(さきがけ「フィールドにおける植物の生命現象の制御に向けた次世代基盤技術の創出」)、京都大学生態学研究センターの共同利用・共同研究事業、スイス科学財団などの支援を受けて実施されました。

論文情報
タイトル: Reducing herbivory in mixed planting by genomic prediction of neighbor effects in the field
著者: Yasuhiro Sato, Rie Shimizu-Inatsugi, Kazuya Takeda, Bernhard Schmid, Atsushi J. Nagano, Kentaro K. Shimizu
掲載雑誌: Nature Communications
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-024-52374-7
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用語説明

*1 ゲノムワイド関連解析(GWAS):ある生物種の多数個体のゲノムDNA全体の遺伝子多型情報と形質情報をもちいて、その形質(たとえば連合抵抗性など)と関連する遺伝子多型を探索する手法。ヒト疾患遺伝子や有用植物の農業形質関連遺伝子の探索に用いられる。
*2 遺伝子型:ある生物の個体が持っている遺伝子の組み合わせのタイプ。
*3 連合抵抗性:周囲に自身と別の種もしくは遺伝子型の植物が生育していると、ある個体に対する虫害の度合いが軽減する現象。
*4 正の生物多様性効果:特定の場所における種や遺伝子型の多様性が高いほど、生態系機能が高くなる効果。生態系機能の例としては、収量の増加や病害虫の抑制など、我々にとって好ましい様々な要素があてはまる。
*5 イジングモデル:磁石などの磁性体の性質を表す統計力学のモデル。N/S極の2つの状態をとるスピン(格子点)から構成され、隣接するスピンの状態が相互作用と外部から与えられた磁場の力によって更新される。生物学では、表皮の模様や森林の更新など、様々な空間パターンの解析に応用されている。
*6 LASSO回帰:Least Absolute Shrinkage and Selection Operatorの略。機械学習による基本的な回帰分析の1つ。たくさんの説明変数に対して変数選択と係数推定を同時に行うことができる。
*7 ジャスモン酸:重要な植物ホルモンの1つ。果実の着色や病害虫に対する防御応答などを制御する。




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