【名古屋大学】ウンチをしないオタマジャクシを新発見 ~生息環境を汚さない衛生戦略で生存率を上昇~

プレスリリース発表元企業:名古屋大学

配信日時: 2024-09-25 20:05:12









名古屋大学大学院理学研究科の伊藤 文 特別研究学生、岡田 泰和教授らの研究グループは、オタマジャクシの姿でいる間はフンをしないカエルがいることを新たに発見しました。
石垣島や西表島、台湾に生息するアイフィンガーガエル。本種の幼生(オタマジャクシ)は、天敵の少ない、木の洞や竹の切り株などの樹上の小さな水場で育ちます。母親が自身の無精卵を水場の外から運びエサとして与えることで、エサの少ない小さな水場でも幼生が生きていけると考えられています。
小さな水場で生育するアイフィンガーガエルは、排出した有毒なアンモニアを十分な水で希釈できず、幼生の生存率が低下する可能性があります。研究グループは、アイフィンガーガエルが他種に比べてアンモニアの排出量が非常に少ない一方で、腸内には高濃度のアンモニアを保持していることを明らかにしました。さらに、本種は他種に比べてアンモニアへの高い耐性も持っていることが分かりました。これらの結果から、アイフィンガーガエルは小さな水場という特殊な環境において、「アンモニアの排出量を抑える」、「アンモニアへの耐性を高める」という二つの戦略で適応し、生存率を上昇させていると考えられます。
このような特殊な適応戦略はカエルでは初めて確認されたものであり、本研究の成果から、地球上のあらゆる環境に生息している生物たちが、どのようにしてこの多様な環境に適応しているのか、そのメカニズムの一端を明らかにすることが期待されます。
本研究成果は、2024年9月22日付米国生態学専門誌『Ecology』に掲載されました。




【本研究のポイント】
・オタマジャクシの間はフンをしないカエル(アイフィンガーガエル)がいることを発見した。
・本種は木の洞や竹の切り株などの樹上の非常に小さな水場で幼生(オタマジャクシ)が育つため、有毒なアンモニアによって生息の場が汚染される可能性がある。
・アイフィンガーガエルは幼生の間、フンをしないことを観察で突き止め、幼生のアンモニアの排出量が非常に少ないことを実験で示した。
・さらに、本種の幼生はアンモニア自体への耐性が高く、高アンモニア条件でも幼生が高い生存率を示すことを明らかにした。
・アイフィンガーガエルの幼生は小さな水場という特殊な環境において、フンをしないというユニークな適応をしていることを明らかにした。


【研究背景と内容】
石垣島や西表島、台湾に生息するアイフィンガーガエル(Kurixalus eiffingeri)では、魚類や甲殻類などの天敵が少ない、木の洞や竹の切り株などの樹上の小さな水場で幼生(オタマジャクシ)が育ちます(図1)。このカエルは日本で唯一の子育てをするカエルであり、父親が卵を乾燥や天敵から守り、母親は自身の無精卵を幼生のエサとして与えます。幼生は母親の産んだ卵のみを食べてカエルになるまで育ちます。母親が卵という形で水場の外からエサを運んでくることで、エサの少ない小さな水場でも幼生が生きていけると考えられています。しかしながら、小さな水場には他にも直面する問題があります。

動物の生息環境と窒素化合物の排出方法(注1)には密接な関係があります。アイフィンガーガエルのように小さく、閉鎖的な環境に生息する生物では、排出した有害なアンモニアを多量の水で希釈することができません。一般的なカエルの幼生のようにアンモニアを排出してしまうと、環境中に有毒なアンモニアが蓄積し、幼生の生存率を低下させてしまうでしょう。では、アイフィンガーガエルの幼生はどのようにして、小さな水場で生きているのでしょうか?
これまでの飼育を通した観察から、研究グループはアイフィンガーガエルの幼生が変態するまで固形の便をしないにもかかわらず、腸内には固形の便を溜め込んでいることを発見しました(図2)。このことから、研究グループはアイフィンガーガエル幼生が排便をせず、アンモニアの排出量を減少させることで、小さく閉鎖された水場における汚染を避け、生存上有利な、独自の衛生戦略を獲得しているという仮説を立てました。

そこで、研究グループはまず、アイフィンガーガエルの幼生がどれほどの量のアンモニアを環境中に排出しているのかに着目しました。アイフィンガーガエルと他種のカエル(ニホンアマガエル、ヤマアカガエル、モリアオガエル)の幼生を同じ体積(20ml)の蒸留水の中で飼育し、時間経過とともに飼育水中のアンモニア濃度がどのように変化していくかを測定しました。
その結果、アイフィンガーガエル幼生は環境中に排出するアンモニアの量が他種に比べて非常に少ないことが分かりました(図3)。



次に、腸内容物、つまり便に含まれるアンモニア濃度に注目しました。幼生の腸内容物を解剖によって取り出し(図2)、蒸留水に懸濁したのち、アンモニア濃度を測定しました。こちらも同様に、他種カエル(ニホンアマガエル、ヤマアカガエル)と比較しました。
その結果、アイフィンガーガエル幼生の腸内には他種に比べて、むしろ高い濃度のアンモニアが便として蓄積されていることが分かりました(図4)。
これらのことから、アイフィンガーガエルはアンモニアを多量に含んだ便を腸内に溜め込み、体外に排出していないと考えられます。


さらに、アイフィンガーガエル幼生が環境中のアンモニアにどれほどの耐性を持っているかについても調べました。アイフィンガーガエル幼生と他種カエル(ニホンアマガエル)を、さまざまな濃度の塩化アンモニウム水溶液の中で飼育し、生存率を比較しました。


その結果、アイフィンガーガエル幼生はアマガエル幼生が生存できないアンモニア濃度(50mM塩化アンモニウム)でもほとんど死亡することがありませんでした(図5青色)。アイフィンガーガエル幼生も高濃度のアンモニアでは死亡していることから(濃青色)、アイフィンガーガエル幼生は他種カエルに比べて環境中のアンモニアに高い耐性を持ちながらも、高濃度のアンモニアにさらされると死亡してしまいます。これを避ける上で排便を行わないという行動は有利に働くと考えられます。


【成果の意義】
本研究の結果から、木の洞や竹の切り株などの閉ざされた水場で成長するアイフィンガーガエルの幼生は、他種に比べて、環境中に排出するアンモニアの量が少なく、腸内には逆に高濃度のアンモニアを保持していることが分かりました(図3、4)。さらに、アイフィンガーガエル幼生はニホンアマガエル幼生に比べてアンモニアに対する耐性が高いことが示されました(図5)。
これらのことから、アイフィンガーガエル幼生は排便を減少させ、さらに、環境中のアンモニアに対しても高い耐性を持つ、という2種類の戦略でもって小さな水場に適応していることが示されました。

アイフィンガーガエルは亜成体(カエルの姿)になった直後に、はじめて排便します。これは、小さな水場にエサとして持ち込まれた窒素が水場に排出されることなく、最終的に外に運ばれることを示しています。このような衛生戦略は、いくつかのハチやアリの幼虫が変態するまで腸内に糞便を保持し、狭い巣を清潔に保つといった行動と類似しています。閉鎖的で小さな環境で、同種の個体、特に兄弟姉妹と一緒に成長することは、ユニークな衛生戦略の進化を促進するものと示唆されます。


【用語説明】
注1)窒素化合物の排出方法:
動物の窒素排出の方法は、その生息環境に応じて異なり、一般的に、水棲の硬骨魚類や両生類の幼生は、窒素化合物をアンモニアに代謝し、それを便とともに排出する。水棲動物は大量の水に囲まれて生活するため、排出されたアンモニアは迅速に希釈され、有毒なアンモニアにさらされることはない。一方、陸生の両生類の成体や哺乳類は、窒素化合物を無毒な尿素に代謝し、それを排出する。これは、陸上では周囲の利用可能な水の量が少ないため、希釈によってアンモニアを無害化することができないためである。同様に、硬い卵殻で胚が発生する爬虫類や鳥類は、窒素化合物を水に溶けにくく、毒性の低い尿酸として排出する。


【論文情報】
雑誌名:Ecology
論文タイトル:Phytotelmata-dwelling frog larvae might exhibit no defecation: a unique adaptation to a closed aquatic environment
著者: Bun Ito, Yasukazu Okada
EcologyPhytotelmata-dwelling frog larvae might exhibit no defecation: a unique adaptation to a closed aquatic environment Bun Ito, Yasukazu Okada       
DOI:10.1002/ecy.4428 
URL:https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ecy.4428



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