待つことは意外と楽しい【研究成果】

プレスリリース発表元企業:株式会社イデアラボ

配信日時: 2022-08-04 10:00:00


高知工科大学の客員研究員で株式会社イデアラボの波多野 文研究員、レディング大学の Cansu Ogulmus (博士後期課程)、高知工科大学の繁桝 博昭教授、テュービンゲン大学の村山 航教授の共同研究グループは、人が何もせずにただ待たされることを過度に退屈で楽しくないと考えており、そのためにネットサーフィンなど外部から刺激を受けることを好んで選択することを発見しました。この研究はアメリカの学術誌Journal of Experimental Psychology: Generalの速報版で7月28日に発表されました。 


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【研究の背景】

 私たちは電車やバス、病院、役所など、様々な場面で待たされ、待ち時間をやり過ごすために本を読んだり、スマートフォンでSNSやネットニュースを見たりします。
 このような行動は、私たちが「何もせずに待つこと」を「つまらない」「楽しくない」と考えており、「何もしないこと」を避けるために取っていると考えられます。実際に、先行研究では、人が何もせずに過ごすことを苦痛に感じ、それを避けるために電気ショックなどの不快な刺激すら求めてしまうことが指摘されています(Wilson et al., 2014)。
 ただし、これまでの研究で、やる気の推測は不正確であると指摘されており(Murayama et al., 2016)、金銭的報酬などのわかりやすい手がかりが無い状態では、正確なやる気の予測が難しいと考えられます(Murayama, 2022)。そのため、ただ待つことは読書やネットサーフィンなど他の活動に比べてやる気や楽しさを予測する手がかりが少なく、待つことを過度につまらないと予測すると仮説をたてました。


【本研究のポイント】

・人は自分がどれだけある行動を「楽しめそう」か、「退屈そうか」を予想して未来の行動を選択する。
・これまでの研究では、「何もせずに過ごすこと」は、「楽しくない」「苦痛を伴う」と評価され、何もしない状況を避けるために電気ショックのような不快な刺激まで求めてしまう傾向が報告されてきた。
・しかし、人が「何もせずに過ごすこと」の楽しさをどの程度正確に予想できるかはわかっていなかった。
・本研究により、 人は待つことを過度に「退屈である」と評価するにも関わらず実際は予想したよりも待つことを楽しむこと、待つことへの過度な低評価が実際の行動選択に影響していることを明らかにした。


【実験の方法】

 実験の参加者に①これから決められた時間何もせずに待つこと、②待つ間はスマートフォンを見たり、歩いたり、眠ったりはできず、ただ自由に考えごとをしながら過ごしてほしいことを説明し、待つことがどの程度楽しいと思うかを予測してもらいました。
 その後別室に移動し、実験者が迎えに来るまで1人で過ごしてもらいました。最後にもう一度実験室に戻ってきてもらい、実際に待つことがどの程度楽しかったかを評価してもらいました。


【研究の成果】

 予測された楽しさ(課題への動機づけ)は、実際の楽しさよりも低く評価されていることがわかりました(図1)。
 この結果は、予測と実際の評価を別の人がやった場合、真っ暗で音が聞こえにくい状況で待った場合、待つ途中で実際の評価を行った場合でも変わりませんでした。これらの結果は、予測という行為そのものが実際の待つことへの評価に影響しているわけではないこと、外部からの刺激を極力減らした場合でも予測以上に待つことを楽しめること、待つという課題が終わったことの開放感から実際の楽しさが高く評価されているわけではないことを示唆しています。


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 さらに、待ち時間を選択できる場合(3分か20分)、いずれの場合も予測より実際の動機づけの方が高く評価されたにも関わらず、短い待ち時間が好まれる(参加者の70%が短い待ち時間を選択)こと、待つか他の活動(ネットニュースの閲覧)を選択できる場合は待つことが避けられやすい(参加者の87%がニュース閲覧を選択)ことも明らかになりました。
 また、待つだけ条件では予測の動機づけよりも実際の動機づけが高く評価されたのに対し、ネットニュース閲覧条件では予測と実際の動機づけに差がありませんでした(図2)。すなわち、待つことは他の活動に比べて過剰に退屈だと評価されやすく、その傾向が、実際に待つことを避ける行動につながっていることがわかりました。


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【研究の意義】 

 本研究で得られた結果は、人の不正確な動機づけ予測が不必要に「自由に物思いに耽る」楽しさを阻害し、自由な思考がもたらすポジティブな作用(問題解決や創造的思考)から遠ざけている可能性を新たに示しました。
 また、これまでの研究において、人が自由な思考を楽しめない可能性は明らかになっていましたが、人々が自由な思考を楽しめると期待しているかどうか、その期待が正確かは明らかになっていませんでした。この点を世界で初めて明らかにし、待つことの「楽しさ」だけでなく「やる気」についても人は過小評価してしまう可能性を示したことは、本研究の大きな意義であるといえます。


【今後の展開】

 人は「自由な思考時間」を過度に退屈であると評価するために、待ち時間を自由な思考ではなくソーシャルメディアや他の活動に費やしている可能性が示唆されました。
 今後は、過小評価がどの程度持続するのか、感情予測のメカニズムでの説明は可能なのか、先行研究との手続きの違い(楽しいことを考えさせることとただ待つように求めること)の影響を明らかにし、やる気の過小評価の背景にあるメカニズムを明らかにしていこうと考えています。


【原論文情報】

Hatano, A., Ogulmus, C., Shigemasu, H., & Murayama, K. (2022). Thinking about   thinking: People underestimate how enjoyable and engaging just waiting is.   Journal of Experimental Psychology: General. Advance online publication.   https://doi.org/10.1037/xge0001255

【参考文献】

Murayama, K. (2022). A reward-learning framework of knowledge acquisition: An integrated account of curiosity, interest, and intrinsic–extrinsic rewards. Psychological Review. Advance online publication. https://doi.org/10.1037/rev0000349

Murayama, K., Kitagami, S., Tanaka, A., & Raw, J. A. L. (2016). People’s naiveté about how extrinsic rewards influence intrinsic motivation. Motivation Science, 2(3), 138-142. https://doi.org/10.1037/mot0000040

Wilson, T. D., Reinhard, D. A., Westgate, E. C., Gilbert, D. T., Ellerbeck, N., Hahn, C., Brown, C. L., & Shaked, A. (2014). Just think: The challenges of the disengaged mind. Science, 345(6192), 75-77. https://doi.org/10.1126/science.1250830


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