5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (69)

2022年5月6日 16:01

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 「天空橋くん。再来年の40億の件、キミに任せてみようと思う。競合だが、できるか?」

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (68)

 「ありがとうございますっ! 絶対に勝ってみせますからっ!!」

 2年後に控えたこの競合プレゼンは、中堅コピーライターの天空橋にとって、この上ない「出世」のチャンスだ。浮かれつつも、気合い十分の天空橋であった。

 まだまだ2年もある………… まだ半年先だよな………… 残り3カ月か………… もう1カ月ね………… あと1週間かよっ!

 プレゼン日が迫るにつれて、さまざまな不安が彼の脳裏によぎるのだった。

 「この戦略でクライアントは成果を出せるのか…」「時間をかけたPRプロモーションのほうが効くのでは…」「D社はどう仕掛けてくるか…」「こんな地味すぎる企画に生活者は反応してくれるのか…」「このコピーで勝てるか…」「昇進のラストチャンス……失敗できない…」

 晴れやかだった天空橋の日常は、かつてないプレッシャーによって鬱々たる日々に変わり果ててしまった。できることなら愛する彼女とサイパンあたりに逃げたい。セブ島でもいい。プレゼンブルーというヤツなのだろうか。激しく現実逃避する天空橋であった。

 上司に声を掛けられたあの日から、まもなく2年が経とうとしている。天空橋は時間経過によって、何が変わってしまったのだろうか。

■(69)妄想バックキャスティングがあれば、時間が経過しても解釈の変更・不安は生じない。

 人は2年先のプレゼンのように「時間的距離が遠い物事」については本質的な解釈(高次解釈)を行います。反対に、「時間的距離が近い場合(現在)」は具体的・副次的な解釈(従的・低次解釈)をする傾向があります。この考え方を「解釈レベル理論」と呼ぶそうです。

 天空橋の場合は、「競合プレゼンに勝利し、出世して、所得を増やす」という2年先の本質的な目的が、当初、副次的な要因を上回っていたため、競合プレゼンを請け負いました。正確には副次的な要因(難度、プレゼン作業量・工程など)を詳しく正しく認知して いなかったため、軽い気持ちで引き受けてしまったのです。

 しかし、プレゼンが近づくにつれ、天空橋の眼前に現れた「プレゼン戦略や施策内容への迷いとその先にある実務の懸念点」といった具体的な副次的要因が、「勝利・出世・所得増」という本来の目的を上回ってしまったことで、選好(個人が重視すべき点)が逆転しました。目の前にある面倒な作業。これが本質的な目標を完遂する意識を超えてしまったことが天空橋を鬱々とさせ、現実逃避を起こさせてしまったのです。

 長期的視点では価値の高い未来像でも、現時点では魅力を感じないことがあります。人は現時点の利得・損失を大きく感じ、将来の利得・損失はその場では小さく捉えがちだからです。これは「時間が経つと、解釈・考えが変わってしまうから」だと行動経済学では論じています。

 楽しみにしていたイベントや仕事でも、それが近づくにつれて、「緻密な準備」が生じます。その面倒臭さが憂鬱のタネになったり、逃避したくなったりと、それまでの解釈・考えを変えてしまうのです。

 「デカいプレゼンを仕切れるのはうれしいけど、2年先のことなんて考えたくないな。今の仕事が楽しければいいし、今を凌げればいい。重いコトはなるべく後回しにしたいんだよ」。これがマジョリティ―の本音・本質でしょう。

 人はゴールに向けた作業過程において、個々のポテンシャルやモチベーションはそれぞれ異なります。ゆえに、既述のような無計画で自由な思考を持つ人は、現状から積み上げていく「フォアキャスティング」で仕事する傾向が強いのかもしれません。

 将来の目的を明示せずに、現在の延長上に将来を描くフォアキャスティングは、「できるところからやり始める」スタンスのため、初めに望ましいゴール設定はしません。ゆえに「成り行きのゴール」という最終形になります。それがクライアントや生活者にとって望ましいアウトプットになる保証はありません。

 2年先のプレゼン日までモチベーションをキープするには、“2年先のプレゼンに勝利し、自身から見た「周りの風景」が大きく変容した”ことを想像する「バックキャスティング」が有効です。「バックキャスティング」とは、最初に目標とする未来像を描き、次にその未来像を実現する道筋を未来から現在へとさかのぼって記述する、シナリオ作成の手法で
 す。

 バックキャスティングは、現在の状況を前提とせずに、「描きたい将来」をまず定義します。

 (1)最初に、「こうあって欲しい、望ましい未来像・世界」の目標イメージを描きます。

 (2)次に、その未来像・世界を実際に実現するためには、どのような施策が必要なのかを 「未来から逆算」し、現在に向かって具体的なストーリー・道筋を考えていくのです。

 バックキャスティングは、フォアキャスティングでは想定できない未来像を描くことが 可能となるため、アカウント40億円といった大きな業務、劇的な変化・変革・イノベーションが求められる課題やチャンスに対して有効な手法とされています。

 ここからは、持論です。

 「未来像から逆算して構築するバックキャスティング」は、クライアントやブランド、商品をヒットさせるためだけの手法ではありません。重要な点は、「あなた自身の未来を楽しくバックキャスティングすること」です。ぜひ、自分自身のハッピーな未来像を思い描き、逆算でそこに到達する道のり(手段)をとにかく劇的なサクセスストーリーで創造し、独りごちてもらいたい。

 では、具体的に説明しましょう。

 まず、課題であるクライアントや商品のことは一旦横に置いてください。確かにこれらはバックキャスティングの材料の1つですが、決してコアとして捉えないこと。飽くまでも、あなたが「主人公」です。自分をヒーローにして、無責任に、しかしリアリティーをもって劇的サクセスストーリーを創り込むことを楽しんでください。

 予算40億円。一旦この予算のことは放置します。あなたがチームリーダーだからといって1人で背負ってはいけません。売り上げを無視した無責任な妄想力で肩のチカラを抜かなければ、「本当のなりたい自分」は降りてきません。

 「なりたい自分」を描くには、「本音の自分」で、「ヒーローとしてのスポットの浴び方」をさらけ出すことです。

 では、プロットライターになったつもりでバックキャスティング(妄想)してみてください。今回は字数の関係で、(1)「『こうあって欲しい、望ましい未来像・世界』の目標イメージ」のサンプルをご用意しました。プレゼン勝利を伝える、その連絡シーンから始まります。

【バックキャスティングの 1例_(1)部分のみ】

 オレのスマホが鳴る。「プレゼン、獲ったよ」上司からの連絡だった。5社競合・広告予算40億のローンチを獲得したのである。翌日の出社。オレを雑魚扱いしていた、挨拶してもガン無視する役員連中の態度があからさまに変わっていた。廊下ですれ違いざまに 「おめでとう!」とポンポン肩を叩かれる。エレベーターで一緒になった後輩からは、「おめでとうございます! ほんとスゲーっす! こっちのフロアじゃあ、天空橋さんの話題で持ちきりっすよぉー」とおべっかを言われまくる。そこに着信アリ。「天空橋、まずはおめでとう。これからだな!」そんな専務から激励の電話を受けながら自席に着くと、 誰かの強い視線を感じる。その視線の先には、最近彼氏と別れた璃子ちゃんがいた。潤んだ瞳でオレをロックオン。確実に何かが始まる予感だ。このように一気に周囲の反応・視線が変わってしまったオレを軸に、当案件の新チームが編成され、実務が開始。2年後のローンチに向けた企画会議が定例会方式で毎週組まれた。週に2~3回はプレゼンでクライアントに出向く。そこで与えられた課題は自社に持ち帰らず、その場で答えて仕上げるスピーディーでハードなクライアント対応。そうして1カ月が経ち、1年が経ち、そして……あっという間に至極のローンチ・キャンペーンが立ち上がった。キャンペーンは大成功し、商品はメガヒット! 広告賞も獲りまくり!オレはキャンペーンの仕掛け人として、業界誌をはじめ、いろいろなメディアから出演依頼が殺到。そして、ある情報番組で隣席になった「グラビア誌掲載数日本一のグラドル AIちゃん」と自然な流れで付き合うことになってしまう。宿泊愛をフライデーされて、顔も名前も全国区に。併せて、あの「情●大陸」から出演オファーあり。現在進行中の某新商品のプレゼン作業を密着取材されている、そんなオレの進撃は留まることを知らないのだった!

 古臭いというか、薄っぺらい「スポットの浴び方」かもしれません。でも、この俗っぽさがリアルです。心底にある本音です。そして、自分の周りの風景がここまで変わるものなら、やってやるよ! と自分自身を鼓舞することになるのです。もちろん、この対極にある「渋い設定」のバックキャスティングもアリでしょう。

 とにかく、まずは、自分が成功した風景を身勝手に華やかに描き切ってください。一度、俗物になって、「なりたい自分」を自身の価値観MAXで妄想してください。コツは快楽主義に、難しく考えないことです。このあとは、このゴールまでの過去2年間を逆算する。プレゼンまでのスキームと施策を考えまくるだけです。

 妄想バックキャスティングがベースにあれば、時間が経過しても解釈の変更・不安は生じません。皆さんも、悩まず苦しまずに、自分勝手なバックキャスティングでモチベーションをキープして、大きなプレゼンを楽しんでください。

※参考文献:「サクッとわかるビジネス教養 行動経済学」

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。
http://www.copykoba.tokyo/

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