教師に成績向上のインセンティブがない…見過ごされてきた「日本の教育システムの大問題」(喜田一成氏との対談)(2)

2021年12月8日 18:00

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記事提供元:フィスコ


*18:00JST 教師に成績向上のインセンティブがない…見過ごされてきた「日本の教育システムの大問題」(喜田一成氏との対談)(2)
本稿は、「教師に成績向上のインセンティブがない…見過ごされてきた「日本の教育システムの大問題」(喜田一成氏との対談)(1)」の続きである。

●「AO入試」は不要?

白井:突出した絵を描く才能、工芸をつくる才能の話をお聞きしましたが、大学入試も相当変わりました。我々の時代はペーパーテストで、共通一次で何点とれるかでしたが、今は、高校生の美術展で上位の賞をもらうと、それだけでAO入試でかなり上位の大学に入ることができます。

入試のやり方が変わってきたことは、世の中が良い方向に向かっている気がします。コツコツとやってきた人が評価されないのは不公平と言う人もいますが、そういう形で才能を伸ばしたり、一芸に秀でた人を引き上げたりすることもできます。その点はいかがでしょうか。

喜田:私は、大学は悪い方向に向かっていると思います。多様性を認めようという努力は理解できますが、手段をはき違えている気がします。さまざまな多様性を認めるというのは、全員大学に受からせることではないのです。大学卒業を新入社員の採用の必須条件とし、プロパー社員を最良とする慣習は早く捨てるべきです。

大学はあくまで学問を研究する場であり、社会人を育成する場ではありません。大学は学問研究機関とすれば、一芸に秀でればよいというのは変です。学問を学ぶための基礎知識があるか、あるいは学べるだけの能力があるかを調べる必要がありますので、ペーパーテストでよいと思います。

私の在籍した大学でも、AC入試というのがありました。ほかの大学ではAO入試というそうですが、高等学校における成績や小論文、ボランティアなどの課外活動、面接などで一芸に秀でているとされる人物を評価し、入学の可否を判断する選抜制度のことです。私の世代は特にひどくて、卒業したのは入学時の約半数でした。多くが授業についていけず、ドロップアウトしています。友人は結局大学を中退して最終学歴は高卒になってしまいました。留年は2回までしかできませんので最終的に除籍となります。

白井:大卒で、かつ新卒で会社に入ることが正しいという固定概念は、根強いものがあります。AO入試は、スポーツで活躍した人を大卒にしてあげて、社会で多少なりとも有利な立場にしてあげようという優しさでしょうし、多様性のある人材を作ろうということでしょう。しかし、そこにひずみが生じ、ねじれが生じてしまう。言っていることは新しいかもしれないけれど、結果がめちゃくちゃという感じかもしれないですね。中央教育審議会のトップには、経団連の部会長などが就任するようですが、このような状況にキャッチアップできていないと思います。

●「誰一人取り残さない」は実現不可能な理想

白井:ところで、デジタル庁が発足しました。デジタル化といっても、ファックスからメールになるぐらいのデジタル化であったり、判子をデジタル化したりという程度の話が先行していますが、デジタル庁発足をどのように評価していらっしゃいますでしょうか。

喜田:縦割り組織で、硬直的なイメージで受け止めています。デジタル分野の組織は有機的、かつ、フレキシブルであるべきです。A、B、Cという分野で少しずつ使えるものが何個か並んでいるもので、縦割りには向かないのですが、それを縦割り的なやり方で進めていこうとしています。発足したばかりですので、今のところは仕方ないと思います。しかし、今後には期待したいところです。

デジタル庁は「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を掲げていますが、これは筋がよくありません。すべての人が使えるプラットフォームは、莫大なコストがかかるため、大半の人からすれば不利益を被るということになります。

ある程度の合理的な意思決定は必要です。最近の中国のデジタル化をみればよく分かりますが、大半の人に受け入れられつつ、投資のリターンが合うという均衡点を追求しているからこそ、社会の効率性が高まるのです。

9割の人にとっては使いやすいプラットフォームだけれど、1割の人は別のプラットフォームを使うという設計思想であればいいのですが、全員を救うという実現不可能な理想を掲げては、コストは莫大になり、結果的には目的を達成することが難しくなるでしょう。

たとえば、全員が同じプラットフォームを使うのではなく、9割の人はAというプラットフォームを使い、残りの1割の人がBというプラットフォームを使うことにし、このプラットフォームの開発を民間に競争させるのがよいと思います。

行政はAPIを提供し、事業者には助成金などを与えず、申請件数に応じて国からインセンティブが与えられるような自由競争に持ち込むのです。既に利権構造の中にあるベンダーを対象として入札方式で一番安いところに発注するのではなく、行政がAPIだけ用意すれば、小さいベンチャー企業はニッチなところも獲得しようとしてくるので、社会的な弱者向けのプラットフォームも作ってくれるでしょう。自由競争のほうが健全でしょうし、結果的に誰も取り残されないと思います。

白井:公共サービスであっても、投資に対してリターンが合っているのかという視点で評価することは非常に大事ですね。また、市場原理を導入して効率性を高める必要もあるでしょう。

しかし、日本では、合理的な世論形成や意思決定はあまり見られず、情緒的な空気が支配しているように思います。弱者を切り捨てるのかという主張が幅を利かせていて、全体の効率性を議論すること自体がタブー視される向きもあります。これでは、社会の効率性が高まりません。本来は経済原則に従って、社会のコストを抑えつつ、効率的な社会を構築すべきなのです。そこで、取り残される弱者がいれば、そこで初めて行政がサポートするということのほうが健全でしょう。

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