イーロン・マスク氏が見抜けなかった「製造の本質」 (3) コストダウンと加工技術

2020年12月19日 08:55

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■加工技術とコストダウンの戦い

 工作機械による加工においては、「精度」だけを求めている訳ではなく、コストダウンを目指して加工スピードも突き詰めている。その中で、1μm単位の精度を出すことは至難の業だ。

【前回は】イーロン・マスク氏が見抜けなかった「製造の本質」 (2) 究極の精度は「人間の勘」

 筆者の工場では、直径400mm、重量50kgのハブ(車両のタイヤの付く部品)の加工をしていたことがある。中央部のベアリング挿入口は200mmほどで2/100mmの精度を出していた。つまり、1/10000の精度である。これは、時計の部品の軸1mmで0.1μmの精度と同等になる。大型部品の精度はとんでもなく高いことがある。

 材質は、鋳造であるが靭性(粘り強さ)を優先した、鉄としては柔らかく加工しやすいものだった。だから加工が容易と考えがちだが、柔らかいのでチャッキング歪みが大きく、重量物であり緩くチャッキングすることは危険が伴うこととなる。そのため厳重にチャッキングするので、「歪」の出方を予想することが極めて難しかった。

 コストダウンの要請があったことから、切削スピードを上げざるを得ず、手動で操作する旋盤では90m/min程度の切削スピードだったが、2倍の180m/min程度に上げる努力をした。チップ(刃先)をセラミックにすれば240m/min程度まですることが出来たが、これは恐ろしいほどのスピードだった。NC制御のため工員は機械からは数メートル離れることが出来たが、カバーをしていても風を感じるほどだった。

 セラミックは熱に強く、切削水をかけて熱を逃がすと十分に耐えられた。しかし、セラミックはダイヤモンドの次に固い材質で、衝撃に極めて弱い性質であった。段差があるとチップが割れることがあり、その当時のNC旋盤では危険が生じていた。そのため靭性の強い材質で芯を作り、特殊コーティングで熱に対応したチップに変えた。つまり、日本刀の原理だ。

 これにより切削スピードは手動より2倍以上速くなったが、段差のある切削の衝撃にも耐えなければならず、チャックも厳重にしなければならなかった。熱変形もあり2/100mmの誤差が生じてしまい、その補正のために半年間休みなく、1日16時間の現場重労働で苦しめられた。

 これが、特殊加工でない通常加工でのコストダウンの戦いだ。「きさげ加工」のように、特殊で競争が少ない加工とは違い、精度だけではなくコストを争う、大多数の機械加工では当たり前の厳しい競争となっている。(記事:kenzoogata・記事一覧を見る

続きは: イーロン・マスク氏が見抜けなかった「製造の本質」 (4) 「衣・食・住」はソフトでなく「物」

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