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5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (38)
1999年、私はCMプランナー講座を受講していました。講師は、破竹の勢いでCM業界を席巻していた当時電通社員の岡康道氏。実効性が高く、とても実用的な講義であったことを憶えています。惜しみなくご自身の思考回路を呈示する様は、講義というよりも、迷子の若手制作者たちに進む道を指し示すクリエイティブディレクションのようでした。
【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (37)
岡さんのCMは、主人公の成功や幸福だけを決して描きません。そこに共感が無いことを前提につくられています。たとえば、甘くない人生を痛切に描くことで、その主人公に共感と愛着を持たせ、生活者とブランドの距離を縮めていく。そんな作風が多かったと思います。
たった15秒、30秒で、孤独、苦悩、嫉妬、絶望といった負を塗しながら人間を描き切る。生活者の気持ちを精確にとらえた世の中発想のCMだからこそ、強烈に観る者を惹きつけました。
その中でも私のフェイバリットCMは「資生堂アウスレーゼトロッケン」。父と娘の休日を描いています。大きな口をニィ~ッと開けて、歯の矯正を父親に見せる小学生の娘。田口トモロヲ演じる父親がそれを褒めるシーンから始まります。
2人の親子は遊園地ではしゃぎ、記念撮影をし、楽しそうに腕を組んで買い食いをする。どこでも見かける父と娘の幸福な休日。帰りの車の中、父親は髪型を変えたことを伝えるが、なぜか娘の反応は薄い。そして家に到着し、娘だけが車から降りて、家の中へさっさと帰って行く。入れ違いで玄関先に出てきた女は娘の父親と距離を保ったまま、軽く挨拶をする。元妻と対峙する元夫。ラストカットは、車のダッシュボードに置かれた娘からのレターとアウスレーゼトロッケンのアップショット。
父: おっ いいじゃん、いいじゃん。かわいいじゃん。
娘: マジ?
父: フ~
父+娘: 超うめ~!
父: なあ、父さん、髪型、変えたんだけど。
娘: 全然、気がつかなかった。
娘: じゃあね、父さん。また、来月ね。
NA: 私の人生の香りは、いつの間にか変わっていた。
元妻: オスッ
NA: 辛口の微香性、資生堂アウスレーゼトロッケン
(出典:コピー年鑑2001)
初見、静かな戦慄を覚えました。離婚と面会は今こそ普遍的な題材になりえますが、それでも、なかなか扱いづらいもの。オンエアされた2001年当時では、まだまだ表現し難い空気が世間にあったと思う。しかし、岡さんの眼目はその過激さではない。
香りが変わるとは、どういうことなのか。これが問題。TPOや気分で変えることもあれば、香りは年齢を重ねる男の中で変わっていく。そして、その時間経過が男の人生の香りも少しずつ変えていく。香りとは誰かのために変えるのかもしれないし、何かに変えられてしまうものなのかもしれない。香りは人生と併走している。岡さんはこんな風に「問題のつくり変え」をしたのではないか。
CMの中で、娘は父親の髪型の変化に「全然、気がつかなかった」と言うけれど、嘘をついていると思った。当然、コロンの香りの変化にも気づいているはず。だって、大好きな父親のことは何でも気づくのが娘という生き物ですから。月に1度しか父親と会えないことの反動が彼女にそう言わせてしまったのだと思います。そんな少女の機微の描写が、観る者の胸に迫ります。
■(40)自身に刻まれていくファクトの中で、どうしても忘れられないモノで企画をする
講義のノートが残っていたので、岡さんの言葉を記します。
「忘れようとしても忘れられないものが企画になる。メモを録るな。引き出しを持つな。その引き出しの分しか、ネタが無いじゃないか。生きてる中で刻まれていくもので勝負しろ。」
どんな材料が強い企画に昇華していくのか。岡さんのように、その理由も含めて精確に言語化してくれる講師は実は少ない。希代のCMプランナーは、信じられる名講師だった。
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