5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (34)

2020年6月9日 11:59

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 今日は好きなCMの話をします。古い作品のため、不確かな記憶で書き連ねることをご容赦ください。概ね、こんなストーリーです。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (33)

 若い美女と中年男女という3人がぎこちない様子で歩いています。美女をよ~く見ると、女装した青年で、両親を連れてハウステンボスに訪れていたのです。次の瞬間、青年の「若い頃の写真」が激しくフラッシュバックされます。坊主頭の小学生、ウンコ座りしたヤンキー中学生……。父親の脳内を映し出しているのでしょう。しっかりと「息子」をしていた頃の青年の成長記録が鮮明に蘇ります。そして、映像は現代に引き戻されて、帰路の3人を捉えたラストシーン。夕景の中、父親が安堵した表情で妻にそっと話しかけます。

 「母さん、変わるっていうのも、悪くないよな…」

 ラストカットのタグライン、「ハウステンボス、変身中!!」がインサートされて終幕します。

 2003年に長崎のテーマパーク「ハウステンボス」が経営破綻し、その再建中にオンエアされたCMでした。トランスジェンダーであることを両親にカミングアウトする息子の眼目は、大切な家族の思い出の場所であるハウステンボスへ再び両親を連れて行くことだった。優しい人間に成長し、女性として再出発する「息子」と接した父親は、「娘」として受容する決心をします。

 トランスジェンダーの青年を「再建中(変身中)のハウステンボス」に、両親を「経営陣」に見立てているわけですが、私は「父親のセリフ」を次のように解釈しました。

 性的マイノリティを正しく理解していなかった父親が息子とのコミュニケーションで「気づき」を得ます。このセリフは1人の親として「変化」しようとする決意表明であり、「再出発への同意」だと私は捉えました。セリフを愚直に翻訳すれば、

 「母さん、親も変わんなきゃ、親がわかってやんなきゃ、ダメだよな…」

 ということでしょう。「変化への理解」に向けた独白であることが見て取れます。

 つまり、父親のセリフは、「経営陣が変わらなくてはいけない。わからなくてはいけない」という「経営陣の変化・変身」を自らに訴えるステートメントコピーなのです。やり直そう、再生しようとするものを過去の実績や今持つ先入観で見限るのではなく、その未来をどう理解し、どう受け入れて進んでいくのか。ステークホルダー(社会)にダブルミーニングで課題を突き付けているのです。

■(36)難テーマには刺激物を注入し、オーディエンスの内側で再情報化させる

 CMの広告目標は「ハウステンボスの再建報告と期待感醸成」と推察できます。マス広告で関心・同意・同感を得るには難しい「経営再建中」という情報を、刺激物を注入することで一気に没入させ、受け手の情緒に訴え絡ませていく。このように、深読みできる構造を持ったコンテンツは自然とオーディエンスの内側で再情報化されていきます。非常に高度な手法です。

 「経営破綻からの再建」というシビアなテーマを「マイノリティとしての再出発とその変化への理解」というセンシティブなストーリーに変換し、刺激的なファクターを扱いつつも、抑制とペーソスを効かせた穏やかな視線で「社会」と「自社」に問いかける仕立てにしています。

 意気込みや自慢話をモノローグで語る一方的な企業広告が多い中で、自虐と謙虚さとエスプリでステークホルダーを揺さぶりコントロールしようとする企画の凄みが、このCMには確実に存在していました。

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。

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