5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (24)

2020年1月18日 08:41

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 皆さん。ご自身の過去の仕事を振り返ってみてください。苦慮して最良の「答え」を導き出したあと、大体の方はフィニッシュワークに向かっていきます。しかし、「これ以上の案はもう無いだろう」と確信する強い答えが出た時ほど、さらにもう一つ上のアイデアに昇華できないか、見直して欲しいのです。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (23)

 以前、髙橋真梨子さんを担当していた時のことです。男性ボーカリストが歌い上げた有名ラブソングのカヴァーアルバム「No Reason 2 ~もっとオトコゴコロ~」の新聞広告の依頼を請けました。媒体は朝日新聞15段(全面広告)。

 別れた女性への未練や過去の恋愛を美化してしまう身勝手さも含めて「男心」だと思うのですが、そういう男のウジウジした一面を吹き飛ばすようなアプローチでキャッチコピーが書けないものか、となんとなく考えていました。別の業務でご一緒した時の髙橋さんの印象から、もしかしたら、こんなコト言うのかな…と勝手に推測しながら、下記のキャッチコピーを開発したのです。

  昔の恋を振り返るだけなら、
 バックミラーでも買って下さい。

 このコピーのあとに、
 「もう、うしろは振り返らない。あの頃の熱さを新しい恋のチカラにする。せつなすぎる男心カヴァー、待望の第2集。」というショルダーコピーを置いてフォローしました。

 “未練なく次の恋にすぐに移れる女性”からのセリフとして書いてみたのです。

■(26)結構いいかも…で留めず、さらに何かを巻き込んでコンテンツを強化・深化・作用させる


 掲載当日の朝、フジテレビの「とくダネ!」で小倉さんが開口一番にこの広告を取り上げてくれました。そういう意味ではまずまずの出来だったと思います。しかし、そのあとで私は疑念を抱きました。何かもう一歩踏み込めたのではないか?と。

 バックミラーを買ったところで昔の恋を振り返ることなど当然できません。ナンセンスですよね。でも、この勢いがこのコピーの良さでもあります。

 そして、このコピーは何かの課題を解決しているわけでも、何かに作用するわけでもありません。ただ、「昔の恋にすがりつくことは、その過去さえも映せない不要なバックミラーを買わされることぐらいムダなんだよ。早く前進しな」という思いで書いただけです。

 某ファッション広告の恋愛コピーのように巧く書けば感傷的な作用は起こるかもしれません。でも、そういったコピーに賛同する人もいれば、共感できない人もいる。どうも恋愛コピーという類は、読む人の恋愛体験に大きく左右される非常に主観的なコピーのようです。

 まあ、世間はそういうのを見飽きているだろうなぁという感覚を私は持っていたので、その手のコピーではなく、髙橋さんが言いそうだなぁ…… いや、どうかなぁ… といったギリギリを攻めていったわけです。感性的な完成度はあったかもしれません。しかし、何か物足りなさを掲載後に感じました。

 今思えば、カー用品の「オートバックス」とタイアップすれば良かったのでしょう。話題性も増幅し、広告費も半分近く回収できたかと思います。たとえば、「昔の恋を振り返るだけなら、バックミラーでも買って下さい。」の真横に「バックミラー」の商品広告をレイアウトし、2つを対比して見せたらどうだったでしょうか。で、こんなコピーをつけてみます。

  うしろを振り返ってばかりじゃ、前に進めないよ。
                オートバックスのバックミラーを付けて、新しい道へ。¥1,200~

 まあ、ちょっとクドイかもしれませんが、対比構造にしてシャレの精度を上げていく作業がこの原稿には必要だったのです。もちろん、タイアップ先との交渉やダブルスポンサー問題など障壁はあります。しかし、この対比に気づくか否か、踏み込むか否かで、広告としてのクオリティーに格段の差がつくのです。

 「できた! いいね! 終わり!」と安堵するのではなく、さらにもう一つ上へ昇華させるためには何が必要か。そこで無理にでも踏み込んで探り続けること、発見していくことが、クリエイティブには絶対不可欠なのです(自戒)。

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。

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