5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (16)

2019年9月13日 11:15

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 「コバヤシ! 俺、ぜってー、巨人に行くからっ」

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (15)

 中学時代、夢というよりもギラついた欲望を毎朝私に宣言してくる同級生がいました。その野球少年は中3になると、筋肉増強剤を飲みながらジムに通い、高等部の硬式野球部の練習に参加し始めました。練習の無い日は、学校のある荻窪から自宅の中野坂上まで走って帰っていくのです。あの野球部特有のどでかい黒バッグを背負ったまま。

 当時ノンポリの私には、そんな彼の執念とも言える一途な言動を理解できませんでした。しかし、あるCMを観て、ふと、彼の行いを理解できたのです。

■(18)世間の常識的な価値観に一石を投じる時、世間はその企業に共感する

 そのCMはナイキジャパンの「ナイキベースボール 宣誓篇」。甲子園大会の開会式で高校球児が「本音の選手宣誓」をぶち上げます。


宣誓! 我々は、というか、僕に注目してください。
僕は、この大会で皆を驚愕させます。
スカウトは、100人に1人の怪物と騒ぎ立てるでしょう。
僕の髪型は大流行し、笑顔だって超高校級。
集団に埋もれて、自分を失うのはもうやめ。
手に入れられる全てを、
全力で手に入れる事を、
ここに誓います。
(出典:コピー年鑑2014)

 自己顕示欲、承認欲求、男の本能まる出しの宣誓は、兵隊のように窮屈だった野球人生との決別の言葉です。このゲリラ精神に鳥肌が立ちました。そして、この球児が盗塁を仕掛けるインサートカットからは、ウケ狙いではない本気度が伝わってきます。

 高校野球は、優勝できなくても、個人で目立てばプロへの道が拓かれる。この真理がCMの「共感」ポイントです。球児が持つ「画一的な爽やかさ」の気持ち悪さや監督の酷な采配にも絶対服従する「個を没した全体主義感」など、世間が持つ暗黙知みたいなものがこのCMであぶり出されるのです。

 「なんか甲子園ってキモくね?」「いやいやまだ17歳なんだから、もっとワガママに欲望のまま生きろよ!」とか世間がいろいろ言いたくなる高校野球。だからこそ、野球用品の品質訴求ではなく、美化されて凝り固まった高校球児イメージに異議を唱えるほうが「ナイキへの共感」に繋がっていく。それが制作者の戦略だったのではないでしょうか。

 世間の誤った常識や価値観をひっくり返す企画こそ、人がブランドに向かって動いていく企画です。その好例だと感じました。

 既述の同級生は、甲子園こそ逃しましたが、大学野球、社会人野球を経て、阪神タイガースに投手としてドラフト4位で入団しました。その後、ノーヒットノーランを達成。巨人ではなかったけれど、素晴らしい戦績を残しました。

 毎朝の儀式だった私への巨人入団宣言は、野球部員という組織の一員の言葉ではなく、一人のベースボールプレイヤーとしての決意表明だったのだと思います。野球部と無関係の私だからこそ、その宣誓は言い易かったのでしょう。自身を鼓舞させながら、14歳の視座で人生戦略を本気で練っていたのだと思います(プロ野球選手、やっぱスゲー)。

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。

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