5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (15)

2019年9月4日 18:22

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 「これ、表現のための表現になってるな」

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 とにかく尖らせてやろうと小手先のレトリックに固執し、本来の「目的」を見失った私のコピーにT川クリエイティブディレクターは、そう呟きました。

 目的を達成するためのコピー表現ではなく、自分の表現のためだけの表現になっていることを瞬時に見抜かれたのです。「巧いコピー」を書きたい気持ちばかりが先行してしまい、無意識に戦略を無視していたのだと思います。

■(17)人を動かす戦略からぶれずに作用させる、それが企画

 広告キャンペーンにかぎらず、企画書には「戦略」パートが必須。「戦略」とは、ブランドが設定した「具体的な目的」と、その目的を達成するための「手段・戦術」のことを言います。

 広告クリエイティブでいえば、「競合他社の○○から□□の客層を奪うことで前年比110%にする」が目的で、「ブランドに向けて人(客層)を動かすコピー」が手段・戦術になります。この一連が“戦略”です。

 当時の指摘されたコピーがどんな案だったかは…もう覚えていないのですが、おそらく提案性も解決力もない、いわゆる描写に頼った、なんとなくイイ風味のエピソードコピーだったのだと思います。人を動かすには、最も弱い部類です。

 どういうコピーが人を動かし、客を呼べるのか。商品やサービスをキレイに言い換えたり、言い当てるのではなく、たとえば、何かに異議を唱えることで世の中の多くの共感を得る戦略的なコピーがあります。

 90年代、就職氷河期ど真ん中にオンエアされたTBCの名作CMがそれです。

 採用面接のシーン。「美人ねー。あなた、顔だけで世の中渡っていけると思ってない?」女性面接官が嫌味っぽく女子大生に問います。すると、「ハイ、思ってます。 私、脱いでもスゴイんです」と女子大生が即答するのです。

 強制試聴のTVCMで、このメッセージ。20代だった私はシビれたものです。「外見より内面」という道徳的に刷り込まれた社会常識と、就職氷河期というどうしようもない世の中の閉塞感を挑発的にぶっ壊してくれたCMでした。スタイリッシュな演出も手伝って、ヒットCM、ヒットコピーとなりました。

 企業発信・企業発想ではなく、「なんかヘンだな」といった世間のムードからコピーや企画を作る世の中発想のほうが、広告としてはヒットします。実際はクライアントに通しにくいかもしれませんが、戦略PRで時間をかけて環境整備(空気づくり)をしたのちに広告投下する方法もありますし、生活者主導社会の今、一面的な考えを斬るような、こういった世の中発想は全ての企画に当てはめることが可能です。

 話を戻します。なぜ、T川さんは正確で速いディレクションができるのか。彼には太い戦略があり、そこに対して、どんなコピーで何をしてやろう、という企みがすでに頭の中で完成していたのだと思います。

 T川CDは、書けば、名コピーライターでした。にもかかわらず、全案、私の案でプレゼンをしました。意外な男気も学ぶべき点でした。そんな彼の下で、もっと多くを吸収したかったと今でも思っています。

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。
http://www.copykoba.tokyo/

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