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終戦記念日と2000円札
8月15日、74回目の「終戦記念日」を迎える。ちなみに歴代の自民党政権はこの日を「戦没者を追悼し、平和を祈念する日」と位置付けている。その延長線上に是非論はともかく、内外から毎年問い沙汰される「靖国神社参拝」問題がある。
なお付け加えると、8月15日を終戦記念日としている国は日本だけだという。米国・英国・フランス・カナダ・ロシアは9月2日を「対日勝戦記念日」、中国・台湾・旧ソ連は「抗日戦争勝利記念日」としているとされる。
私は8月15日、毎年同じ思いを抱く。「沖縄県民の方々は、この日をどう位置付けているのだろうか」と。最近、特にそんな気持ちを強くしているのは「2000円札」が新札発行の対象とならなかったからだ。周知の通り2024年度上半期を目途に、新紙幣が登場する。「渋沢栄一を顔にした1万円札」「津田梅子の5000円札」「北里柴三郎の1000円札」である。
2000円札は、2000年に発行された。20世紀最後の「8カ国サミット」が沖縄県那覇市で開催されたのを背景とした、「メモリアル紙幣」だった。当時は大蔵省(現財務省)や日銀が「2000円札で給与を支払う」などし、流通の盛り上げを図ったこともある。
だが8億8000万枚まで刷られたが、03年には造幣局は印刷を停止した。その理由は「自販機の使用などでは釣り銭が多すぎるため」とか、「2000円札対応のATMの未整備」などとされる。「使い勝手が悪い」2000円札の流通量は今、全紙幣の1%を割り込んでいる(日銀推定:0.7%程度)。
そうした中で、最も多く流通しているのが沖縄。約600万枚(発行開始時の約3倍)とされる。「しっかり、2000円札は沖縄で生きている」とするメディアもあるが、おそらく次第に沖縄でも影の薄い紙幣になっていくのではないだろうか。
沖縄を代表する銀行のATMの在り方がそのことを示唆しているように思える。双方とも「積極的に使って欲しい」としている。しかし沖縄銀行のATMでは2000円札が通常は出てくる。が、「不要ボタン」が取り付けられている。琉球銀行では「優先ボタン」を押さなくては、まず2000円札は出てこない。
2000円札の図柄は、守礼門。琉球王朝時代のいわば「司令塔」役となった首里城の象徴的存在である。J-CAST(4月9日配信)では「沖縄銀行のATMでは2000円札が普通に出てくる、とツイッター上で紹介されると驚きの声が上がった。まだあったのだ、欲しいと関心を示す声があがった」としている。
推測の域を出ない。沖縄はいまもって「普天間基地移転」等々幾多の「戦時状態」と表裏一体にある。「独立し盛況を極めた琉球王朝時代」に強く胸を押されるものがあるのではないだろうか。(記事:千葉明・記事一覧を見る)
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