星野仙一氏が死去 70歳

2018年1月6日 19:59

印刷

 日本の元プロ野球選手・監督・解説者で、また楽天の球団副会長である星野仙一氏が、1月4日に死去していたことが明らかになった。1947年生まれ、享年70歳であった。死因は明らかにされていない。ただ、関係者によれば、以前からがんでの闘病を続けていたという。

 高校野球・大学野球での活躍ののち、1968年のプロ野球ドラフト会議で、中日ドラゴンズから1位指名を受け、1969年に入団。中日のエースピッチャーとして活躍し、1982年、ついに中日以外のチームのユニフォームを着ることはないまま、現役を退いた。

 その後中日、阪神、楽天の監督を歴任。2008年には、北京オリンピックにおいて日本代表の監督も務めている。監督としては通算4回のリーグ優勝を達成し、2013年には楽天の監督として初の日本一を飾った。2017年、野球殿堂入り。人は彼を「燃える男」「闘将」と呼んだ。

 現役時代は巨人キラーとして知られ、1974年には巨人のV10達成を阻止、中日をリーグ優勝へと導いた。低迷していた阪神を2年でリーグ優勝にまで導き、弱小チームだった楽天に同球団初の日本一を取らせるなど、名采配を振るい続けた。

 なお、現役時代と監督時代を通じて6回に及び日本シリーズに挑戦、そのすべてが、巨人出身の監督との対戦であった。5度まで敗れたが、その6度目、原辰則監督率いる巨人軍を相手についに雪辱を果たしたのが、2013年の楽天日本一であったというわけである。

 楽天監督退任後は、シニアアドバイザー、楽天野球団取締役副会長などを歴任した。

 公の場に最後に姿を現したのは、2017年12月1日、大阪で「野球殿堂入りを祝う会」に出席したときである。2000人を越える野球関係が集まる中で、野球をやってきてよかった、という言葉を口にした。

 日本の球界から、一つの雄姿が消えることになった。その冥福をお祈りしたい。(記事:藤沢文太・記事一覧を見る

関連記事