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マウス父親の「父性の目覚め」に関係する脳部位を明らかに―理研・黒田公美氏ら
今回の研究では、攻撃行動でBSTrhが、養育行動でcMPOAがそれぞれ活性化することが示された。cMPOAは攻撃行動時にもある程度活性化するが、養育行動時ほど顕著ではない。これらの結果は、子に金網をかけて、実際に攻撃行動や養育行動ができない状況にしても基本的に同様だった(図中の結果は直接呈示群のみ)。対照群は、2時間単独でいたオスマウス(単独)。(理化学研究所の発表資料より)[写真拡大]
理化学研究所の黒田公美チームリーダーらの研究チームは、オスマウスの子育て意欲が「cMPOA」と「BSTrh」の2つの脳部位の活性化状態から推定できることを発見した。
ほ乳類の子は未発達な状態で生まれるため、親は子の生存率を高めるために子育て(養育行動)をする。一般に実験室で飼育されるメスマウスは、交尾未経験であっても授乳以外の養育行動を示すが、交尾未経験のオスマウスは子に対して攻撃行動を示す。
これは、他のオスの子を排除することにより、授乳中は抑制されているメスの発情を促し、自らの生殖成功率を高めるからであると考えられている。しかし、オスマウスは父親になると攻撃をやめ、自分の子ばかりか他のオスの子に対しても区別なく養育するようになる。
今回の研究では、子を攻撃する交尾未経験オスマウスと養育するオスマウスの2つのグループに対して、子と2時間同じケージ内に同居させたときに、脳のどの領域が活性化しているかを調べた。
その結果、攻撃する際にはオスマウスの前脳の分界条床核BSTの一部であるBSTrhという部位で、養育する際には内側視索前野中央部cMPOAという部位で、それぞれ神経細胞の活動の指標であるc-Fos陽性細胞密度が増加し、有意に活性化していることが分かった。
次に、cMPOAとBSTrhの2つの脳部位のc-Fos陽性細胞の密度を使って活性化状態を調べるだけで「あるオスマウスが子を攻撃するのか養育するのか」を推定できるか調べた。
どちらの行動をとるのか分からないオスマウスについて、BSTrhに発現するc-Fos陽性細胞の密度を調べたとき、その値が187.8よりも大きい場合には攻撃するマウスであることが、真陽性率100%、偽陽性率0%という非常に確かな精度で推定できた。
さらに、BSTrhのc-Fos陽性神経細胞の密度が187.8以下である場合は、cMPOAのc-Fos陽性細胞の密度を調べ、その値が31.9よりも高ければ養育するマウスであると、真陽性率92.6%、偽陽性率2.5%という、かなり高い精度で推定することができた。
さらに、交尾未経験のオスマウスのBSTrhの働きを阻害すると、BSTrhの働きを阻害しなかった交尾未経験オスマウスに比べ、子への攻撃行動が有意に減少した。これは、BSTrhの働きが攻撃行動を促進することを示唆する。一方、父親マウスのcMPOAの働きを阻害すると、全く養育しなくなっただけでなく、子を攻撃するようになった。
また、cMPOAの働きを阻害するとBSTrhが活性化されたことから、cMPOAはBSTrhを抑制していることが分かった。つまり、養育行動に関わるcMPOAが活性化されると、攻撃行動に関わるBSTrhの働きが抑えられるような神経回路を形成しているといえる。
また、メスと交尾する経験がcMPOAに与える影響を検討するため、交尾して2時間後のオスマウスを調べたところ、cMPOAが活性化していた。
これらの結果から、オスマウスがメスとの交尾・同居を経て父親になる際には、まず交尾によってcMPOAの活性が高まり、cMPOAが攻撃行動を制御しているBSTrhの神経活動を抑制することによって攻撃行動を抑え、養育行動を促進している可能性が示された。
今回明らかになったマウスでの「父性の目覚め」のメカニズムは、すぐに人間に応用できるものではないが、今後、霊長類においても同様の脳領域を調べることで、人間の父子関係の理解とその問題解決に役立つ知識を得ることが期待される。
今回の研究成果は、国際科学誌「The EMBO Journal」(9月30日付け)に掲載された。論文タイトルは、「Distinct preoptic-BST nuclei dissociate paternal and infanticidal behavior in mice」。
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