【コラム 江川紹子】国家権力を行使して書き手を恫喝する韓国という国

2014年10月14日 09:44

印刷

記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【10月14日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

■韓国は民主主義国家なのか


 韓国のソウル中央地検が、産経新聞のウェブサイトに掲載されたコラムが朴槿恵大統領の名誉を毀損したとして、加藤達也・同紙前ソウル支局長を起訴した。

 改めて問題のコラムを読み直したが、「この程度」の記事で国家権力を発動して、書き手に刑事罰を課そうというのは、尋常ではない。しかも、コラムの”ネタ元”となった韓国の新聞には何のおとがめもない。相手が産経新聞であることを強く意識し、慰安婦問題などを巡る韓国国内の世論と大統領の意向を忖度しての結果だろう。

 果たして韓国は民主主義国家であり法治国家なのか。時計を巻き戻して、朴大統領の父親の時代の言論状況に引き戻そうとしているのではないか。そんな批判や懸念が、従来からの反韓勢力のみならず、日韓関係の修復を願っていた人々や米国など他の国々からも出てくるのは当然で、誰にとっても益のない、実に残念な判断だと言わざるをえない。

■朴大統領の男女関係


 このコラムの趣旨は、旅客船セウォル号沈没の後の朴大統領の動静を巡って、かつては声を潜めてささやかれていた「下品な」ウワサが、新聞紙上にも載るなど公然と語られるようになるほど、大統領への信頼が失墜してきている、というもの。前半では国会での野党議員と大統領府秘書室長のやりとり、後半には大統領を巡るウワサが紹介されている。

 その根幹部分は、韓国の朝鮮日報の記事の紹介で、衝撃的な事実やユニークな視点が示されているわけではない。文中に紹介されたウワサは、朴大統領の男女関係について。コラムは、

 〈そのウワサは「良識のある人」は、「口に出すことすら自らの品格を下げることになってしまうと考える」というほど低俗なもの〉

 としながら、その一部をチラリとばらして見せる。この辺りには、対象の大統領が独身の女性であるがゆえの、性的のぞき趣味も感じる。

 日本では、女性政治家に対するセクハラ発言がようやく問題にされるようになってきた。これまで取り上げられなかったのは、政界を日常的に取材し伝えるマスメディアの記者たちに、女性の政治家に対する「早く結婚しろ」とか「産めないのか」などといったヤジが、セクハラであり問題だと受け止める感覚が欠けていたからでもあるだろう。

■産経新聞も品格を下げた


 問題となった産経コラムの筆者も、そうした古いタイプの記者のような気がする。文中でウワサを紹介しているくだりには、情報通のセクハラ親父が、仕入れたネタを飲み屋で得意げに開陳しているような下卑た雰囲気すら感じてしまう。ストレートニュースではないとはいえ、真偽不明のこの手のウワサをここまで具体的に書いたことは、朴大統領を傷つけただけでなく、産経新聞が「自らの品格を下げること」にもなったのではないか。

 産経新聞や加藤・前支局長には、そういう視点で、今一度コラムを見直してもらいたい。

 なので、朴大統領が報道によるセクシャルハラスメントとして問題提起をしたり、産経新聞に抗議をしたのであれば、話の展開は違ったものになっただろう。だが、国家権力を行使して書き手に懲罰を加えようというのは、それとは次元の違う問題である。

 前述のように、このコラムは、大統領の信頼性や影響力の低下をテーマにしていた。今回の起訴は、外国人記者が大統領のリーダーシップに疑問を投げかける記事を書くと、刑事訴追を受ける可能性がある、という恫喝とも受け取れる。

 民主主義国家の礎石ともいえる言論・表現活動に対する権力行使は、できるだけ抑制的であるべきだ。ましてや、大統領は「公人中の公人」であり、最大の権力者。批判や非難は甘受すべき立場であるし、事実と異なる報道には、反論や抗議をする機会はいくらでもある。

■大統領府が検察の背中を後押し


 今回、コラムが刑事事件として扱われるようになったのは、直接には市民団体の告発があったからだが、大統領府も「民事、刑事上の責任を最後まで追及する」と述べて、検察の背中を強く押している。韓国の法律では、被害者の意思に反して起訴することはできないが、朴大統領側から「起訴しなくていい」という意思表示は最後までなかった。

 故・竹下登氏は首相在任中、金権政治との批判にさらされた時に、事実に反する記事を載せている週刊誌を告訴しようといきり立つ側近を、「権力者というものは、そういうことをすべきではない」とたしなめた、という。権力者は、自身を守るための権力行使には謙抑的でなければならない、と自らを戒めていたのだろう。自分のために権力を振りかざすのは、独裁者のふるまいである。

 今回のことで朴大統領は、日韓関係の修復を望む人たちを失望させ、彼女自身も国際的にその評価を大きく下げた、と言わなければならない。韓国の国としてのイメージダウンも甚だしい。

 加藤氏のコラムは問題にされ、ネタ元になった朝鮮日報に対しては、訴追の動きはないらしい、というのも、権力行使が恣意的な印象を与える。日頃から韓国批判の多い産経新聞であり、従軍慰安婦問題などでの世論も意識した判断と、受け取れる。

 韓国政治に詳しい政治学者の浅羽祐樹氏は、著書『したたかな韓国』(NHK出版新書)の中で、こう書いている。

 〈韓国には、憲法より上位にあるとみなされる《法ならぬ法》が存在する。それが「国民情緒法」である。(中略)国民情緒は、もちろん、法ではない。にもかかわらず、事実上、それに匹敵するか、場合によってはそれ以上の規定力を有することがあるため、「国民情緒法」として法になぞらえているのである〉

■法治国家ではなく情治国家


 また、長くソウルに駐在している黒田勝弘・産経新聞論説委員も『韓国 反日感情の正体』(角川oneテーマ21)の中で、韓国を「法治国家ではない”情治国家”」と評し、〈検察も裁判官も世論の実に敏感である〉と書いている。

 浅羽氏によれば、朴大統領は就任当時、このような法規範を無視した風習を改め、「法の支配」を確立することを強調していた、という。しかし今回の判断は、「法」や「理」より、「情」が優先したように見える。
  今後は、法廷で争われることになる。

 せめて裁判所が、韓国に「法治主義」を取り戻してくれるようにと、心から願う。【了】

 えがわ・しょうこ/1958年、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒。1982年〜87年まで神奈川新聞社に勤務。警察・裁判取材や連載企画などを担当した後、29歳で独立。1989年から本格的にオウム真理教についての取材を開始。現在も、オウム真理教の信者だった菊地直子被告の裁判を取材・傍聴中。「冤罪の構図 やったのはお前だ」(社会思想社、のち現代教養文庫、新風舎文庫)、「オウム真理教追跡2200日」(文藝春秋)、「勇気ってなんだろう」(岩波ジュニア新書)等、著書多数。菊池寛賞受賞。行刑改革会議、検察の在り方検討会議の各委員を経験。オペラ愛好家としても知られる。個人blogに「江川紹子のあれやこれや」(http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/)がある。

■関連記事
大渕愛子弁護士をめぐる訴訟、10月もまだアツい
【コラム 山口三尊】女流棋士の地位はなぜ低いのか?
10月の株主総会一覧

※この記事はSakura Financial Newsより提供を受けて配信しています。

関連記事