鈴木裕子の「トーキョー・メンタルクリニック」(2)

2014年9月17日 15:15

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記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【9月17日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

■メンタルクリニックは「流行」している?


 かつては「忌むべきもの」とされてきた精神病が、近年、非常に身近なものになったこと。

 東京では、メンタルクリニックがひしめきあっているにもかかわらず、経営困難で閉院したという話をまず聞かないということは既に述べた。実際、うつ病を含めた「気分障害」が15年で2倍以上と激増している。

 精神疾患を抱えた患者さんが増えている理由のひとつには診断の問題がある。従来は精神科医各々の経験で、診断が下され治療が行われてきた。マニュアルはなく、診断、治療技術は、職人の世界と同じように、徒弟制度で伝承されてきた。

 しかし、1980年代にアメリカ精神医学会が作った、DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders=精神障害の診断と統計マニュアル)が日本でも盛んに用いられるようになった。これは、

 ・2週間以上、気分がずっと沈んでいる
 ・毎日睡眠に問題がある
 ・食欲がなく体重が低下する
 ・今まで楽しかったことが楽しくなくなり、涙が思わず出る

 といった症状が続けば、うつ病と診断されるというものだ。

■うつ病患者と思春期の過敏な少女が同列


 何十億の財産があろうと、「自分は貧乏なので生きていけない」と思いこみ、1ヶ月で10〜20キロも体重が減少し自殺をはかるような古典的なうつ病者と、

 「失恋をして2週間以上落ち込んでいます」という思春期の過敏な少女が同列に診断されるという異常事態となったのだ。

 医師個人の主観で決められていた診断を、国際的な統一を示したことで、共通の言語で精神疾患を各国の医師が語れるようになった。その意義は大きいが、恣意的に使う医師の増加や医師教育に問題が残されていることは否定できない。

 もうひとつの理由には、精神科を受診する気持ち的なハードルが下がったことがある。

 10年ほど前、ある地方都市の精神科専門病院に勤務していたことがある。その土地の子供たちは、悪いことをすると、「○○病院に捨てるからね」と、言われてしつけをされていた。

 東京でも、世田谷や練馬の出身の患者さんのカルテを見直すと、「土蔵で8年暮らし」などの記述が散見された。

 日本には精神病は「恥」として土蔵に閉じ込め、または「精神病院に封じ込める」という、今となっては許されない風習があった。

 私が医師になったばかりのころは、「自分は病気ではない、頑張りが足りないだけだ」と言い、精神科に受診することを恥じて、治療を拒否する患者さんも多かった。

 しかし最近では「うつだと思う」、「発達障害だと思う」と、自ら診断を求めて来院する傾向が顕著だ。

■精神科医はブランド品?


 若い女性の間では、ブランド品を競うかのように「私の精神科主治医のほうがいいよ」と、張り合うこともあるらしい。私のクリニックにもさまざまな患者さんが来て下さるが、開業当初は、失恋やセックスレスなどの理由で受診する方が多い事に驚いた。

 もちろん、それをきっかけに本当の病気に陥り、治療が必要な人もいたが、話を聞き、軽い睡眠薬や安定剤を処方し、「飲んでも飲まなくても良いですよ、また何かあったら来て下さい」というレベル----つまり病気ではなかった人も結構いた。

 これは、都心だけの現象かも知れないが、ここまで精神科受診のハードルが下がったことを、喜んで良いのか悪いのか、今も複雑だ。同時に、見ず知らずの医師にしか個人的な悩みを相談できないのかという荒涼とした思いが交錯したものだ。

 職場での不適応を訴える患者さんも多いが、「職場の誰か、職場以外でも誰かに相談したのですか?」と聞くと、たいてい否定の返事が来る。

 家族にすら相談できない人も多い。年齢層は20〜40代が圧倒的だ。

■時代の変化に対応できない


 終身雇用制度が崩壊し、男女の役割が変化し、個々の価値観は多様化した。そのスピードはあまりにも速い。右肩上がりの高度成長期には、「日本という会社」に適度に甘えて、かつ皆と同じように努力を積み重ねれば、そこそこの人生が送れた。上の世代を見れば、将来の予想がついた。

 今は何が正しいかは誰もわからない。悩み傷ついたときに人生の先輩に相談をしようと思っても、価値観や常識が異なるため、参考にならない。そこで仕方なく、または嬉々として、メンタルクリニックの門をたたくのだ。
 
 ガチガチの精神病院勤務医時代には、大木を振り回している大男を男性看護師と取り押さえたことも、す巻にされて警察官に両脇を固められた患者を診察したこともある。

 だが私がこのクリニックで会う大半の人々は、病気とも言えない人々だ。本当に、「いろんな人がいるなあ」と言うのが正直な感想だ。

 だからこそ、この仕事を面白いと感じ続けているのだ。日々、患者さんに教えていただいているという思いも強い。

 次回以降は、精神医療、地域医療の現場について、時々脱線も交えながらお伝えできればと考えている。【了】

すずき・ゆうこ/鈴木裕子
平成10年医師免許取得。その後、大学病院、市中病院、精神科専門病院などで研鑽を積み、触法精神障害者からストレス性疾患患者まで、幅広い層への治療歴を持つ。??専門はうつ病の精神療法。興味の対象は女性精神医学、社会精神医学、家族病理、医療格差など。数年前より都内某所でメンタルクリニックを開業し、日々診療にあたっている。精神保健指定医、日本医師会認定産業医。

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※この記事はSakura Financial Newsより提供を受けて配信しています。

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